第4話 晴れ間に書き出す言葉 🌞📚

「じゃあ、どうやって書けばいいんですか?」


 自分でも驚くほど素直な声が出た。

 その瞬間、カウンターの奥で作業していた久遠さんが、ふと手を止める。

 雨の日にだけ近づいてくる、静かな気配がこちらへ向かってくる。


 テーブルの前に立つと、彼は一冊の単行本を差し出した。

 淡い青空と少女の後ろ姿が描かれた、どこか懐かしい表紙。


「まずは、これを読んでみない?」


 私はそっと受け取る。

 紙のざらりとした手触りが、指先から胸の奥へと染み込んでいく。


「……久遠さんのおすすめですか?」


「うん。紙の本ってね、ページをめくるたびに“手触り”が残るだろう? 電子書籍も便利だけど、紙には“読んだ時間”がちゃんと積もるんだ。それが、感想を書くときの助けになる」


「……落ち着きますね」


「そう。紙の本は、読む人の呼吸に合わせてくれる。だから、“どこで心が動いたか”を思い出しやすいんだ」


 クロが、しっぽ型ケーブルをぴこぴこ揺らしながら割り込む。


「つまりにゃ、紙の本は“心のしおり”が勝手に挟まるのにゃ! どこでキュンとしたか、どこでムッとしたか、思い出しやすいにゃ!」


「心のしおり……」


 思わず笑ってしまう。

 でも、言われてみればその通りだ。


 私は本を胸に抱えたまま、前から気になっていたことを口にする。


「……どうしてそんなに文章に詳しいんですか?」


 久遠さんは、少しだけ目を伏せてから、静かに言葉を選んだ。


「昔ね、編集者だったんだ。作家さんと一緒に原稿を育てるのが仕事で……それが、すごく好きだった」


 その声は、どこか懐かしさを含んでいた。


「でも、いつの間にか“育てる”より“売る”ことが優先されるようになってね。数字ばかりを見る仕事になってしまった。僕には、ちょっと合わなかったんだ」


 クロが、しっぽを小さく揺らす。


「マスターは、昔は“作家の相棒”だったにゃ。でも今は、“本と人をつなぐマスター”に転職したにゃ」


 私は思わず笑ってしまう。

 けれど、胸の奥がじんわりと温かくなる。


「だから、この店を始めたんだ。もっと自由に、本と人が出会える場所を作りたくてね」


 その言葉は、雨上がりの光みたいに静かで優しかった。


 ――この人、本当に本が好きなんだ。

 そして、誰かの言葉が生まれる瞬間を、大切にしている。


「……あ、なんか書けそうな気がしてきました」


 私はカフェラテを一口飲み、ノートパソコンに向き直る。

 画面の白さが、さっきよりも少しだけ優しく見えた。


 指が動く。


『雨の音が、まるで心臓の鼓動みたいだ』


 一文を打った瞬間、胸の奥がふっと軽くなる。

 言葉が、ようやく息をし始めたような感覚。


「AIサポートモード起動にゃ! 感情スコア解析するにゃ!」


「クロ、今は黙ってて!」


 笑いながらキーを叩く。

 ふと窓の外を見ると、いつの間にか雨は上がり、雲の切れ間から光が差し込んでいた。


 ――雨の日は、やっぱり何かが始まる。


〈完〉

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