長命エルフの小さなカフェ〜今日はなに飲む?〜
藤 野乃
砂嵐
からん。
透明な氷が、グラスで澄んだ音を立てた。
砂漠の中心部にあるこの国では、ちょっと贅沢な音だ。
「ジューン、次はいつもの」
ぶっきらぼうに二杯目を所望するお客さん。
「ふうん? 何かあったの?」
私はミントの葉をむしりながら、鍋に水を入れてお湯の準備をした。
最近ちょっとぽっちゃりして、くたびれた感じのオッサンはカウンターに肘を置き大袈裟な溜息をついた。
「なんかあったといえば、ある。娼婦がまた殺されてなぁ」
「またなの? もう三人目じゃないの。あ、ハチミツ入れる?」
ポットに入れたミントの葉に熱湯を注ぎ、蓋をする。
(この人の好みは蒸らし五分、で薄めのミントティー……っと)
「要らない。……全くよぅ、警邏隊の仕事ではあるが書類仕事は好かん」
「出世したら書類仕事が増えるのは、どこも一緒ね?」
「それがしんどいんだよなぁ」
おやおや、殺人事件ではなく書類仕事でお疲れのようだ。
お茶菓子は甘いものにしてあげよう。
「うーん、やはりフレッシュハーブならではだよな」
オッサンもとい、ジルバはミントティーを一口飲んで、満足そうに頬を緩めた。
「そうね、それが売りなカフェだし」
「子供の頃はオヤジが何で一杯で銀貨持っていかれるここの茶を好きなのか、理解出来なかったけどなぁ」
「おかわりまでして、お父さんのお財布に打撃与えてたじゃないの」
「そうだったか? ……だがこれが銀貨一枚と考えると大人になってみるとな、安すぎる気もするな」
「まあね。趣味でやってるだけだから、儲けようとは思ってないの。でも安くしすぎたら、私が客を選べなくなるでしょう?」
ジルバは添えられた砂糖菓子をつまみ上げ、口に放り込んだ。
「確かにな。──お、タリの砂糖菓子か。あの店の亭主、最近ギックリ腰らしいぞ」
「ギックリ腰。どおりで最近来ないと思ってたわ」
心地よい沈黙が、店内を満たす。
カウンター六席だけの小さな空間だけれど、椅子やグラスなどは本当にいいものだけを使っている。
内装にも拘った、私の小さなお城である。
ちなみに正式な店名は『ヴァン・ド・ジュアン』だ。
──お客さんたちは、省略してジュアンと呼んでいるけどね。
黙ってハーブティーを楽しんでいたジルバが視線を上げ、口を開いた。
「はぁ。休戦になったのはありがたいが、その分仕事も増えたからなぁ」
「そうね。街に人が多いと、警邏隊が扱うトラブルも増えちゃうものねえ」
私がカフェを営んでいる街の名前はシグリア。
砂漠中央からやや南東に位置する、中立国家シグルで一番大きい街である。
「ヘイデンから結構人が来てるんだよなぁ」
「あっちは大きな港があるから、他大陸から大商隊が来てるって噂は聞いてるけど」
「今は休戦中だからな。商売人は西のヘイデン側から東のガルディアに行ける機を逃せないんだろうな」
「砂漠唯一の国で、みんなが休憩していくのは仕方ないわね。まあ、私の店に知らない人が来ることはまず無いからどうでもいいけれど」
ジルバはくぐもった笑い声を押し殺し、黒曜石のような瞳を細めてカップの中身を飲み干した。
「そりゃなぁ。店主がエルフだからな。俺らはガキの頃から知ってるから気にならんが、知らん奴には怖いだろ」
「……パッと見、わからないと思うのだけれど?」
確かに私は人間ではなく、エルフだ。
耳先がやや尖っているくらいで大きさも形状も、人と大差はない。
「この大陸に、ジューンみたいに色の白い者は居ない。それにその顔」
私は、浅黒い肌のジルバを見返した。
漆黒の強いくせ毛が頭のうえで鳥の巣のように主張していて、モジャモジャの髭に続いている。
(確かに、このあたりの人はこういう肌が多い……エルフとは大違いね)
「そうよねえ、エルフのやってる店に来る一見さんなんて滅多にいないわ。残念ながら」
「と言うと、たまにはそういう命知らずが来ると?」
「ええ。知らないで来て、そのまま楽しんでいく人も少ないけどいるし……あなたみたいな常連さんに紹介されて来る人もいる」
チリリ、とジルバのベルト付近から小さな音が鳴る。
「チッ、呼び出しだ。じゃあな、ジューン。ごちそうさま」
銀貨を二枚、カウンターの上に並べた警邏隊の隊長は、名残惜しそうに空のカップを見つめた。
「どういたしまして。ありがとう、またね」
ジルバが機敏な動きで慌ただしく出ていき、入れ替わるように女性客が二人来店した。
この二人も常連さんだ。
──この店は街外れにあるし、微弱な隠蔽魔法が掛かっている。
なので、知っている人か探している人しか来ない。
「はぁ、疲れたわ。ジューン、今日は外に出た? すごい砂嵐よ!」
「十分くらい前にいきなり起きちゃって、参ったわ!」
砂嵐はいつだって突然やって来る。
それが大きな時は、建物に入るか物陰で動かないのが一番。
今起きてるのはそこそこ大きな砂嵐なのだろう。
「そうなの? 待って、脱がないで──魔法で砂を取るから」
「やったぁ! きれいにしてね!」
「自分でやるより完璧だもんね!」
うら若き乙女二人はキャアキャアと歓声をあげつつも、行儀よく扉の近くで立ち止まった。
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