後編

「というか、いつまで掴んでるの?」

「掴んでないと逃げられるだろ」

「くそ……こんな所誰かに見られたらどうするのよ」


 公園の遊具で全裸の女性と一緒にいた。そんな噂が学校に広まれば私の高校生活は一巻の終わりだ。まだ一年生の一学期だっていうのに。


「頼まれても私はあんたの女王様になるつもりないよ」

「いや? そんな事思ってねーよ」

「どうだか」

「そもそもオレの女王様はな。もっとおっぱいがデカくて腰がきゅっと引き締まってて……つーかオレよりスタイルがいい人じゃねーとな。虎皇はちょっとな」

「は???? ちょっとなってなんだよ、おい。言いたいことあるなら言ってみろよ。いいか寸胴なんてすぐ卒業するんだからな。こちとら成長期だぞこの野郎。≪TS病≫で胸がでかくなったからって調子にのってんじゃねえぞメス豚が」

「思ってねーって! そんな風に思ってねーよ! ぺちぺちすんな!」


 女になってから見せつけられた恨みを込めて私は彼女の胸を叩いてやった。私にはない無様に揺れる脂肪の塊が憎たらしかったけど、白い肌に桃色の手形が浮かび上がったのをみて、息を切らしつつも少し満足する。

 だがここまでしても兎真理は私を離すつもりはないらしい。


「お前、最近休んでただろ」

「それは、まあ。というか何で知ってるの? クラス違うのに」

「いや知ってるだろ。期末の結果出てから補習で一緒だったんだから」

「あ、そりゃそうか」


 補習仲間だから知ってて当然か。お互い赤点取りまくってたんだから補習に出ない理由ないし。


「で。しばらくぶりにさっき見たらよ、なんつーか元気ないっていうか」

「まあそりゃそんな日もあるよ」

「つーかお前、泣いてただろ」

「う…………い、いや?」と図星の私が顔を逸らすと、

「やっぱり。目の下のとこ、濡れてんな」と近づいて睫毛の長い目で観察しだす。

「あ、雨だよ」

「お前傘差してたじゃねーか」

「あ、いや、それは……」


 図星の連続だ。遊具の中でも壁際に追い詰められて私は逃げ場を失う。


「っていうか兎真理には関係ないよ」

「なくねーよ。よく話すじゃねーか、補習の時とかさ」

「ぜ、全然話してないし」

「何だよ。仲良いって思ってたのオレだけか? 頼むから教えてくれよ。お前がそんな顔してるのなんか嫌なんだよ。何があったんだ、誰かに何かされたのか?」

「い、言わない……」


 全部嘘だ。

 関係ないどころか兎真理の事だし、学校で一番話すのは兎真理だ。それに言わないんじゃない、言える訳がないんだ。

 だって、話してる内になんだか気になって、とか。それで私が勝手に好きになって、とか。でもあんたが女になったから、とか。

 私が一方的に好きになっただけなのに。全部、私の中だけの問題なのに。そんな事で困らせたくなんてないから。


「そうか……教えてくれねーなら聞きに行くしかねーか」

「え? 聞くって……誰に?」

「確か虎皇がクラスでよく話してる奴って、●●だろ?」


 兎真理が挙げた名前は女子のリーダー格だ。別に特別仲が良い訳じゃないけど、学校生活の中で誰とも話さずに過ごすのは結構難しい。

 一応は話してる方ではあるので私は頷いた。実際今日も口論になって居心地が悪くなったくらいには話してるし。


「分かった。ちょっとあいつんちに行ってくる」

「……は? その格好で!?」


 お前、全裸なんだぞ。本当に通報されるぞ。


「『善は急げ』って言うだろ」

「いやいや、今のアンタはどう見ても『善』じゃなくて『悪』でしょうが!」

「悪だって急ぐ時ぐらいあるだろ」

「急いでも事件が起きるだけだし、警察も急いで来ちゃうでしょ!」


 彼女が私から手を離したのに気付いて、慌てて今度は私が彼女を掴んだ。変態が世に放たれるのを防ぐために。


「でも●●に聞いたら分かるかもしれないだろ?」

「いや確かにそうかもしれないけど、でもそうじゃなくて!」

「何だよ。オレに行ってほしくないのか? オレが知ったらマズいのか?」

「どっちもだよ!」

「なんだか大変そうだな。大丈夫か?」

「アンタのせいだよ!!」

「結局誰のせいで泣いてんのかも分かんねーし」

「だからアンタのせいで――……あっ」

「なんだ。オレのせいだったのか」


 ポロった。焦りと怒りに任せて叫んでる間に、つい、言ってしまった。

 それから訳が分からなくなって目頭が熱くなって、気が付くと話し始めていた。


「だって、好きだったのに……。馬鹿で、変態で、留年二回もしてて、どうしようもないけど。何でもできて勇気あってすごいって思ってて。教室で浮いてた自分とも話してくれたのに……。なのに、なんで女になっちゃったんだよぉ……」

「あー……」

「≪TS病≫とか言われたって納得できないよ! 女同士でどうやって恋したらいいんだよぉおおおお!!!!」

「あー分かった分かった! もう分かったから泣くなって!」


 それから兎真理は、分かった分かったと繰り返しながら火照った胸を貸した。私が泣き止むまで背中をぽんぽんと優しく叩いたり擦ったりしてくれる。

 その後、彼女は少し気まずそうに頬を掻いて、


「悪い、俺が女になったせいで。女同士になっちまったから、悩んじまったんだな」

「……うん」

「まあ。あれだ。男に戻れって言われても無理だけど、これからも仲良くしてくれ」

「…………ねえ。女になったんだからさ」

「おお」

「これからは外で脱ぐ癖は直してよね」

「……そりゃ無理だ。これは癖じゃねえ、オレの趣味だからな」


 それから私は思わず笑ってしまった。

 兎真理の言葉が面白かったからじゃない。彼女と一緒にいたことで体に起こったある変化、自分の生理現象に気付いたからだ。


 いつの間にか雨音も消えて夕陽が差し込んでいる。外に出て見上げた空模様は私と一緒で、不思議としばらくいい天気が続きそうな気がした。

 傘を拾い、ふと隠すために被っていたフードが脱げている事に気付く。慌てて被り直そうとして、やっぱりやめた。今は気分が良いし、何となくこの新しい自分とも付き合っていけそうな気がしたから。


「虎皇……お前……」

「先週、ちょっとね」


 兎真理は目を丸くしている。すっかり私の頭髪――夕焼けよりも赤く燃えるような髪を見て言葉を失っていた。

 私も変わったばっかりで、つい忘れていた。きっとこれから、大人になるにつれてもっと色んな事が変わっていくんだろう。


「私、やっぱり諦めないから」


 高校一年の春に私達の身に降りかかった大事件。目まぐるしい出来事に踊らされる毎日だけど、再びあなたのことが好きになれそうで私は一人走り出していた。

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~TS病世界物語~変態と恋愛は大変だ 嗚呼昏々懇親会 @fsc2025

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