喰われる
奥羽王
第1話
うちの妹はかなり変な子で、小学校の帰り道で捨て犬や捨て猫をバンバン拾ってくる。
さすがに通学路だけでこんなに見つからんやろ?と思って訊ねてみると「鳴き声が聞こえてきて、そっちに行ったらおる」とのことで、あっちへフラフラこっちへフラフラ、可哀想な生き物を救出しているみたいだ。
最初の頃こそ祖父母も父母も優しい子やと妹を褒め、張り切って一家で里親を探していたものの、一年もその生活が続くとさすがに疲弊してくる。まぁ「騒音被害」だの「ペット禁止」だのそういう言葉とは無縁なド田舎だから、今のところ里親探しに困ったことはないが、ずっと続ける訳にもいかんやろうということで。
「犬猫を拾うのは良いことやけど、ウチで皆を飼える訳やないから、他の人に任せることも必要ちゃうかなあ」
晩御飯の後にそれとなく父が小言を呟く。妹が小さな目で父を睨んだ。
「えー何それ。見殺しにしろってこと?せっかく見つけたのに可哀想やん」
「いや、見殺しにしろって訳じゃないけど……。ただ、ウチで責任持てへん子の命まで拾ってくるんは、結局その子のためにもならへんやろってこと」
「責任持てへんって……。何その、私が無責任みたいな言い方。確かに飼い主探しは大変やけど、それが分かってるなら皆ももっと必死に探してくれたらいいやん!可哀想やから助けたいって思うのはそんなに悪いこと?」
「いや、悪いとかやなくて……」
やれやれ。
父母が懸命に妹を説得しようとするが上手く会話が噛み合わず、勝手に妹がヒートアップしている。
「別に可哀想な子を助けたいと思うこと自体は悪いことじゃないよ?ただそれは観念的な話であって、実際に命を救えるかは別ってこと。助けるべきかどうかじゃなくて、私たちで助けることが可能かどうか、の話をお母さんお父さんはしてるんやで?」
努めて冷静かつ論理的な言葉で私も加勢してみるが、「姉ちゃんは黙ってて!」とピシャリ。そうですか……。
黙って口論を聞いてみると、どうも妹は犬猫救出を家族みんなの役割だと考えているようだった。もちろん、私たちはあくまで妹のサポート係であって、そんな大役を買って出たつもりはないのだが。
なんというかうちの妹は、自他境界が曖昧って奴なのかもしれない。「可哀想!辛い!」て所に感情移入し過ぎて後先考えずに拾ってしまうし、家族も当然自分同様に胸を痛め、里親探しを行ってくれるものと思っている。
優しいのは結構だが、こちらを巻き込むのは勘弁してほしい。
家族の説教は結局妹の心に響かず、妹は一層保護活動に熱を上げる。次第に妹は捨て犬だけでなく、その辺の野良犬まで連れてくる。連れてくるというか、目が合うと野良の犬や猫が勝手についてくるそうだ。それで妹はその子を家まで連れて帰ってくるのだが……。ここまで来ると、妹の行為は優しさとは別物じゃないかな、という気がしてくる。
後先構わず生き物を拾う妹の向こう見ずな優しさが私は結構好きだったのだが、今の妹はただ生き物に利用されてるだけなんだろうなって感じがして悲しい。
し、ちょっと哀れに思う。
優しさってのは自分が主導権を握っていて初めて美徳になるのであって、向こうに主導権を渡したらおしまいだと思う。可哀想な誰かの為に自ら手を伸ばすことが優しさであって、突然自分の腕にしがみついてきた誰かを振り払えないことは全くの別物なのだ。
まあ、捨て犬捨て猫を拾いすぎて校長先生から表彰されたこともある妹のことだ。キッカケが何であれ、可哀想な生き物を放っておけはしないんだろう。
その優しさを悪い男に利用されないでね〜〜とお姉ちゃんは妹の将来を慮るが、中学生になっても妹は男とつるまずひたすら動物と戯れている。相変わらず家族のもとへ面倒ごとを運んでばかりいる妹に、近頃めっきり外へ出ることがなくなったばあちゃんがとうとうブチ切れる。
「つぎ知らん動物を連れて帰ってきたらシバき上げてこの家から叩き出すからな!捨て犬も捨て猫もアンタも全員や!」
ばあちゃんは里親探しに結構積極的だったのだが、今思えばそれは強い責任感の表れだったのかもしれない。以前のように自分が協力できなくなった今、拾うだけ拾って家族任せの妹が許せなくなったのだろう。
味方だったはずのばあちゃんからお叱りを受けた妹はすっかりしょげてしまい、生き物を連れ帰ることはなくなる。だけでなく、家族と喋ることを露骨に拒否するようになる。ばあちゃんだけで無く父母も私もシャットアウト。妹の声も生き物の声もしない殺伐とした生活が三か月ほど続いたある日、妹が毛布のようなものを抱えて帰ってくる。
よく見ると下半身が潰れたイタチの死骸だ。
ショックを受けた母が倒れてしまい、今度は祖母だけでなく父も怒る。「やから生き物は連れて帰るな言うたやろ!」と怒鳴るが、妹は負けじと「もう死んでるから生き物じゃない!」と叫び返す。なんじゃその暴論は。
なーそのイタチどうするん、と聞いてみると、裏山にお墓作って埋める、とのこと。
「一人で死んだら寂しいし可哀想や。私がおっきいお墓作って皆を埋めたるねん」
この子は優しいんだかなんなんだか。ばあちゃんももう呆れ返っている。家に持って帰ってこんなら好きにしろ、ということで、お説教はお開きになる。
ばあちゃんの許しを得た妹は、帰りが遅くなることが増える。遅い日はいつも服に泥と血がついていて、また誰かのお墓を作ってたんやなと分かる。お母さんは気味悪がって妹の服の洗濯を拒否し、妹は自分で洗濯をするが、手洗いには限界があるのでいつもほんのりと獣臭い。家族全員が妹を避けて、半分家庭崩壊って感じになる。
アホらし。
妹の優しさはどこぞの獣の鎮魂にかかりきりで、その割を我が家が食ってるという訳だ。
高校にあがってもその調子の妹を置いて、私は東京の大学へ進学する。東京で彼氏作って就職して、そのまま彼氏と結婚して子供もできる。その間実家には一回も帰らないし、もちろん結婚式にも呼ばない。たまーに両親とメールのやりとりをするだけ。
で、ある日、妹が死んだと連絡が来る。
妹は27歳で死ぬその前日まで仕事もせずに例の墓づくりを続けており、地元ではミミちゃん霊園というあだ名でその場所がちょっと有名になる。ミミちゃんというのは私の妹のあだ名だ。いつものように帰りの遅い妹をほったらかしにしていたが、朝になっても帰ってこないのでミミちゃん霊園へ行ってみると、中央に人間の死体が転がっていて、それが妹だったらしい。
「転がっていた人間の死体が妹だったらしい」などと持って回った言い方になるのは、その死体の損傷が激しかったからだ。死体は身体だけで首から上がなく、その身体も生き物に食い散らかされてボロボロだったそうだ。
昼過ぎまで妹は家にいたので、亡くなったのは夕方から死体が発見された翌朝までということになるが、一晩でそこまで遺体が損傷するものなのだろうか?町の警官も首をひねったが、まあ「野生動物による損壊」以外に説明がつく訳でもない。田舎の小さなコミュニティで起きた事件ながら、犯人はまだ捕まっていない。
なんとなく嫌な予感というか、超常的な何かが事件に関与している雰囲気を、私も皆も感じている。実際、そういう心霊現象みたいなものがミミちゃん霊園で起こり始める。
事件があってから「霊園を壊してほしい」という苦情が役所に寄せられたらしく、職員さんが霊園の様子を見に行ったのだが、そこで「寂しいよおおお」とうめく女の声を聞く。「霊園にミミちゃんの霊が出た!」という噂が一か月ほど続いたあと、ずっと家にいたばあちゃんまで幻聴を聞き始める。同居している家族には何も聞こえないのに、である。霊園の騒ぎと同じく、妹の声で寂しいよおとうめく声だ。
妹の声は日を追うごとにどんどんと大きく激しくなっていったらしく、ばあちゃんは段々と気を病み、最後は半狂乱になって電車に飛び込んでしまう。車体と接触したばあちゃんの身体は首も手足もバラバラに千切れ飛んでしまったのだが、事故後にどれだけ探しても首だけが見つからない。妹同様、ばあちゃんも首無し死体となる。
現場に居合わせた人が奇妙な証言をしていて、「おばあさんの首はごろごろ線路を転がっていたが、穴に落ちたみたいに突然スッと地面に消えていった」とのこと。もちろん線路に人の頭部が入るような穴は開いてないが、妹が地獄からばあちゃんの首をさらったのだと噂になる。
それからも妹の呪いは続いて、今度はお父さんが飛び降りて死ぬ。地面に叩きつけられたお父さんの身体はまたしても首がもげ、そのまま首は見つからない。
いよいよ妹の鎮魂をしないといけない、ということで町中の神社に頼みこんで霊園をお祓いしてもらうが、寂しいよおと訴える声は続く。「妹の首を見つけ出して家族の墓に入れてあげたら寂しさも癒えるんじゃないか?」と神主さんが言うのでミミちゃん霊園をひっくり返すと、異常な量の動物の骨が見つかる。犬、猫、キツネ、イタチ、鹿、イノシシまで見つかる。もはや山の生き物が、自分からミミちゃん霊園を死に場所として選んでいないと説明がつかない、というくらいに。それでも妹の頭蓋骨は見つからない。
お父さんの葬儀の際はさすがに実家に帰る。ばあちゃんもお父さんも妹も死んでお母さんは完全に孤独で、でも妹がすべての引き金なので地元に頼れる相手もいない。私と一緒に東京来る?と誘ってみるが、霊園の件が収まるまでここを離れるわけにはいかないという。
妹の呪いを母に押し付けているのが申し訳なく、私は会社に無理を言って二週間ほどの休暇をもらう。その二週間を丸々使って実家に帰省していたのだが、そこで奇妙な夢を見る。
目の前に私の背丈ほどの二本の木が、1mほどの間隔を空けて並ぶような形で生えている。それぞれの木から伸びた枝がちょうど中央のあたりで絡み合っており、そこをよく見ると妹の生首が載っている。ちょうど二本の木が下から手を伸ばし、妹の首を二人で支えているような形だ。
しばらくすると、メリメリメリメリ!という音とともに、妹の首から身体がグリグリと生えてくる。あれよあれよという間につま先まで出揃い、完成した身体が妹の首からぶら下がっている。足は地面に届いておらず、まるで首を吊っているみたいだ。
しばらくすると四方八方から獣が寄ってきて、生えたばかりの妹の身体を食い散らかしていく。妹は血を吐きながら笑っている。
あはは!ちゃんと食べや。私が助けたるから。私がいたら寂しくないからな。
満面の笑みで妹は話しかけるが、獣は妹の顔には目もくれない。やがて妹の身体は骨までなくなり、生首だけになると、獣たちはどこかへ去っていく。
しばらくすると再び妹からメリメリ!と体が生え、獣がそこに集り、妹は笑う。それが繰り返される。食べられても食べられても身体は生えてくる。妹の生首はまるで、肉の花を咲かせる球根のような扱いを受けている。
その夢を見てから、私にも「寂しいよおお」という妹の声が聞こえ始める。どうやら私もロックオンされたようだが、お母さんに心配をかけたくないので誰にも言わない。
妹の生首は地獄に落ちたんだな、と私は思う。生きている間に獣に散々振り回されて、死んでからも地獄で優しさを利用され続けている。それを見た妹の浮かべる、充実感に溢れた笑顔が虚しい。誰も妹に感謝してないのに。勘違いしたまま、ただただ食い散らかされている。
今も霊園で妹の生首捜索が続けられているが、きっと見つかることはないだろう。なぜなら妹の生首は地獄で生き物たちに利用され続けているのだから。獣たちが身体を食べて食べて食べ飽きて妹を完全に消費しきってしまうまで、妹の呪いは続くはずだ。
今もすぐ耳元で血まみれの妹が「寂しいよぉぉぉ寂しいよぉぉぉ」と叫び続けているから多分私は助からない。私が死ぬ瞬間にはきっとばあちゃんやお父さん同様に首がブチンと千切れてしまって、そのまま地獄に吸い込まれるのだろう。存在しない穴をつたって。
もはや自分の命は諦めているが、妹の寂しさはいつか私の子供すらも殺してしまうんだろうか?ということと、地獄に落ちた私の首も人間球根にされてしまうんだろうか?という二つは酷く恐ろしい。
喰われる 奥羽王 @fukanoro
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