上半身と下半身が恋を始めたんだが、どうすればいい?
りつりん
上半身・下半身BLが今、始まる!
たぶん、筋トレを下半身だけ重点的にやったせいかなって思ってる。
最近、逞しくなった下半身に、どうやら上半身が恋をしたようだ。
自分はそれを第三者的な視点で観測し、げんなりしている。
俺の意思とは関係なしに、逞しい下半身、その腿や脹脛を指先が艶やかに撫でていくのだ。
それはもう、何度も何度も。
しかも、昼夜問わず。
この前なんかは、俺の目をまさに盗むように、深夜の二時に右腕の野郎が下半身へアプローチしていた。
何か知らんけど、恥じらいはあるらしく、局部は触っていなかったが、それでも際どい所はサワサワされていた。
勘弁してほしい。
俺だって抵抗しないわけじゃない。
起きている時は必死にそうならないように抵抗する。
でも、なぜかうまく抗えない。
本当に、上半身、下半身に意思があるかの如く、互いを求めあっているのだ。
特に、上半身。
どうにも下半身の鍛え抜かれた筋肉の割れ目、っていうのかな。
とにかく、しっかりと分かれた筋肉の筋が好きらしく、執拗に指先でなぞってくる。
逆に下半身。
下半身は、上半身の弛み具合に最初はそうでもなかったらしいけれど、上半身の執拗なアプローチに最近は靡いてきているらしく、上の野郎が触りやすいように足をまげて体、体なのかな? わからんけど、とにかく下半身本体を近づけたりしている。
俺からすれば「いや、当人同士過ぎん? こんなに一人を分割した恋って誰得よ?」と思ってしまう。
人類は少なくとも億単位でいるのだ。
それなのに、俺は自分を三等分にして、その中でせこせこと恋をしている。
いや、俺は恋してないけどさ。
まあ、二人……二人? わからんけど、当人……当人? ああもう、ほんとによくわからんけど、本人同士が本気なのはこの数か月でよくわかってきた。
なので、許容しようかなとも思っていたけれど、そうもいかなくなった。
俺が気を許し、抵抗しないことをいいことに、外でもやらかし始めた。
「君さあ! そういうことをするなとは言わないけど、やるなら家でやるべきじゃないの!?」
そのやらかしのおかげで、俺は今、上司に恐ろしいほどの勢いで怒られている。
上司の怒りはもっともだ。
「そのさ! 職場でなんというかさ! 慰めるのは勘弁してくれないかな!?」
そう、俺の上半身と下半身は職場で愛し合い始めてしまったのだ。
物理で。
もっとさ、心で心でいけないのかな!? って心の中で叫んだけれど、そもそもこいつらに心があるのか、あったとしても通わせられるのかとかいろいろ考えたらもう無理になった。
自分ってなんだろう、って思いながら、怒られること五分。
今日はもう帰って休みなさい、というお言葉とともに、無事、退社となった午前十時過ぎ。
午前から、盛りすぎだろ、頭部以外、俺の全身、どうなってるの。
そんなしょうもないある種辞世の句的な何かを心の中で読みながら、俺は荷物をまとめた。
帰り際、上司に「さっきはみんなの手前、怒らざるを得なかったけど、もしストレスとかしんどさ抱えてるのなら相談のるから、いつでも言ってくれ。君には期待してるんだからさ」って言われてちょっと泣いた。
上司もちょっと泣いてた。
そのまま恋しそうな雰囲気だったのをなんとか振り切り帰路に着いた。
「あー、もう! どうしてくれんだよ!」
家へと無事たどり着いた俺はベッドへとダイブした。
もふんと顔を覆う枕から、俺の匂いがする。
好きでも嫌いでもない自分の匂い。
自分なんてそんなもんだった。
別にどこも嫌いじゃないし、別にどこも好きでもない。
顔だって平均的だからこそ、好きも嫌いもなかったし、性格だって当たり障りなく誰とでも接することができて自己嫌悪に陥ることはほとんどなかった。
つまり、己に対する自己評価、というか、自己認識的な部分で、生まれて初めて葛藤が生まれてしまったのだ。
その結果としての、どうしてくれんだよ! だった。
もちろん、職場にこれからどんな顔して行けば、的な意味もある。
無駄にダブルミーニングなどうしてくれんだよ! を発してしまったのだ。
「はあ……」
しかし、俺の上半身と下半身は、やはり俺のことなんて眼中にないらしい。
プライベート空間に入った互いにまさぐり合い始めたのだ。
「なんなんだよ! やめろよ! もうやめてくれよ!」
ぐちゃぐちゃになってしまった脳内。
感情も体も整理できない俺の目からはとうとう大粒の涙が流れ出してしまった。
20代後半、まさかの大号泣に自分でも引いた。
引いたけれど、止めることはできなかった。
しかし、そんな俺が邪魔だ、と言わんばかりに上半身は顎下を持つとそのままぐいっと外してしまった。
俺の頭部を。
俺の頭部を、というか、俺(頭部)をカポリと外してしまったのだ。
そのまま、ベッドそばにあったデスクに置かれる。
「うええ? うええええええええええええええええ!?」
置かれた瞬間、「え? 死ぬ? これ死ぬパターン?」と思いはしたが、死ななかった。
めちゃくちゃビックリしたけど、俺は死ぬことなく、しかし、そのまま動くこともできずに上半身と下半身の情事を見つめるしかなかった。
その後も、上半身と下半身は俺が邪魔をしようとするたびに、俺を外した。
徐々に、俺の意思を完全に受け付けなっていく首より下ども。
仕事やその他もろもろの生活すらも無視して、気が付けば四六時中、ベッドの上で愛し合うようになってしまった。
もちろん、俺はデスクの上。
ドロドロとした思考が流れ続け、もはや、俺が俺なのかもわからなくなったころ、突如として訪問者があった。
「あ、どもっす。それじゃあ、回収しますね。実験おつっす」
そして、俺の意識はそこで途絶えた。
上半身と下半身は知らん。
☆
「うーん。うまくいきませんでしたか」
とある部屋。
少しだけ高そうなスーツを着た初老の男性は、部下らしき男からの報告を聞いて一言。
ため息が出るほどではないが、やや落胆の色は隠せないらしく、組んだ腕の指先を少しだけ動かす。
「今報告した被検体は上半身と下半身の恋愛沙汰により、機能不全という結果でしたが、他の被検体も何かしらのトラブルを抱え始めているようです」
「そうですか。困りましたね。これから労働力はぐんと減っていくというのに」
男は窓の外を見やる。
そこには男の憂いなど微塵も受け付けません、と言ったように澄んだ青が存在していた。
世は労働力大不足時代。
少子化を
それが、【頭部・上半身・下半身分離型労働人間への改造】である。
そう、昨労働力不足を補うために、頭部、上半身、下半身を独立させ、それぞれで適した労働を課す、という目標に向けて実験を始めたのである。
人が増えないなら、人を割ればいいじゃない?
そんな上から目線な論理で政府は人を割ることに決めた。
頭部だけの労働ってなんだよって、関係者の誰かがなんかどこかで言っていたらしい。
知らんけど。
その初期段階として、まずは分離させてどのような不具合が出るかを確認するためのアレコレが秘密裏に実施されている。
人間社会においてさほど影響が大きくなさそうな適当なサンプルが選ばれ、改造され、そしてまた社会に戻される。
そんなことをやり始めたのである。
しかし、政府の思惑とは裏腹に、問題は山積。
今回のように自分同士の恋愛に陥ってしまう者もいれば、三つに分かれたことにより、人格が破綻してしまう者、そもそも三つに分離できることに気づかずに過ごしてしまう者、様々な反応を見せている。
「やっぱり最初から三つだとアレなので、とりあえず、頭部は上半身とセットにして、下半身だけを分離するパターンで一度やってみませんか?」
「そうしましょうか。最初から三分離は欲張り過ぎましたね」
そんなこんなで今日も内々でいろいろ決まってく。
日本の色んなことが決まってく。
軽やかな流れで、大事なことが決まってく。
上半身と下半身が恋しだしたら、ご用心。
上半身と下半身が恋を始めたんだが、どうすればいい? りつりん @shibarakufutsuka
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます