シャーリィとブードゥ

 僕は、風に消えてしまいたい。


 心からそう思った。

 

 だって。


 唯一の家族を、


 ブードゥ兄さんを、


 失ったから。


 失っ、た?

 いや、

 まだ、

 どこかで、

 元気にしていると信じては、いるんだけれど———





   •———«=ニ≡三:∵°。∵.o◯°。

 «過去«

        ≫現在«

               ≫未来≫




 ———時航機タイムマシンが時代遅れの世界じだい


 BANG!!

     BANG!!

         BANG!!

 (銃声に聞きまごうは、乗り物の発進音)


 山盛りな高層建築群ビルディングの谷間。

 地の上なるも空の下、流線弾丸るせんだんがんに瓜二つな浮遊自動車ホバー・カーの交通渋滞が、色彩しきさい的にも流線るせん的にもあまり綺麗とは言えない連続階調グラデーションで、虹を架けているというのに、未だに、鳥という自由気ままな生き物が、青藍せいらん広がるキャンバスを悠々自適ゆうゆうじてき棲家すみかとしている。


 いいなぁ、鳥は。


 鳥は、青の支配者ブルー・ルーラーだ。


 僕が彼らをうらやむ時というのは、いつも決まって、青い写真シアノタイプを、じっと観るよう。


 逆さ吊りな青の海に、ポツリと、動いているのかいないのかわからない、それほどの彼方に、鳥がいる。


 だから僕は、悔しくなって、不自由の一つもない将来を思い描いて、青空の鳥に、重ねてみる。


 でも、浮遊自動車ホバー・カーなんかでは、彼らと同じ土俵で肩を並べられない。


 だって、密度勾配の問題があるから。

 

 金属の塊じゃあ、鈍重にぶすぎる。


 この世の流れを、不必要に変えてしまう。


 もし僕たちのような下々の存在が、あの高みで気流に乗りたいなら……


 乗客及び貨物と大気との間の媒介物——それを乗り物と呼ぶ——は、決して空気に「お前を切るぞ」という殺気が伝わらない、羽毛のように無抵抗の、編み目状素材でないと、お話にならない。


 今も昔も、未来にも、その絵空事は、現実に叶わないだろう。


 万一にも、可能性はないだろう。


 それは諦観ていかんか、弱気か、判断は他人に任せるけれど、僕はどっちだっていい。


 そんなことより……




 ———ブードゥ兄さんはどこだろうか。




 兄さん、

 会いたいよ。


 僕はそんなふうに思いながら、こうして、中途半端に背の高い摩天楼住宅ハウスクレイパーの最上階の窓辺で、惨めに風に殴られるほかないんだ。


 僕は窓とカーテンを半端に閉ざして、ほこりが、銀河の流麗で舞う暗室に身を潜めた。


 塵の積もる、大型のカプセル型装置が目に入った。


 鈍色にびいろ金属塊きんぞくかい


 それは……




 ———時航機タイムマシンだ。




 もう、何年も電源も入れずに放置されている。


 今、起動したとて、うまく動作するかどうかの保証すらない。


 僕だって、その流行りの真っ最中には、二、三度、試してみたけれど、なんというか、しょうに合わなかった。


 兄さんと違って旅行嫌いだったし、何よりも、〈歴史改変禁止法〉遵守のわずらわしさに、辟易へきえきした。


 当然ながら、過度な時代干渉は、国際法中の最高法規〈時航法じこうほう〉により禁じられてきた。


 過度と、そうでないのと、の境界線は極めて曖昧あいまいで、糢糊もこで、それはそれは、大混乱だったなぁ。


 だから、もはや、使う気にもなれない。


 かといって、処分できずにいる。


 腐っても、思い出の品だから。


 何より……




 ———マシンを最後に使ったのは兄さんだ。




 あの日を境に、僕たち兄弟は離れ離れになった。


 〈国際時航委員会〉も、弟の僕だって、あれだけ忠告していたのに、兄さんは性懲しょうこりもなく、永久とわに旅立ってしまった。


 確かに、たとえば、過去に行けば、臨場感満載の懐古主義ノスタルジアに浸れる。


 未来の動向を見て、今何を準備しておくべきか考えるのも、悪くはない、博打や証券取引での不正を除けば、ね。


 新たな娯楽が生まれたこと、社会活動の幅が増えた点は、よかった。


 しかし、お手軽のカプセル式時航機タイムマシンが一般に普及して間もなく、とある大問題が生じた。




 ———時航機の乗客タイム・トラベラーが、過去、未来から還ってこない。




 返しのついたポセイドンの三叉槍トリアイナが、決して刺突対象から抜け落ちないように。


 覆水ふくすいの、盆に還らぬように。


 海の鮭が、流れに逆らい川上へ、出産を望むように。


 いくら時をさかのぼろうとも、生が、死へと向かうように。


 〈一方通行的場違いアンタイトピア〉と呼ばれたその現象は、とどまることを知らず、人は現代いまという現実から、消え続けた。


 時をまたぐ位置表示システム〈時日絵図ジピエズ〉、によると、還らぬ時航機の乗客タイム・トラベラーはどこかの時代にしかと存在し、座標移動の軌跡を描き続けているらしい。


 そして不思議なのは、その軌跡というのが、明らかに、文明化の象徴たる角形かくけいを成さず、決まって曲線に、いうなれば気ままの彷徨ほうこうで、進路をとる、という点。


 ブードゥ兄さんも、

 たったいまどこかで、

 放浪放浪ふらふらとしているのだろうか。


 半分諦めている。


 僕は、時のカプセルの上、埃でふわふわとしたところに、手をかける。


 まるで、出棺しゅっかんに臨む心持ち。


 この血も涙もない葉巻型の殺人マシンは、僕に、家族との本当のお別れを済ませろ、とでも言っているのか?


 そしてパン、バン、と払った。


 バサッ、と散る埃。


 銀いろの鏡面があらわになる。


 そこに映ったのは……


 僕の泣きべその顔。


 やめてくれ、もう良い歳だ。


 しかし顔は……


 もうひとつ。

 

 刹那には理解が追いつかないのだが、僕は、どうしたことか、鏡越しに、たいそう可愛い生き物と目が合った。




 ———名前もわからぬ手乗りの鳴禽めいきん




 鳴禽めいきんと認めるだけに、チッチッと、鳴いている。


 きっと、わずかな窓の隙間から、僕の気づかぬ間に、入ったのだろう。


 チッチッ……

 また鳴いている。


 チッチッ……

 鳴いて、

 いや、

 泣いて?

 いるのか?


 双眼のうるうるとした僕は振り向いた。


 鳥


 それは


 兄さんだった。




 ▶︎シャーリィ、ただいま◀︎




  今       今     

 今    ก    今

今今今  今今今  今今今

今今今今 今今今 今今今今

今今今   今   今今今

今     今     今

 今   今 今   今




 そう聴こえた気がした。


 兄さんが「キーィッ!!!」と鳴き叫ぶ。


 直後。

 仲間の鳴禽めいきんたちが、窓の隙間より、カラフルな粒子線となって、ドドドドドド、雪崩れ込んでくる!


 そこからはやけに話が早かった。



 กกกกกก

 กกกกกกกกกกกก  

   กกกกก大กกกกก

     กกกกกกกกกกกก

       กกกกกกกกกกกก

           กกกกกก

               日口日

              ┬┬┬┬┬



 鳴禽めいきんたちは、羽毛で魔法魔法もふもふの、そら飛ぶ絨毯じゅうたんの一枚を織り成し、僕を乗せた。




 (((自由の遊覧へと連れ出され)))




 兄さんと鳴禽めいきんたちは、たくさんの真実を、僕に教えてくれた。

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