雨のち晴れ、恋には星が似合うでしょう

𦮙

雨のち晴れ、恋には星が似合うでしょう

 その昔、この世界には「天気予報」というものがあった。

 上から落ちてくる雫は雨。それをもたらす「雲」という白い塊が頭上を覆い隠す日は曇り。周囲に立ち昇る水気を含んだ気体は霧。風が強く吹き荒れれば嵐。嵐に雨を加えれば台風。

 こんなふうに事象を細かく分類し名前をつけ、明日、明後日、明明後日、時には一週間一カ月後にどんな日和なのか当てようと躍起になり、気象庁という国の機関を運営するくらいには必死だったそうだ。

 私が天気予報なるものを知ったきっかけは趣味のドラマ鑑賞で、主に朝や夕方の家庭のシーンでその映像は流れた。

 テレビという古臭い家電が縁取る、絵文字のようなマークと温度が表示された地図を背景に、解説をこなす若い女性。

 極々日常的な光景らしいと、当時を知らない私にも判断がついた。

 地図は登場人物が住む地域のみクローズアップされることが多く、ドラマによっては私が住む場所も映し出された。

 この町も、かつては天候に支配されていたんだ。

 教科書でサッと習った近代史が一歩私に近付いた瞬間だった。

 今ではこの世界に天気というものはない。より具体的に言えば、空がなかった。

 日本は各自治体ごとに居住地を天蓋で覆うことにした。こうすることで、暑さからも寒さからも国民を守れるからだ。いわゆる「悪天候」というものはなく、心地よい温度と湿度が保たれ、時折ゆるやかな換気用の風を感じる。

 昔、人類は天気にかなり振り回されていたらしい。頭痛といった個人の体調や農作物の収穫量といった事業、更には大雨や猛暑による災害死といったレベルまで、とにかく苦労が絶えなかったそうだ。

 けれど、空を隔てることでついにはそれを乗り越えた。だから私はこうやって今日も安全を享受できている。分かっているし、ありがたいとも思う。

 でも、「天気予報」というものへの興味は抑えきれなかった。

 そのうちドラマで受動的に情報を得るだけでは満足できなくなり、AIに聞いてみることにした。

 そうして分かった。気象予報士という職人は、時々ユニークだ。例えば明日の洗濯物が乾かなかったり飛ばされたりしないか心配する。「乾燥」や「強風」が洗濯のうえで重要な要素だからだ。

 ただ、この場合取り上げるのに納得感はある。面白いのは、桜の開花や葉っぱの色、落ちた星なんかを気にしているところ。天気とは関係なさそうな内容も丁寧に解説していたらしい。

 ――――なんてロマンチックなんだろう。

 AIとの質疑応答を繰り返すたびに憧れを募らせた私の次の質問は、もちろん決まっていた。

「ミライ、明日の天気を教えて」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雨のち晴れ、恋には星が似合うでしょう 𦮙 @sizuka0716

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画