嫉妬の対義語
玄 麻衣
沈降の幸福
私は自分に呪いをかける。
常に最底辺たれ、と。
ある朝、私は学校へ向かう。
人だかりができている。
注目を集めるのは、車に轢かれ首を失った鳩。
血の香りが漂い、人々は悍ましいものを見たかのような声を上げている。
もう無くなった頭部には、二次元の頭部が投影されたかのように血痕が残る。
でも私には、それが羨ましくて仕方が無い。
昼休み、何となくカッターを取り出して、皮膚に当ててみる。
おかしいな、私の妄想だと深く突き刺さっているはずなのに。
手は細かに振動して、見えない何かに止められている。
窓の景色は歪み、周囲の笑い声は嘲り声に聞こえてくる。
これが何か覚醒の予兆ならどれほど良い事だっただろうか。
帰り道、車道に身を投げ出そうとしてみる。
喧しいほどの轟音、スポットライトのような信号機。
一瞬の躊躇が入り乱れ、思わず千鳥足になる。
その時、友達に明るい声をかけられ、自らを恥じる。
結局成せない自分の意気地の無さを。
そして終わりのないうたた寝をしようとした事を。
私には勇気がない。
自らを傷つける勇気も、自らを殺す勇気も。
ただあるのは、圧倒的な自己嫌悪のみ。
私は、私より不幸な人が嫌いだ。
嫌でも私が恵まれているのだと押し付けてくるような感触がする。
例えば、私より過酷な人生を歩んできた人の存在を知った時とか。
初めは同情するけれど、次第に嫉妬に変貌する。
恵まれているのにこのザマなら、ただ私は惨めなだけではないか。
必死で生きているつもりでも、その実私が必死なだけ。
他者からは違うんだろう。
嫉妬の対義語が慈しみとされることに、私は異論を唱えたい。
幸せを妬む感情の反対は、不幸を妬むことだ。
それを表す言葉がないのは、言語の欠陥だろう。
SNSやニュースで、誰かが怪我をしたとか、誰かが苦しんでいるとかを見ると、途端に希死念慮が這って出て来る。
いっそその不幸が私に降りかかって来たならばよかっただろうに。
しかし世界は、私未満を生み出しながら回っていく。
これほど私を苦しめるものはないだろう。
今この瞬間も私より不幸な人が生まれている。
羨望の対象は無秩序に拡大していく。
その大きさに、吐き気さえしてしまいそうだ。
いっそ私は、誰かの幸せの為に無作為に死ぬ事を望む。
誰かが娯楽の為にくじを引き、私の首を引いてくれれば良いのだ。
それこそ最高に不幸で、最高に社会に貢献する死に方だろう。
しかし私でも理解し難いのが、私は自ら不幸になりたい訳ではないということだ。
先程も挙げた通り、私には勇気がない。
だがそれ以上に、私を吊り上げ空中浮遊させるものがあるのだ。
私は、何気ない瞬間を幸せに思っている。
好きな音楽を聴いている時、好きなゲームをしている時。
だから自らこの席を降りたい訳ではないのだ。
傍観している内に、劣化し、錆び、沈んでいくのが理想的だ。
それか、他者に席を引き摺り下ろされるのも良いかもしれない。
それゆえ、私には絶対に成したくない死に方がある。
他者に迷惑をかけ死んでいくことだ。
私の為に、他者が悲しむような事があってはならない。
それを成す為には、私は生きなければならない。
皆が私を忘却するまで、ただ孤独に生きていかねばならない。
そうして苦しんでいれば、きっといつかは本当の意味で最底辺になれると信じて、明日を迎えなければならない。
そしてまた、金縛りのような感情の奔流を押しのけ、学校へと向かう。
嫉妬の対義語 玄 麻衣 @Sizuka_mai14
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