『ビビりの最強剣士は、平穏に暮らしたい。〜勘違いで隣国の皇子にされた俺、動くたびに伝説になっていく〜』

リコウ

第1話 『震える剣閃と、王女の災難』


​異世界に転生して早一年。


僕、タロウ・アキヅキの目標はただ一つ。「畳の上で老衰で死ぬこと」だ。


​前世では過労死だった。だから今世では、平穏無事に、誰とも争わず、心安らかに生きたい。


神様的な存在は、転生特典として僕に『剣神の加護』というふざけた能力をくれた。


なんでも、あらゆる攻撃を自動で弾き返し、音速を超える速度で剣を振るえるらしい。


​「いらない! 絶対にいらない!」


​僕は全力で拒否したのだ。


そんな力を貰ったら、魔王討伐だの戦争だのに巻き込まれるに決まっている。僕はゴキブリ一匹で悲鳴を上げるビビりなのだ。スライムだって怖い。


しかし、神様は「返品不可」と笑って消えた。

​結果、僕は今、薄暗い森の中でガタガタと震えていた。


​「帰りたい……家に帰りたい……」


​街道沿いの宿場町は治安が悪そうだった。ヤンキーみたいな冒険者がたむろしていたからだ。


絡まれたくない一心で、「森の中で野宿したほうが安全じゃないか?」と考えたのが間違いだった。

夜の森は怖い。フクロウの声だけで心臓が止まりそうだ。


焚き火をすると魔物が寄ってくるという知識があったので、火も焚かずに暗闇でうずくまっていた。

​その時だ。


風に乗って、男たちの野太い声と、女性の悲鳴が聞こえてきたのは。


​「――っ!?」


​僕は反射的に立ち上がった。正義感ではない。

「ヤバい奴らが近くにいる!」という生存本能による逃走準備だ。


音のする方向とは逆へ。一刻も早くこの場を離れなければ。


僕は腰に差した護身用の安物の剣――黒く塗装されただけの鉄剣――を握りしめ、抜き足差し足で移動を始めた。


​しかし、運命の女神というのは、とことん僕をいじめたいらしい。


茂みをかき分けたその先。


そこは、松明の明かりに照らされた、広場のような空間だった。


​「グヘヘ、まさか王国の第二王女様をこの手中に収められるとはなァ」


「抵抗しても無駄だぜ。護衛は全員始末したからな」


​十数人の薄汚い男たち。そして、木に縛り付けられた豪奢なドレスの美少女。


完全に、悪党のアジトだった。


しかも「王女」とか言っている。一番関わってはいけない特大のトラブルだ。


​(ひぃぃぃっ! 見なかったことにしよう、見なかったことに!)


​僕は息を止めて、音もなく回れ右をした。


『剣神の加護』の常時発動スキル【隠密歩行・極】のおかげで、僕の足音は皆無だ。


このまま去れば、誰にも気づかれないはずだった。


​「……誰だ?」


​男の一人が、ふとこちらを向いた。


僕が踏んだ小枝が折れたわけではない。単に、僕があまりにビビりすぎて漏らした「ひっ」という小さな悲鳴を、運悪く聞き取られたのだ。


​「あ、あ、あ……」


​見つかった。


十数人の殺気だった男たちの視線が一斉に僕に突き刺さる。


死ぬ。殺される。バラバラにされて森の肥料だ。


​「テメェ、どこから湧きやがった!」


​巨漢の男――おそらくリーダー格――が、巨大な戦斧を振り上げて突進してきた。


速い。怖い。無理。


​「ごめんなさぁぁぁぁぁい!!」


​僕は絶叫した。


そして、全力で逃げようとして――盛大に足を滑らせた。


​ズザァァァッ!


​地面の苔に足を取られ、僕は無様に転倒した。


その拍子に、握りしめていた剣が手からすっぽ抜け、とんでもない速度で回転しながら飛んでいった。


​――ドォォォォォン!!


​轟音。


そして、突風。


​「え?」


​尻餅をついたまま顔を上げると、そこには信じられない光景が広がっていた。


突進してきていたはずの巨漢のリーダーがいない。


いや……いた。


遥か後方、十メートルほど先の巨木にめり込んでいる。


そして、僕の手からすっぽ抜けた安物の剣は、ブーメランのように弧を描いて戻ってくると、僕の目の前の地面に「ズドン!」と突き刺さった。


​「……な、何が起きたんだ……?」


​(解説:タロウが転倒した際の手の振りは、加護により音速を超えていた。手放された剣は衝撃波を纏ってリーダーを吹き飛ばし、物理法則を無視した軌道で主の元へ戻ってきたのである)


​あたりは静まり返っていた。


残った盗賊たちが、引きつった顔で僕を見ている。


​「あ、あいつ……動いたか? 全く見えなかったぞ……」


「ボスを一撃で……しかも、剣に触れもせずに……?」


「転んだフリをして、足元の死角から衝撃波を放ちやがった……!」


​違う。ただ転んだだけだ。


しかし、彼らの目には恐怖の色が浮かんでいる。

まずい。ボスを倒してしまったことで、残りの全員が僕を敵と認識した。殺意が倍増している。


​「こ、殺せ! 一斉にかかれぇ!」


​盗賊たちが一斉に武器を抜く。


矢が、魔法が、剣が、四方八方から僕に殺到する。


​「うわぁぁぁぁ! 来ないでくれぇぇぇ!」


​僕はパニックになり、目の前に突き刺さっていた剣を引き抜くと、めちゃくちゃに振り回した。


目をつぶって、ただひたすら「あっち行け」と剣を振る。ブンブンと。


​キィィィィィィィン!!


​甲高い金属音が連続して響き渡る。


僕の手首が勝手に動く。


右から来た矢を剣の腹で弾き、左から来た火の玉を剣圧で消し飛ばし、正面から斬りかかってきた男の剣を、切っ先だけで絡め取って彼方へ放り投げる。


​『オート・パリィ(自動防御)』


タロウの意思とは無関係に、半径五メートル以内の敵意ある攻撃をすべて無効化するチートスキルだ。


​「ひぃぃ! 怖いよぉぉ!」


​僕の口からは情けない悲鳴が漏れる。


だが、その動きは神速。


周囲から見れば、それはこう映っていた。


​――無数の攻撃の中、一歩も動かず、目をつぶったまま涼しい顔で剣を振るう達人。


――口元は何かを呟いているようだが(実際は悲鳴)、その剣技はあまりに精密で、まるで舞を踊っているかのようだ、と。


​「ば、化け物だ……!」


「攻撃が当たらない! 魔法すら斬り裂かれたぞ!」


「逃げろ! こいつはヤバい!」


​一分もしないうちに、盗賊たちは戦意を喪失した。

我先にと森の奥へ逃げていく。


​「はぁ、はぁ……た、助かった……」


​静寂が戻る。


僕はへなへなと地面に膝をついた。


腰が抜けて立てない。心臓が早鐘を打っている。剣を握る手はガクガクと震えて止まらない。


怖かった。本当に死ぬかと思った。


​「……あの」


​鈴を転がすような声が聞こえた。


ビクッとして顔を上げると、縛られていたロープが(僕の放った斬撃の流れ弾で)いつの間にか切れていた少女――王女セリスが、こちらを見つめていた。


​月明かりの下、彼女の金髪が輝いている。


美しい。だが、王族だ。関わってはいけない。


僕は必死に震えを抑え、立ち上がろうとするが、足に力が入らない。


それを、セリス王女はじっと見つめている。


​(やばい、不敬罪とか言われるかな? それとも助けたお礼を言われる? いや、僕はただ暴れてただけだし……とにかく逃げよう)


​僕は何も言わず、這うようにして後ずさった。


その姿を見て、セリス王女がハッとしたように息を呑む。


​「……その、震え」


​ええ、震えてます。恐怖で。


​「それほどの力を持ちながら、人を斬ることに……暴力を振るうことに、そこまで心を痛めておられるのですか?」


​「……え?」


​「圧倒的な力で賊を追い払った。しかし、あなたは彼らを一人も殺さなかった。ボスと思われる男でさえ、峰打ちで気絶させただけ……」


​言われてみれば、周囲に死体はない。


僕のスキルは「護身」に特化しているため、相手を無力化はしても殺傷はしないように手加減されていたらしい。よかった、殺人犯にならなくて。


​セリス王女は、潤んだ瞳で僕に歩み寄ってくる。


​「恐怖に怯える私たちを救うために、その身を汚すことを厭わず、しかし不殺を貫く高潔な魂。その震えは、争いを忌避する優しさの表れなのですね」


​「い、いえ、あの、ただ腰が……」


​「なんと謙虚な……。名を名乗るつもりもない、と?」


​僕の言葉は彼女の耳には届いていないようだった。


彼女の視線が、僕が持っている剣に釘付けになる。

街の武器屋で買った、特売品の黒い鉄剣だ。


​「その黒き剣身……。闇夜に溶け込み、光を吸い込むような漆黒」


​いや、ただの防錆塗装です。


​「間違いありません。東の大国、軍事国家『ウル▪️タロン帝国』に伝わる皇族の証……伝説の『黒曜の魔剣』」


​「は?」


​ウル▪️タロン帝国。


このイスタリカ王国の隣にある、武力に優れた巨大帝国だ。


最近、そこの皇子が行方不明になっているという噂は聞いたことがある。


確か名前はレオンハルト。冷徹無比な天才剣士だとか。


​セリス王女は、胸の前で手を組み、確信に満ちた瞳で僕を見上げた。


​「あなたは……レオンハルト・ウル・ヴィクトリアス皇子ですね?」


​「違います!!」


​僕は食い気味に否定した。


全力の否定だ。そんな物騒な国の皇子にされてたまるか。


​「私はただの……通りすがりの、タロウです! 一般人です!」


​「タロウ……? ああ、なるほど。ウル▪️タロン……偽名……。身分を隠して諸国を漫遊し、民の暮らしをその目で見ておられるのですね」


​「なんでそうなるんですか!?」


​「その圧倒的な剣技。王国の騎士団長ですら及ばないであろう神速の反応速度。そして何より、賊を前にしても一切動じず、ただ座禅を組んで(腰を抜かして)待ち構えた王者の風格。これが帝国の皇子でなくて誰だというのです」


​だめだ、話が通じない。


このお姫様、脳内変換機能が高性能すぎる。


​ガサガサッ!


​その時、森の奥から多数の足音が聞こえてきた。


金属鎧の擦れる音。


王国の騎士団だろうか。


​「姫様! ご無事ですか!」

「こちらに賊の気配が!」


​まずい。これ以上ここにいたら、本当に面倒なことになる。


逃げよう。今度こそ逃げよう。


僕は残った力を振り絞って立ち上がった。


​「失礼します!」


​「あ、お待ちになって! レオンハルト様!」


​僕は王女の制止を振り切り、森の闇へとダッシュした。


『剣神の加護』の脚力補正のおかげで、一瞬でその場から消え去る。


​「……消えた?」


​遅れて到着した騎士たちが、呆然と立ち尽くす。


残されたセリス王女は、僕が消えた闇を見つめ、うっとりと頬を染めていた。


​「風のように現れ、風のように去る……。やはり、噂通りの孤高の方でした」


​「ひ、姫様? ご無事ですか? 賊はいったい……」


​「ええ、あの方が……タロン帝国のレオンハルト皇子が助けてくださったのです」


​「な、なんですと!?」


​騎士たちがざわめく。


森の静寂の中に、とんでもない爆弾発言が投下された。


​「すぐに父上(国王)に報告しなくては。我が国は、とてつもない貴人を迎えることになるかもしれません」


​僕、タロウはこの時まだ知らなかった。


単なる人助け(事故)が、やがて国を挙げた大騒動に発展し、僕を「伝説の最強皇子」として祭り上げていくことになろうとは。


​森の奥で「怖かったぁぁぁ!」と泣き叫ぶ僕の声は、誰にも届かなかった。

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