罪人の地で目を覚ました俺は,やり直し不可の世界でPVP転生者に狙われている

おとち

第1話 罪人の地

ダブルベッドの真ん中で、子どもが小さく丸まって眠っている。

その両脇を、妻と俺が挟むように横になっていた。


子どもの寝顔は可愛く、俺はそっと顔を寄せる。

だが、伸びかけの髭が頬に触れたのか、子どもは微かに顔を歪めた。


あぁ、明日も会社か。

やりがいも誇りもない会社。

金を稼ぐためだけに通う場所。


家族のため――それだけが理由だ。


目を閉じる。明日も早い。


次に開いた瞬間、世界は変わっていた。


灼けるような日差し。

乾いた風。


俺は両腕を上げたまま、十字架に縛りつけられていた。

手首には太い荒縄が食い込んでいる。引けば皮膚が裂けそうだし、まるで動かない。


裸同然の体で、砂漠の真ん中に磔。


夢だと、思いたかった。

そうでなければ、説明がつかなかった。


足音が近づく。


砂丘の向こうから現れたのは、一人の女だった。

浅黒い肌に、日に焼けた茶色の髪。

一本に編まれた三つ編みは腰のあたりまで伸び、砂漠の風に揺れている。


簡素なボロ布を体に巻き、片手には石の片手斧。


無言で近づき、斧を振り下ろす。


――ギィン。


縄が断ち切られ、体が前に崩れ落ちた。


「立てる?」


俺の体を支えながら、落ち着いた声で女は言った。


「……ありがとう」


俺は息を整えながら立ち上がると、感謝の言葉を口にした。

女は切れた縄に一瞬だけ視線を落とした。


「……あなたも、今日追放されたの?」


心臓が、嫌な音を立てた。

まさか……。


「え……?」


女は何も言わず、自分の左手を差し出す。

中指には、外れそうにない金属の指輪。

埋め込まれた宝石が妖しく鈍い光を放っていた。


それを見せながら、女は小さく――ニヤリとした。


「ここは罪人の地よ。あなたは、何をしたの?」


言い返せなかった。

――冗談みたいな話だ。


「私はニア」


片手斧の刃に石を当て、研ぎながら言う。


「……あなたは?」


「俺は……」


言いかけた瞬間、思考が止まった。


すぐ近く、砂の上に転がる異形の死体が視界に入ったからだ。

人の形をしているのに、顔は歪み、肌は土色をしている。


鼻を突く、異様な臭い。

さっきまで感じなかったそれが、一気に押し寄せてきた。


胃の奥がひっくり返る。


俺は思わず膝をつき、砂の上に吐いた。

喉が焼け、目の奥が熱くなる。


――無理だ。

今は、名前なんて考えられない。


「……大丈夫? まぁ、無理ないよ」


ニアが言った。


「こんなの初めて見た。どう見ても人じゃない」

「なんとか倒したけど……すばしこくて、強かった」


そう言って、肩口を見せる。

生々しい引っ掻き傷。赤く腫れ、まだ血が滲んでいた。


鼻を突く鉄臭さ。

異形の生物の特徴を前に、頭の奥で言葉が浮かぶ。


――グール、だろ?


喉まで出かけた言葉を、俺は飲み込んだ。


弱いはずだ。

なのに、強かった?


ニアに促され、水と食料を求めて川へ向かう。

どうやら彼女は、偶然縄が緩み、先に脱出して周囲を探っていたらしい。


「――いたぞ!」


突然進行方向から複数の叫び声が響いた。

同じようにボロ布を体に纏った追放者らしい三人の男が現れる。

石の棍棒、短剣、槍。


逃げ場はない。


棍棒を持った男が、俺に向かって突っ込んでくる。

頭では分かっているのに、足が動かない。


その瞬間――ニアが動いた。


斧が閃き、男が倒れる。

血が噴き、中のものが砂にこぼれた。


視界が赤く染まる。

温かいものが顔に飛び、俺はその場から動けなかった。


こんな感触、夢のはずがない。

頭が追いつかず、現実を受け入れられなかった。


ニアは、残る二人と対峙する。


ニアが短剣を持つ一人と刃を交えた、その背後から、もう一人の槍が、ニアへ迫っていた。


助けなければ、ニアは死ぬ。


でも――。


俺は、人を殺せるのか。

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