宮廷魔術師お天気一本勝負

灰坂

宮廷魔術師お天気一本勝負

 王国歴872年五月、宮廷魔術師長の選考会が行われることが決まった。現任のウォールハム卿の引退の意向を受け、国王様の命が出たのだ。宮廷魔術師長に空席は許されない。速やかに選考に移るべしと。


 法令にしたがって選定実行委員会が立ち上げられ、現役の宮廷魔術師から五人の候補者が挙げられた。が、ひとりは辞退し、ひとりは重圧で臥せり、ひとりは不祥事が明るみになって除外された。

 残った候補者はランチェスター卿とベイツ卿のふたりとなった。


 ランチェスター卿は経験豊富な魔術師だ。質実剛健を絵に描いたような人間で、日課の瞑想と走り込みは見習い魔術師時分から一日も欠かしたことはない。若い頃、北方戦役で陛下から勲章を賜ったこともある。現在は王立大学で教鞭を取る、教育者でもあった。

 ベイツ卿は、まだ八十歳と若いが、彼を支持するものは多い。元々は文化省の大臣補佐官だった、官僚出身の男だ。甘いかんばせに巧みな弁舌も魅力的だが、実力の方もお墨付きで、辺境守備の任についていたこともあった。学生時代に書いた論文はいまだに数多のレポートに参照されているという。


 選定は粛々と進められた。各候補者の詳細な身上調査、経歴のチェック、スピーチ、上梓した論文、ここまでやってもまだ委員会はふたりの間に明確な差を見出せずにいた。

 かくなる上は、実技試験に判断を託すしかない。

 課題発表は伝統に則り、朝十時に王立庭園の噴水の前で行われた。選定委員長が羊皮紙を広げ、おもむろに中身を読み上げる。

「課題内容は、天候操作。一か月後の今日、アリンガム平原で行うこととする。以上」

 庭園に集まった関係者はざわめいた。天候操作は極めて難しい魔術だ。さらに言えば、かなり古典的な、今では使われることのない術である。天候操作が宮廷魔術師の選考課題になるのは四百年ぶりだ、と博識な人物のささやきが雑踏を走り抜ける。それゆえに、次代の長の、いや、王国の威光を知らしめることにもなろう。宮廷付きの新聞記者がペン先を舐める。今年は塔の魔女の予言もあった。「赤鱗の竜が王国の脅威となるであろう」だ。竜の襲来を気にしてのことではないか? 竜は天候を変える力がある。対抗策をそろえておきたいのだろう、陛下は。

 ランチェスター卿、ベイツ卿の両者は、うなずき、委細承知したことを告げ、庭から立ち去った。お互い特に声もかけず、一秒でも早く帰りたいのを隠して、落ち着いた足取りで。ライバルの前でこそ平静を装ったが、何であろう、ふたりとも天候操作の魔術は大の苦手であったのだ。対策が必要だった。



 ランチェスター卿は日の出前に起きた。しっかりと身支度を整えると、まだ寝ている妻を起こさないように庭へ出て、日課の瞑想に入った。自分の生徒にもすすめている鍛錬だ。そのあとは、いつものコースで領内を走った。梨畑の角で、散歩中のゲイルのじいさんと出くわした。通る道が同じなので、これは毎朝のことである。いつもは「おはよう」とだけ言葉を交わすのだが、今日は違った。「がんばれよぉ。次期宮廷魔術師長殿ぉ」

 当然だ!

 ランチェスター卿は、宮廷魔術師長になりたくてなりたくてしかたなかった。てっきり、満場一致で自分になるものと思っていた。実績、論文、何をとっても誰よりも勝ると考えていたのに。あの生意気な、ベイツの若造さえいなければ! 近年は魔物の研究と言って長く辺境に出掛けるなど、権力には興味のないようなそぶりをしていたのに、なんという腹黒か。

 ともかく、なんとしてでも、あいつに打ち勝たねばなるまい。天気を変える魔術は苦手だが、やってやれないわけではない。いくつか試してみて、竜巻を起こすのが一番やりやすいということがわかった。今は小さな風の吹き溜まりだが、これを磨き上げよう。

 一か月後に向けて、彼は特訓を開始した。

 山にこもり、毎朝頂上まで駆け上がり、また下った。滝に打たれ、飲まず食わずで精神を限界まで追い込んだ。集中力の向上は魔術の精度を上げる。わずかな空気のゆらぎを捕まえて、大きく巻き上げ、空に飛ばす。練習のために山奥の木を何本も空中に投げ上げた。最初は細い木しか持ち上げられなかったが、次第に太く、重い木を飛ばせるようになった。地道な努力が道を作る。いつも学生に説いていることだ。自分ができないはずがない。

 お披露目の三日前、妻が山まで呼びに来た。薄汚れて山賊のようだの、毎日木が地面にずしんずしんと落ちる音で落ち着かなかっただのと小言を言う彼女に告げた。喜んでくれ。きみは三日後には宮廷魔術師長の妻だ。


 当日になった。

 朝日の中、アリンガム平原に佇むランチェスター卿の姿があった。選定委員会や関係者が、少し離れたところから見守っている。ベイツ卿は姿を見せなかった。やつめ、おじけづいたか、とランチェスター卿はほくそ笑んだ。もしくは、仕上げられなかったか。よかろう。国一番の魔術師の座はわたしのものだ!

 突風が吹いた。この風が止んだら始めよう、とランチェスター卿が決めたとき、「あれはなんだ?」と観衆のひとりが叫んだ。

 平原の彼方、森の上に、小さな点が見える。鳥のようだが、それにしては大きかった。それはどんどん近づいてきていた。ゴマ粒ほどの大きさだったそれが、みるみるうちにとげとげした輪郭がわかるほどになった。

「竜だ!」誰かが叫んだ。

 日の光に、赤い鱗がきらめく。赤い竜が平原を超えてくる。竜の翼が起こす風が、草をいっせいに倒した。

 竜の背には、ベイツ卿が乗っていた。

 ベイツ卿と竜は、ランチェスター卿の頭上で旋回した。ランチェスター卿には、ベイツ卿の勝ち誇った顔がはっきりと見えた。

「貴様!」とランチェスター卿は声を張り上げた。

 竜の飛行の影響で、晴れていた空が曇りだした。ゴロゴロと雷の鳴る音が聞こえる。

「どうだ!」とベイツ卿。「ランチェスター! 貴殿にこんなことができるか?」

「それはズルだろう!」ランチェスター卿はわめいた。「竜に乗るなぞ! だいたいどうやって乗っている! ええ? 貴様!」

 ベイツ卿は叫び返した。「当ててみろ!」

 雨が降り出した。選定委員会の立てたテントが、風で今にも飛びそうだ。

「大方――辺境地で、落ちた竜を保護していたんだろう! うまく手懐けたものだ! 今年に入ってたびたび出張していたのはそのためか!」

「驚いただろう! 負けを認めるんだな! ランチェスター教授!」

「ばかを言え! それのどこが天候操作魔術なんだ! 無効だ無効!」

 空には、暗雲がすっかり立ち込めていた。雷鳴がとどろいた。見物人のほとんどが逃げ出していた。

「天気を変えてることには変わりないだろうが! 頭の固いジジイめ!」

「なんだと! 屁理屈こねるな!」

「おれの論文をボロクソ言いやがって! いつかぎゃふんといわせてやろうと思ってたんだ!」

「いつの話をしてるんだクソガキが! それに、魔女の予言を知らんのか! 赤鱗の竜なぞ! 縁起が悪いにもほどがあるわ!」

「魔女の予言!」ベイツ卿は高笑いした。「あんな与太話を信じるのか! 耄碌したかジジイ?」

「不敬な! 降りてこい貴様! 指導が足りんようだな!」

 ランチェスター卿は、鍛え上げた魔術を平原に放った。風の渦はあっという間に大きな竜巻になり、竜の翼をつかんだ。赤い竜は恐ろしい咆哮をあげ、くるくると回転しながら、ランチェスター卿の頭上を越え、街の方へ落下していった。



 落ちた竜体で城下町の店十二軒がつぶれ、落雷により起きた火事で平原の四割が焼けた。奇跡的に人的被害はなかったものの、激怒したウォールハム宮廷魔術師長は引退を撤回し、ふたりの魔術師に罰を言い渡した。



「それが、この文章――宮廷付きの歴史家によってつづられたこの文章を、毎日、城の前のここで、読み上げることだ。竜から落ちて全身を骨折したベイツの野郎は、治り次第、このランチェスターと交代することになっている。ご丁寧に、やつにはやつ用の文章が用意されているらしい。そら、おしまいだ。散れ、小僧ども!」


(終わり)

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