最終話 笑う門には福来る


​ 静寂に包まれた稲荷神社の境内。


 狐たちが平伏し、俺が仁王立ち(ガニ股)する中心で、チャコと永久の二人は小刻みに震えていた。


 俺は思った。二人とも、あまりの異常事態に恐怖しているのだと。


​「だ、大丈夫か、二人とも。俺のこの姿、怖いよな……」


​ 俺が声をかけた、その時だった。


​「ぶっ……」


​ チャコが噴き出した。

 それは、堰を切ったような爆発だった。


​「あははははははッ! もう無理! 我慢できない! なによそれケン! あんた、股間にバランスボール隠してたの!?」


「くっ、くく……あはははは!」


​ つられるようにして、永久もまた腹を抱えて崩れ落ちた。

 白無垢の裾が泥に汚れるのも構わず、彼女は涙を流して笑い転げた。


​「み、見事だ……見事すぎて言葉もない! まさか人間の皮をかぶって、これほどの『大物ぶつ』を隠し持っていたとは! あははは! タヌキの袋は広げれば八畳というが、まさかこれほど収納に困るサイズだとは!」


​「お、おい! 笑うなよ! こっちは真剣に重いんだぞ! 歩くたびにボヨンボヨンして大変なんだぞ!」


​ 俺が抗議すればするほど、二人の笑い声は高らかに響き渡る。

 境内に満ちていた、ジメジメとした重苦しい空気が、二人の明るい笑い声によってビリビリと震えた。


​ その時、奇跡が起きた。


​ ――古来より、『笑う門には福来る』と言う。


 タヌキは「他を抜く(たぬき)」縁起物。


 そのタヌキの最強の富の象徴(八畳敷き)と、少女たちの穢れなき爆笑のエネルギーが化学反応を起こしたのだ。


​ サァァァァァッ……!


​ 上空を覆っていた分厚い雨雲が、まるでカーテンを開けるように急速に晴れていく。


 狐の嫁入りの霧が消し飛び、眩しい西日が差し込んだ。


 雨粒の一つ一つが光を反射し、俺たちの上に巨大で美しい虹を架ける。


​「ひぃぃッ! こ、この光は……タヌキの『陽』の気だ!」


「目が、目が潰れるぅぅ!」


​ 陰の存在である狐たちは、圧倒的な「陽キャ」のオーラに耐えきれず、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

 長老狐が捨て台詞を残す。


​「お、覚えておれ! タヌキの若君との全面戦争は回避するが……今日のところは引き分けだーッ!」


​ いや、完全にそっちの負けだろ。土下座してたし。

​ 狐たちが去り、境内には俺たち三人だけが残された。


 空はすっかり日本晴れ。


 俺の頭上に降り注いでいた局地的な雨も、もう降ってはいない。


​「あー、笑った。お腹痛い……」


​ チャコが目尻の涙を拭いながら立ち上がる。

 永久もまた、呼吸を整えながら、どこか晴れやかな顔で俺を見上げた。


​「……ふふ。私の負けだ、タヌキの若君」


​ 永久は、俺の巨大な股間(まだ戻らない)に視線を落とし、頬をほんのりと染めた。


​「これほど立派な『証』を見せつけられては、無理やり連れ去るわけにはいかぬ。タヌキと狐の国際問題にもなるしな」


「じゃあ、諦めて帰ってくれるのか?」


「いいや」


​ 永久はにっこりと微笑んだ。小悪魔のような、でもどこか愛らしい笑顔で。


​「『タヌキと狐の平和条約』の証として、妾が人質……いや、親善大使として、お前の家に居候することにする。……あんな面白いモノを見せられて、手放す女がいると思って?」


「はあ!?」


「ちょっと! 居座る気満々じゃない!」


​ チャコが慌てて抗議するが、永久は涼しい顔だ。

 どうやら、俺の平穏な日常は、まだ戻ってきそうにない。


​「ほら、帰るぞ我が夫。……歩けるか?」


「……無理。誰か肩貸して」


​ 俺はガニ股のまま、二人の少女に両脇を支えられて神社を後にした。

 重たい股間を引きずりながら、俺たちは夕暮れの道を歩く。


​「ねえケン、それいつ戻るの?」


「分からん……興奮が冷めれば戻ると思うんだが」


「あら、私たちが魅力的すぎて興奮しているのかしら?」


「バカ言え。重くてそれどころじゃない」


​ 文句を言い合いながらも、俺たちの足取りは軽い……俺以外。


 空にかかった虹は、狐と狸の化かし合いが終わったことを告げるように、いつまでも輝いていた。


​ こうして、俺の十五歳の誕生日は、一生忘れられない「重み」と共に幕を閉じたのだった。



​ ── 終 ──



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