閉ざされた村の戦争

西瓜

第1話 帰郷

1950年、戦争が終わって5年が経った。世間は復興ムードになり、外のものや人が入ってくるようになった。見知らぬ景色に変わりゆく東京を見ながら勇(いさみ)は電車に揺られながら、想い人に思いを馳せる。勇は戦争中に大怪我をして軍病院へ送還され、ようやく故郷の木守村(きもりむら)に帰ることが出来るようになった。村に帰るのは何年ぶりだろうか、家族の顔を見るのが楽しみだ。でも、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ帰りたくなかった。思い出が変わっていることが怖いから。何も変わってない思い出そのものであってほしいから。

村は3方向を山に囲まれていて、近くには大きな湖もある自然豊かな場所だ。市街地からは電車とタクシーを使って午前中が潰れるほどかかる山奥の辺鄙な場所だ。

「お客さん、ここまでだよ。」

「ありがとう運ちゃん。」

「あんた兵役帰りだろ?お疲れさん。」

温かい言葉を貰い、ホクホクな気分で村の入り口にある木守トンネルと対峙した。真っ暗で肌寒く、気味の悪い音が聞こえると言われていたトンネルだから、誰も通りたがらない。おれの居た頃は攫われるからトンネルを通るなと言われていたから子供は誰も通ったことがなかった。排他的な匂いが強烈なトンネルを抜けると、一面の畑が広がる。久々に感じる故郷の風が気持ちいい。塗装が剥がれたベンチに孤立した街灯、何年も昔のポスター。何を取っても懐かしさを感じる。何も変わってないことを嬉しく思う。だが、昼にしてはやけに静かだ。いつもなら子供の声が聞こえててもおかしくないが…。何かあったか?と疑問に思うが、一際大きな声が聞こえてきたときに疑問を忘れていた。

「おーい!勇ー!」

この声は…!木の下で手をブンブン振っている人は、おれがずっと思い馳せていた人。先に帰っていたおれの初恋。

明(あきら)叔父さんだ!

「ただいま!兄さん!」

胸に飛び込み、強く抱きしめる。やっと会えた、生きて会えたことで涙が出てきた。

「おかえり、勇。…また会えてよかった…生きて帰ってくれてありがとう…」

「…ありがとう。」

少しの間2人は泣いていた。

「兄さんはいつ帰ってきたの?」

「2年前だ。俺も軍病院に居たからちょっと遅かったんだ。」

「みんなは帰ってきた?」

おれたち以外にも兵役に行った人はいる。どれくらい戻ったんだろうか。

「…。」

兄さんは目を逸らした。数秒止まってから、覚悟決めたかのように向き直った。

「帰ってきたのは俺たち含めて10人だ。兵役に行ったのは20人。他にも仕事に行ったやつもいるから全体で31人だな。」

言葉が出てこなかった。どうやらおれの同級生8人はみんな帰らなかったらしい。ふと、目の前で仲間が消えたことを思い出した。戦争のときからこの身体は時々嫌なものを見せてくるようになった。吐き気がしたが、すぐに収まった。

「大丈夫か…?すまん帰ってすぐ話すことじゃなかったな。」

「おれが聞いたことだから…大丈夫。」

それからは何もなかったかのように何気ない雑談をしながら歩き、家に着いた。何も変わってない外見に昔を思い出す。庭で木の棒を叩きあったあの頃が懐かしい。未だに2階の屋根は剥がれていた。

「由美ー!勇が帰ったぞー!」

バタバタと母さんが走ってきた。

「勇…!ありがとう…帰ってきてくれてありがとう…!」

おれを見るや否やボロボロ涙をこぼしながらおれを抱きしめた。親子の感動的な再会。なのにおれは返せなかった。まるで誰かに腕を掴まれたようにおれは止まってしまった。荷物を2階の自室に置き、1階の居間の仏壇の前に座った。そこには父さんと弟の写真がある。2人が死んだことを今初めて知った。それなのに2人を前にしても自然と涙は出てこなかった。おれに泣く権利なんてあるんだろうか?父さんとはあまり喋った記憶がない。典型的な亭主関白といった具合だから話しかけるのに勇気がいる。弟はそれなりに仲が良かったが、兵役前に喧嘩して以来会えてなかった。2人との思い出を思い出していると飯の準備が出来たようだ。米、味噌汁、きゅうりの浅漬けに鮭の塩焼き、久しぶりの実家の味は懐かしい。それだけで涙が出てきてしまう。微笑んでいる家族を見て、やっと実感した。おれは帰ってきたんだ、と。

昼下がり、縁側に座り、ぼーっとしていたおれの側に兄さんが座った。

「西瓜食べるか?」

「食べる。おれの好物覚えてたんだ。」

「当たり前だ!いっつも嬉しそうに食うんだからな。」

兄さんはいつも美味しい西瓜を持ってきてくれるから近所の子供たちには西瓜のおじさんと言われてるらしい。兄さんの西瓜を切り分ける腕は少し震えていた。兄さんは笑ってたから気付かないふりをした。昔と違ってちょっとガタガタな切り口の西瓜を食べてやっぱり思った。好きだな、と。その後は晩メシまで将棋をすることにした。三連敗した兄さんの目は虚ろで口を空けたままフラフラ揺れていた。その後も三連敗して完全に参っていたのがすごく面白かった。

晩飯後は家族と近況の話をしながらツマミを食べた。医者から酒はまだだと言われてると言ったら兄さんが残念がった。兵役に行く前は飲めなかったから楽しみにしてたんだろう。その後は兄さんの隣に布団を敷いて寝た。

「おやすみ、兄さん。」

「おやすみ。」

夢を見ないといいな。なんて思いながら眠りにつく。


頭に響く砲撃の音、耳を突き刺す叫び声に木が燃える音。一緒に走る仲間は1秒後にはいなかった。先は真っ暗で何も見えない。それでも走るしかない。それが任務だから。隊長から碌なもん貰えなくても、おれたちが消耗品だと上官同士が話している姿を見ても、それでも走るしかない、それは国のためだから。理不尽な暴力を振るわれても、散々罵倒されても、それでも走るしかない。それは勝利のためだから。………本当に?酷い目に遭う理由は本当にそのためか?おれたちは捨て駒に過ぎないんじゃないか?一瞬疑問を抱くと、次の瞬間、視界が真っ暗になった。

「ッはっ!………夢か。」

最近収まっていたはずの夢。滝汗をかいて息も荒い、寝間着もはだけていた。夢を見るのは慣れてると思ってたんだけどな。隣をみると、兄さんも汗をかいている。兄さんも悪夢を見てるんだろうか。息も荒かったから兄さんの汗を拭いた。そのときに体の傷に気付いた。胸や腹に大きな傷跡がある。火傷に見える傷跡を触ると兄さんは少し息が荒くなった。落ち着かせるため、子守唄を歌うときみたいに胸を少し叩いた。兄さんの寝息も落ち着き、おれの目も覚めてしまったので、気分転換に散歩することにした。夜風が気持ちを落ち着けてくれる。月明かりで照らされた道を歩き、とある場所に向かう。喧嘩した後とかに来ていた、村を一望出来るおれだけの秘密基地。いつも飯の時間になったら兄さんが呼びに来てくれたっけ。だが今日は様子が違う。近付きながら目を凝らして見ると、先客がいた。ぼーっと月を見ていた先客の顔が見えそうという時…

「なっ…おい!」

急にそこから飛び降りたのだ!そこは大体3丈(約9メートル)ほどの崖、下には民家がある。駆け寄って下を覗いてみても暗くてよく見えない。幻覚か本当か分からなくなって怖くなったおれは走って家に戻った。布団を頭から被ったが、あの人のことを考えてしまい結局眠れず、人が起きるまで枕に顔を押しつけて過ごした。

日も昇らぬ早朝、村人の叫び声が村中に響いた。飛び降りた人が見つかったらしい。身元は、兄さんが帰ってこないと言ったおれの同級生の1人、酒屋の隆だった。そして彼は、すごく痩せ細っていて、腕と足に重りがついた錠がかかっていた。

兄さんに帰ってこないと聞いたと問い詰めたら、バツが悪そう顔をして言った。

「俺もそう聞いたんだ…村長さんが手紙をもらったって…」

母さんもそう聞いていた。村長に話を聞こうと思ったタイミングで村長が村人を集めた。そうしておれたちは村長の家に向かった。疑問と不信感を持って。

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閉ざされた村の戦争 西瓜 @nishiuri_3

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