不安と眠るきみへ

山田すゞらん

第1話

模試で、E判定だった。

もう、受からないかもしれない。

でも、少しで良いから私の努力を誰かに知ってほしかったなぁ。







「おーい、おーい!そこのきみ!ねぇ、ちょっと待って!!」


後ろから誰かを呼ぶ声が聞こえる。誰を呼んでいるんだろうか。


「ねぇって!そこの…、メガネのきみ!」


え?もしかして私?


「あ、やっと気づいてくれた…!そうそう、きみだよきみ。」


誰だろうか、この人は。この辺りは人も居ないし、道に迷ったのかな。


「ねぇ、きみさ。さっきあそこの神社でわたしに、明日の受験に受かりますようにって願い事してくれたよね!」


確かに願い事はしたけど、声には出していない。なんでこの人に知られているんだろうか。もしかして変な人?


「あぁ、違う違う。わたしは変な人じゃないよ。人間界でいう、カミ…サマ?っていうやつ。」


……は?

やばい、ここ2ヶ月毎日徹夜で勉強してたから頭がおかしくなってるんだ。それか本当に変な人。とりあえず逃げないと…。


「待って待って!逃げないで!君の願い叶えられなくなっちゃうよ?」


ピタっと、足が止まった。願い…、叶えてほしい。そう思うけど、この人すごく胡散くさい。

でも、私の願い知ってたからな…。


「お、ちょっと信じ始めてくれたね。

それじゃあちょっと座って話そうか。神頼みのルールについてね。」


神頼みの…ルール?そんなものあるのか。

ついて行って大丈夫だろうか。まぁ、もし危なそうならスマホですぐ助けを求められるし大丈夫か。





「よし、じゃあ神頼みのルールについて説明するね。」


「まず、わたしがしてあげられることはあくまで手助け。つまり、きみの願いを叶えるためには、きみ自身の努力も必要なんだ。」


当たり前…だよね。私がそう思った瞬間神様のような人は焦ったようにこう言った。


「いや、当たり前なんだけどね!?」


本当に神様なのか…?


他の神社で祈った時は、こんなにすぐ願いを聞いてくれなかったし、神様は現れなかったた。


「あー、それはね。二つ理由があって、まず一つ目。人の願い事を叶えるのは順番だからだよ。」


順番?


「そう。神様だって、莫大な願いの数を一度に捌けるわけじゃないんだ。これが結構しんどいんだなぁ。」


そういうことだったのか。でもこんなにすぐ神様が来るってことは、もしかしてあそこの神社ってあんまり人気な


「あー!あーーー!ストップストップ!それ以上はだめ!わたしのところだって結構人気だから!!」


すごい焦ってるなこの人、いや、神様か。

……ていうか、この人私の心読んでる?


「あははっ!そうだよ、さっきからずっときみの心読んでる。あぁ、でも安心して。本当に聞こえてほしくないと思ってることは読めないから。」


……本当に神様なのかな。


「はい、じゃー、気を取り直しまして、二つ目!神様に会ったことは、願いが叶って少ししたら忘れちゃうんだよねー。

だから、神様に会っていないんじゃなくて、会ったことを忘れてるって感じかなー。」


そうだったんだ。そりゃそうか、こんなことが記憶に残ってたら騒ぎになるもんね。


「あれ、案外あっさりしてるね。前の人はそんなんじゃなかったのに。まぁ、前と言っても30年くらい前だけどね。」


30年。そんなに長い間、あの神社には人が訪れなかったんだな。寂しくなかったのかな。


「まぁ、願いが叶うまではそばにいるよ。きみに見えない形でだけど。」


私の思ったことには触れずに神様は話終えた。

一通り神頼みのルールを聞いた私は、すぐに家へ帰った。神様が別れ際、大丈夫だよ、頑張ってねと励ましてくれた。





 


そしてとうとう受験の日がやってきた。

不安だな…。私には神様がついてるからといっても、多少の不安は残る。


……落ちたらどうしよう。一度そう思ったら、頭からその言葉が離れなくなった。


だめだ、前がぼやけてきた。呼吸も浅くなってきた。これ、やばい。


そもそも、あの人は本当に神様だったのかな。本当に叶えてくれるのかな。


そう思った時、冬にはとても似合わない暖かい風が私の頬を撫でた。その風はまるで、落ち着きなさい、きっと大丈夫だから、と言ってくれているようだった。

ハッと目が覚めた。

その風のおかげで、少し落ち着けた。

そうだ、私は今までずっと努力してきた。そうだよ。あの人が神様だろうが、そうじゃなかろうが関係ない。私は私を信じる。私の今までの努力を信じるだけなんだ。






私にとって、長いようで短かった受験が終わった。試験会場から出て、家に帰った瞬間、ようやく肩の荷が降りた。

やっと終わった。あとは結果を待つだけだ。

そうだ、あの神社へ報告に行かないと。


「おかあさーん!ちょっと出かけてくるー!」


「やっと受験が終わったんだから遊びに行かずに今日くらいゆっくりしたら良いのに。」


「いや、遊びに行くんじゃなくて、神社に行ってくる。」


「神社?どこの?」


「あそこの、山のふもとの神社。たぶん知ってる人少ないと思うよ。」


「あぁ、あそこね。懐かしいわぁ、私もよく行ったものよ。最後に行ったのはいつかしらね。もう30年前くらいになるのかしら。もうすっかり行かなくなっちゃった。」


「え…、お母さんあそこの神社に行ってたの?30年前に?」


「えぇそうよ。今はもう全然記憶がないんだけどね、私の願いを叶えくれた気がしてたの。あそこにはきっと神様がいるのね。」


「お母さんだったんだ…。」


「でも残念よね。あそこもう取り壊すんでしょう?よく知らないけど、管理する人が居ないからって。最後にありがとうって伝えにいこうかしらねぇ。」


取り壊す…?あそこを?目の前が真っ暗になった。


「それっていつ…?」


「えー、いつかしらねぇ、作業に取り掛かるのがちょうど来週くらいじゃないかしら。」


来週って、合格発表の日じゃん。

あの人…、神様はどうなるの?

そう思うと居ても立っても居られなくなった。


「ちょっとごめん!もう行って来るね!」

 

「え、えぇ。気をつけるのよー!」




うそうそ、居なくなっちゃうのあの神様。受験の結果も、ありがとうも言えなくなっちゃうよ…。


 一昨日会ったばかりなのに、別れがすごく悲しい。あそこからいなくなってほしくない、あの人に。





私は神社まで走った。息が切れるくらいに。

見つけた…!

神様は、手を腰に当てて神社の真正面に立っていた。神様の背中はすごく悲しそうだった。

神様はパッと振り返って、


「お、来たか。受験どうだった?」

と、私の心配をするのだった。


「……っ結構、できたと思います。」


「そっかそっか。その感じは受かってると思うよ。きっと。」


神様ってはじめから結果を知ってるのかな。


「そんなことはないよ。わたしたちでさえ、未来なんて分からない。」


え…?


「一昨日会った時言っただろう?私たちはあくまで手助け。つまり、きみがいかに努力するか、してきたか、していくかが大事なんだ。きみは今までとてつもない努力をしてきただろう。きっと大丈夫だ。」


その言葉に、私の今までの努力が報われた気がした。神様は続けて言った。


「これは本当は言わない約束なんだけど、もう最後だしいいかな。」


最後……。


「あのね。神様っていうのは、背中を押してあげる役割を担ってるだけなんだ。

努力をちゃんとしてきて、夢を叶える実力が十分あるのに、やっぱりダメかもとか、私には無理なんじゃないかって考える人間いるでしょ?

わたしたち神様はその人たちの背中を押してあげる役割を担ってるの。もしきみが、志望校に合格したって、それはきみの努力だ。私は背中を押しただけで、他は何もしていない。」


神様は続けた。


「人間ってね、常に何かに寄りかかっていたい生き物なんだと思うよ。それは不安からか、何かから逃げたいからかは、人それぞれだけど、そこが人間の悪いところでもあり、良いところでもあるよね。」 


寄りかかっていたい生き物……。

確かにそうかもしれない。私も神様がいなくなると聞いて、すごく不安になった。それはきっと、「神様」というものが、人間が考える中で最も大きくて、寄りかかりやすい存在だったから。


「あの…。いなくなっちゃうんですか。」


「うん、そうだね。

いなくなっちゃうね。わたし。

寂しいー?」


「はい…。」

やっぱり、いなくなっちゃうんだ。


「まぁ、きっとまたどこかで会えるよ。」


「いなくなっちゃったら、どこに行くんですか。」


「それは教えてあげられなーい。」


「合格したら、私はあなたのことを忘れちゃうんですよね。」


「そうだね。でも、すぐじゃない。多分、1日くらいは覚えてるんじゃないかな。そのあとは、綺麗さっぱり記憶がなくなる。」


そんなの嫌だ。


「嫌でもね、そういうルールなんだ。」


「じゃあ、忘れるまで、ここが取り壊されるまで毎日会いにきます。」


「まぁ、それは良いんだけどさ…。きみはそれでいいのかい?わたしに時間を割くなんてもったいないと思わないのかい。」


思うわけない。背中を押してもらったんだから、次は私がお返しする番だ。



それから私は毎日神様に会いに行った。

会いに行って、2人でいろんな話をした。今までどんな願いを叶えたとか、どんな神様がいるのかとか。神様は、自分の存在が忘れられるのが怖いんだと笑いながら、寂しそうな目をして話した。「私は忘れませんから」と、大きな声で言うと神様は優しく笑いながら、ありがとうねと私に感謝するのだった。


これも全部忘れちゃうのかなぁ…。



合格発表の日。私はドキドキして震える手でパソコンに受験番号を打ちこむ。エンターキーを押して出てきたのは、


「合格」


の2文字だった。涙が出るほど嬉しかった。最後の最後に努力が実を結んだ。人生で最高の日だった。

本当に嬉しかったんだけど、悲しさが押し寄せてきた。あと1日で、あの人を忘れちゃう…。



私は神様に合格を伝えるために急いで神社へ向かった。でも、私の目に映ったのは、「立ち入り禁止」と言う文字だった。

解体工事が始まったのだ。バキッバキッ、メリメリっと、神社がどんどん壊されていく。ヒノキの香りが私を包む。

あの人がどこにもいない。

消えちゃった…?いやだ、ちょっと待って、まだ結果も、感謝も伝えてない。少しだけで良いから。


私は近くにいた工事をしている人に声をかけた。

「あの!本当に少しで良いので、中に入らせてもらえませんか!ある人に、伝えなきゃいけないことがあるんです!」


しかし返ってきたのは、


「関係者でもないのに、ダメに決まってるじゃないか。ほら、早く離れて。」


と言うあまりに冷たい言葉だった。

あの人に、もう会えない…。

そう思った瞬間、膝から崩れ落ちた。

私は何もできない無力感に襲われながら、崩れていく神社をただ眺めるしかなかった。バキッバキッという音が、どこにもいないあの人を、神様を壊しているように感じた。






今日で、神様の記憶が全部なくなる。家でそればかり考えていた。神様は、背中を押してくれただけじゃない、私の努力を認めてくれた。それがどれだけ嬉しかったか。そんなことを考えているうちに、ぐーっとお腹がなった。

解体工事を目の当たりにしてから、ご飯を食べてなかった。両親にはすごく心配された。志望校に合格したのにどうしたんだって。


「ご飯…食べようかな。」


私は自分の部屋からリビングへ降りて、お母さんにご飯を作ってもらった。

あまりに元気がない私に、お母さんは気を遣ったのだろう。


「ねぇ、お出かけしようか。」


そんな気分じゃない。だけど、お母さんは話し続ける。


「あのね、前に言ってた神社あるじゃない。ほら、取り壊すって言ってた。」


その話は絶対今しないでほしい。今その話は聞きたくない。


「お母さん、ごめんだけど、今その話は聞きたく」

「あそこね、取り壊すんじゃなくて、合祀するんだって。」


合祀?


「合祀ってなに?」


お母さんは、私が話に食いついたのを少し喜んだ。


「合祀っていうのはね、いくつかの神社を一つにまとめるの。神社という建物は壊すけど、神様は別の場所へ移動する、みたいな。」


それって…。


「ねぇお母さん、それどこの神社?」


私の思わぬ反応にお母さんは少し驚いている。


「え?あぁ、△△市に唯一ある神社に合祀したらしいわよ。」


「分かった、ありがとう!行って来るね!」


「えぇ?行くの?遠いわよ。送って行こうか?」


「ううん大丈夫!電車で行ってくるから!」


よかった。まだ会えるんだ。合格したって伝えないと。それで、努力を認めてくれてありがとうって言って、忘れてもまた会いに来るって言って、それから、それから…!

そんな気持ちが高ぶったまま、電車に乗り込み、今神様がいる神社へ向かった。電車から降りてしばらく走ったところに、あの人はいた。



「はぁ、はぁ、……っ神様!」


「え!?きみは…。どうしてここに。」


「はぁ、っあの、合格しましたっ…、受験。ほんとに、本当にありがとうございました。

それと、どうして合祀のこと言ってくれなかったんですか。」


神様はほっとしたような顔を見せた後、少し寂しそうな顔をした。それから、私が息を整えるのを待ってから神様は話し出した。


「まずは、合格おめでとう。それはきみ自身の努力の結果だ。自分自身を褒めてあげなさい。…そして、合祀のことだけどね。これ以上話したら、別れが寂しくなってしまうと思ったんだ。だから、最近はほとんど心を読んでいなかっただろう?もう、30年前みたいに悲しい思いをしたくないんだ。」


それは、お母さんのことだ。


「それ、私のお母さんのことだと思うんです。

私のお母さん、言ってました。願いを叶えてくれていた気がするって、あそこにはきっと神様がいるって。記憶からは消えても、心には残るんですよ…!」


忘れたくない。これだけは伝えたい。


「私はあなたを忘れません。忘れたとしても、必ず思い出します。そして会いにきます。」


私がそういうと、神様はやっぱり優しく笑った。








「あれ、ここどこだっけ。神社?なんでこんなところにいるんだっけ。早く帰らないと。」







_____29年後。

私は母になり、私の娘は来年大学受験生だ。


「ただいまー。」


「はーい、おかえり。」


「聞いてお母さん、今日△△市の神社に行ったんだけどね、わたしは神様だって言う変な人に会ったの。なんかね、私が思ってること全部当ててくるの。もう逆に面白くなっちゃって。」


「えー、そんな人いたの。変な人には気をつけてね。自分が神様だなんて、面白い冗談を言う人もいるものね。でもね、お母さん、神様はいる派よ。」


「えー、そうなの?どうして?」


「人ってね、何かに寄りかかってた方が楽なのよ。特に、神様とかね。」

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