オールドシティ:刑事捜査終結
よみひとしらず
第1話 刑事捜査終結報告
事件番号:CHI-xx-CR-009771
発生日時:20xx年11月3日 22:14
発生場所:イリノイ州シカゴ市 サウスサイド
初動:Chicago Police Department
連邦照会:Federal Bureau of Investigation
司法監督:Department of Justice
夜のシカゴは静かだった。
住宅街の通りに人影はない。
市警と契約した民間警備会社の警備ロボットが、歩道を巡回している。
速度は一定。
警告も停止もない。
記録上、異常はない。
男は歩道脇に立っていた。
元FBI特別捜査官。
退職済み。
銃器携行資格なし。
バッジは返納している。
事件現場は、自宅前だった。
妻と子どもは、ここで撃たれている。
事件当夜、911への通報は入っていない。
最初に残った記録は、警備ロボットの作動ログだった。
市警が初動対応を行い、現場は封鎖された。
検視官が呼ばれ、死亡が確認された。
この時点で、刑事事件としての捜査は開始されている。
男は被害者家族として扱われた。
事情聴取は一度。
現場検証への立ち会いは不可。
FBI時代、彼自身が何度も適用してきた規則だった。
数日後、市警から事件概要報告書が開示された。
被害者:成人1名、未成年1名
死因:頭部外傷
使用弾種:ゴム弾
発砲主体:自律型警備ロボ
直接操作記録:なし
運用責任主体:
警備会社 City Index Public Safety Solutions
契約主体:Chicago Police Department
責任主体は、文書上に存在していた。
次に、検視報告書を確認した。
致命傷:後頭部外傷
備考欄にはこう記載されていた。
ゴム弾による外傷の特性上、
入射角および弾道の特定は不可能。
それ以上の分析はない。
映像記録も保存されていた。
警備ロボットのカメラ映像。
周囲の街路カメラ。
だが、暗く、距離があり、
発砲の瞬間は確認できなかった。
証拠としての価値は「限定的」と評価されていた。
消去はされていない。
ただ、使えない。
男は、できる範囲で動いた。
・事件記録の精査
・契約書と運用マニュアルの確認
・警備会社の過去事例の照会
すべて正規の手続きだ。
数週間後、DOJ監察官室からの文書が追加された。
警備ロボットの運用は、
市警との契約および当時のガイドラインに準拠。
過失の有無については、
刑事責任を問える個人を特定できない。
検察判断は、書面で通知された。
・刑事起訴は見送る
・民事責任は別途判断対象
刑事事件としての捜査は、
ここで終結する。
男は理解していた。
捜査は行われた。
書類も揃っている。
責任主体も存在する。
だが、
罰する相手がいない。
夜。
彼は事件現場だった場所に立つ。
警備ロボットが通過する。
減速しない。
照合音が鳴る。
「問題なし」
それだけだ。
彼は抗った。
捜査官として、
規則の中で、
できることをすべてやった。
それでも、
結果は変わらなかった。
事件番号 CHI-xx-CR-009771 は、
「刑事捜査終結」として保管された。
参照は可能。
再開の予定はない。
夜のシカゴは静かだった。
警備ロボットは巡回を続ける。
犯罪発生率は下がる。
記録上、
異常はない
男は、追加資料の通知を受け取った。
差出人は、警備会社だった。
市警でも、検察でもない。
添付されていたのは、数ページの文書だった。
見出しは淡々としている。
「運用確認報告」
彼はそれを開いた。
そこに書かれている内容は、すでに知っているものばかりだった。
対象を検知し、警告を出し、再警告を行い、
閾値を超えたため抑止措置を実行した。
順序に誤りはない。
省略もない。
発砲判断は、
人間ではなく、ユニット自身によるものだった。
遠隔操作の記録はない。
手動介入の痕跡もない。
彼は、その行を二度読んだ。
責任の所在を示す文言は、
注意深く避けられている。
弾種についての説明が続く。
非致死性。
市との合意。
業界基準への準拠。
すべて、正しい。
ページをめくると、
事案後の対応について触れられていた。
同型ユニットへの更新。
検知条件の調整。
警告間隔の見直し。
だが、
それは再発防止であって、
誤作動の認定ではない。
そう、明記されている。
最後の段落で、
会社としての立場が整理されていた。
契約違反はない。
注意義務違反もない。
文書は、そこで終わっていた。
男は、タブレットを閉じた。
どこにも嘘はない。
だが、
どこにも彼の家族はいなかった。
数日後、街に雨が降った。
強い雨ではない。
音も立てず、舗道を濡らすだけの雨だった。
男は傘を持たずに外へ出た。
濡れても構わなかった。
通りには、警備ロボットがいた。
昼間より多い。
夜よりも整っている。
雨はロボットを気にしない。
肩に当たり、外装を滑り、地面に落ちる。
ロボットは歩く。
止まらない。
男は、交差点で足を止めた。
以前、ここには信号があった。
今はない。
代わりに、
ロボットが立っている。
信号よりも正確で、
信号よりも静かだ。
男が一歩踏み出すと、
ロボットは少しだけ首を回した。
警告は出ない。
発砲もない。
ただ、
「見ている」という事実だけがあった。
彼は、歩き出した。
ロボットは、何もしない。
何も、しないまま、
街の流れを変える。
人は足を止め、
道を変え、
遠回りをする。
男が歩く道には、
いつの間にか、
人間がいなくなっていた。
雨が、少し強くなった。
遠くで、雷の音がした。
だが、空は光らない。
ロボットは、雷を見上げない。
雨にも反応しない。
彼は思った。
この街は、
人間のために作られたのではない。
人間が、
計算に合う限りで置かれているだけだ。
彼は、公園に入った。
遊具は撤去されている。
ベンチだけが残っている。
座る人間はいない。
ロボットが、公園の外周を回っている。
内側には入らない。
入る必要がないからだ。
彼は、濡れたベンチに座った。
空を見上げる。
雲は低く、
どこまでも続いている。
彼の家族が死んだ夜も、
同じ空だった。
だが、空は何も覚えていない。
ロボットの影が、
雨に滲んで、
地面に長く伸びている。
影は揺れる。
だが、本体は揺れない。
彼は、急に分かった。
この街は、
彼に何もしていない。
攻撃も、
罰も、
復讐も。
ただ、
必要なくなったものを、静かに外しただけだ。
雨はやがて止んだ。
雲が流れ、
遠くに夜明けの光が見える。
ロボットは巡回を続ける。
一台も、欠けない。
朝になれば、
街はまた動く。
数字は更新され、
安全は維持される。
彼がそこにいるかどうかは、
どこにも影響しない。
男は立ち上がった。
誰も見ていない。
だが、
街は、すべてを見ている。
街は動く。
そして、
人間は、
その上に残される。
男は、銃を持って外に出た。
理由は一つだった。
不安だったからだ。
角を曲がったところで、警備ロボットが止まった。
一体。
すぐ後ろに、もう一体。
距離は三メートル。
逃げ道はあった。
使わなかった。
「停止せよ」
音声が出た。
男は止まった。
照合音が鳴る。
間があった。
短いが、
確かにあった。
「武器を確認」
彼は、ゆっくりと銃を地面に置いた。
両手を上げる。
昔、何度もやった動作だ。
発砲はなかった。
代わりに、
アームが伸びる。
銃を拾い、回収した。
通知が届いた。
「危険物回収:完了」
ロボットは去った。
何も言わない。
何も残さない。
男は、その場に立っていた。
生きている。
撃たれていない。
それだけだ。
翌朝、
銃の登録は無効になっていた。
理由は書かれていない。
通りには、
いつも通り警備ロボットが巡回している。
人も、車も、
問題なく動いている。
男は歩き出した。
もう、
持つものはない。
背後で、警備ロボの駆動音が続いている。
近づきも、離れもしない。
一定の距離。
一定の速度。
彼が立ち止まっても、
街は変わらない。
通りの向こうで、信号が切り替わる。
人は渡る。
車は進む。
誰も、彼を見ない。
彼は、その流れに混じった。
抵抗もしない。
期待もしない。
ただ、歩く。
街は、それを許した。
記録は更新され、
巡回は続く。
それだけだ。
翌日も、
その次の日も、
同じ夜が来る。
彼がいなくなっても、
街は動く。
男は歩き続ける。
名前も、
役割も、
もう必要とされないまま。
オールドシティ:刑事捜査終結 よみひとしらず @yomihito2026
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