いらっしゃいませ

第1話

「カランコロン」

昔ながらのドアベルが鳴る、私はそちらを見ながら

「いらっしゃいませ」と微笑んだ……いつもの常連さんの手が止まる、いつもなら砂糖を2つ入れるのに、今日は1つだ

「ダイエットかな?」

砂糖を認識したその瞬間に、さっきまで見えていたお客様たちの姿に、砂嵐のような模様がかかる。

古びているが丁寧にメンテナンスされた壁掛け時計が、夕方四時を指している。さっきまで、昼の二時ぐらいだったのに。

さっき来たばかりのよく来て下さるお客様に注文を取りに行く。

「いらっしゃいませ、ご注文は何になさいますか?」

そのときふと見たテーブルの隅には、いつもの砂糖壺が上下逆さまに置かれてあった、その砂嵐のような常連は「さっき歩いてたらな、なんか腕がいっぱい降ってきてん、だからそれひとつちょうだい」。

急いで窓に目を向けるとそんな風景はどこにもない。

また、壁掛時計に目をやると、時刻は正午だった。

「ランチタイムだな…」

などとぼんやり考えて、はっと我に返る。

カウンターのお客様がこちらをちらちらと見ながら笑っている、他のお客様もうっすら笑っていた。

店内でいつも流れているジャズが、突然、女性の悲鳴のように聞こえた気がした。

店の空気が、私だけを避けて流れているような気配。

その空間で、私も客席に紛れてしまった、本当は存在しない席に座らされていた。

手元を碌に見ないままで、新しい珈琲を淹れる。ぽたぽたと落ちる珈琲を見ていると、

どこからか風が吹きこんでくる温度の変化がした。そんなはずはないのに。

私の内側が、奥へ奥へと、

カップの底みたいに広がっていく、溶けるように。

そのまま綺麗に浮かべられたらいいのに。

いつものように店内には珈琲の香りが漂っている。

「カランコロン」

新しくお客様が入ってくる、砂嵐のようなその人は性別すらわからない。

「いらっしゃいませ」

席にご案内する「ご注文は何になさいますか?」

「ええっと…前にここでなくなったやつ、あれぐらいのやつをください。」

私は「これぐらいのサイズのものですか?」と言いながら箱のような形をいつの間にか手で作っていた。

砂嵐さんは私の作った箱のサイズをじっと見て、その更に奥にある何かをも見透かしたような瞬間、こっくりと頷いた。

私はこれぐらいのサイズのものはなんだっけ?と思いながら、珈琲カップを眺める。そんなサイズのものがあるはずもなく、なくなったもの?と裏の落とし物入れを見てみる。

気がつくとしまっていたはずのドアが薄く開いている、今日は何かがおかしい。

気を取り直して、さっきの砂嵐さんの所へ行く「すみません、ご注文の品ですが他に特徴はありますか?」

砂嵐さんは砂嵐の状態でもわかるような困惑したような状態で「え?レギュラー珈琲ホットで頼みましたけど?」

「え……」

慌てて珈琲を淹れにカウンターにもどる、また手元は見ずに珈琲をいれる、さっきの注文はなんだったんだろうか?気のせいで済ませるには妙だった。

壁掛け時計を見る今度は朝の九時だった。

時間がぐらぐらしている、私の肺の奥がキリッと引っ張られた気がした。さっきの砂嵐さんの「すいません」と呼ぶ声が聞こえる、短く「はい」と言いながら席の横に立つ、「あんな、‎この前来たときな、店員さん3人あそこにたってたやん?あなたと、黒髪の人と、茶髪の人」「いえ、うちはオーナーと私だけでやっていますが……」「そんなわけないわ、茶髪の人にえらい親切にしてもらったよ?」

なんだか分からなくなり、頭の中がぼんやりしてくる。

砂嵐さんは「まあ今度茶髪の人に会ったらお礼を伝えといて」と腑に落ちないが、満足したようだったので、カウンターにもどる。

ああそういえば、さっき時計を見た時九時やったなあ、「モーニングの時間だ」と呟いた声が客席から聞こえた、その声の体温がぞっとするほど温かかった。

洗い物がたまってきたので、目線を下げずに珈琲カップなどを洗う。

ストックの砂糖壺の中身が角砂糖だったのに、何故か粉砂糖になっていた。

「いつから粉砂糖に変えたっけ?」とぼんやり考えてみる、答えは出ないままだがどうでもいいことだったなあと考え直す。

そういえば、と思い砂糖の数が違った常連さんに目をやると砂嵐の所々にわずかだが、赤が混じっていた。

赤なんてあったかなあ?それもまた直ぐに思考から消えていく。

目が合った常連さんに「会計お願い」と言われたので、レジを打つ「お会計560円になります」「ちょうどいただきます、また来てくださいね」私は薄く微笑みながら常連さんを見送った。

ふと、レシートを見ると担当者の部分に何も書かれていない。いつもなら私の名前が書かれているのに?私の名前が?

また考えるのを中断する。

客席から「ほら、あの⬛︎⬛︎さんがさあ」という声が聞こえた、その瞬間窓の外の景色が静かに薄墨色に染まった。

驚き店内を見渡すと、時計はもう夜の八時、閉店時間、お客様は全員いなくなっていた。

看板を片付け、札をOPENからCLOSEに変えようとしたその時、少しドアが開いて砂嵐でもわかる小さな子供が「これ前に落ちてたよ!な、おかあさん」と言って写真を渡してくれる。お礼を言って手を振ると嬉しそうに母親と手を繋いで歩いていった。

店の鍵を閉め片付けをしながら、そうだ写真を渡されたなあ……等とぼんやり思い出し、写真を裏返そうとすると。

「きいいいいいいいいいん」凄まじいほどの耳鳴りが襲いかかってきた。

それでも何故かその写真を見なければならない予感がして、写真をそっと裏返した。そこにはオーナーと茶髪の店員が楽しそうに笑いながら写し出されていた。

よく見ると裏に「⬛︎⬛︎君と、黒髪から茶髪記念!!(笑)」と油性ペンで書かれていた。

私はふと裏の鏡を見に行く。


「カランコロン」

昔ながらのドアベルが鳴る。

「いらっしゃいませ」

そう言った声が誰の声だったのか、私にはもうわからなかった。



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