全手動お嬢様も反抗期には敵いません!

まじりモコ

思春期って大変だね


 私、栗里くりやま里桜りおの通う中学には、とても有名なお嬢様がいる。


 二年三組所属、手代木てしろぎ千代那ちよなさん。


 遠目にも分かる綺麗なセミロングの黒髪と、完璧な微笑。あと身長が高め。隣のクラスなので私の彼女に対する印象はそんなもんだが、とにかく有名だ。


 彼女を有名たらしめているのは『お嬢様』の部分ではない。彼女の実家はちょっと大きな会社の役員らしいので確かに裕福の部類には入るが、それはおまけ程度。


 名声の源は彼女の生み出してきた数々の逸話にある。


 例えば、産声を五秒で止め肺呼吸に移行したとか。

 夜泣きを親の顔が見えた瞬間に止める赤子だったとか。


 嘘か真か、生まれた瞬間から病院でも伝説の存在だったらしい。


 成長しても伝説は留まることを知らない。


 教科書を一度で暗記するなど序の口。テストで満点以外を取ったことがなく、あらゆる武芸を修め、楽器を弾かせればプロからCD音源と誤解されたとか。


 眉唾なものも上げるなら、コンパスを使わず真円が書ける、生まれてこのかたしゃっくりもくしゃみもしたことがない、体温を意図的に一度下げた、「八分四十秒お昼寝します」と言ってコンマ一秒のズレもなく目覚めた、などなど。


 私が耳にした話だけでも本当に同じ人類か疑いたくなるものばかり。


 彼女は自分の身体、記憶、行動、影響その他もろもろ全てを意識下に収めた、もはやロボットでは? という噂まで流れる完璧人間なのだ。なんなら自分のプログラミングも自分でやってるよ、たぶん。


 こうして、ついたあだ名が全手動オール・マニュアルお嬢様。本人も「そうですね。そのとおりです」とお墨付き(?)の異名なのだ。


 対する私は逸話の一つもない平凡な身の上。身長体重成績顔立ち、何をとっても平均値。いや全手動お嬢様がいる学校でなら中央値と言ったほうが正確か。あの人一人でテストの平均点爆上げさせるから……。


 強いて特徴を言うなら生まれつき髪色が赤みがかっている程度。それも人込みにまぎれればすぐ見失うような特徴だ。


 そんな自分に不満はないし、むしろ目立たない利点をそれなりに享受している自覚がある。

 ただまぁ、身近にすっごい有名人がいらっしゃると、ときたまこうして比べてしまうのは仕方がないというものなのですよ。


 ……という謎の回想を脳内で展開しているのには理由ワケがある。


「ハンカチ、落としましたよ」


 そう声をかけられ振り向くと、そこにはあの手代木てしろぎさんがいたからだ。

 学校の有名人に声をかけられビックリのあまり身動きが取れない私と、なぜか同じようにピクリとも動かない手代木さん。なんだこの構図。


「えっと、ありがとうございます」


 たっぷり数十秒かけてようやく回想を終え、私は差し出されたハンカチを受け取ろうとした。が、なぜか手代木さんはハンカチから手を放してくれない。なんなら全力で引っ張ってもビクともしない。私に微笑を向けた状態で固まっている。なんだこれ、石像か? 美術館への寄贈が検討されるレベルの美しさではあるけど。


「あの……手代木さん?」


「……あ、失礼しました。では私はこれで」


 休み時間が終わりそうなので、さすがにそろそろハンカチ返して欲しい。そう思って呼びかけると、彼女は何事もなかったかのようにハンカチを私の手の中に収め、自分の教室へ戻っていった。


 なんだったんだ、いったい?



    〇   ●   〇   ●



 謎の挙動を目撃してから早二週間。私は公園の茂みの中にいた。休日なので文房具を買いに出かけたのだが、出くわした見ず知らずの子どもキッズ共に絡まれた挙句、かくれんぼに参加させられているのである。なんでだろう……。小学校低学年にすら舐められる私って……。


 あの日の彼女については、自分の胸の中にそっと仕舞ったままにしている。手代木さんから話しかけて貰えたのだから、周囲に自慢してもいいはずなのに。不思議と誰にも相談する気にはなれなかった。


 手代木さんの不可解な行動については、やっぱり全手動だとアクシデントで停止した時とか再起動が大変なんだろうな、なんて結論に達していた。人間相手に至る結論じゃないけど、相手はあの手代木さんだ。「あの日は脳のバッテリーを交換しそびれてしまって……」なんて言い出されても信じるよ。もう認識が機械へのソレやねん。


 なんてアホみたいなことを考えながら、遊びであっても手を抜かない私が全力で茂みと同化している夕方のことだった。前方から明らかに先日見たばかりの人物が歩いてくるのが見えたのは。


(あれ、手代木さんだ)


 キャップを被っているので顔はよく見えないが、たぶんそうだ。服装はシンプルなシャツにパンツ、そしてこれまたシンプルな黒のリュック。学校でのお清楚な雰囲気とは違う。彼女は何やら周囲を見渡しながらやって来て、私の目の前にある公衆トイレへと入っていった。


(手代木さんでも公園のトイレとか使うんだ……)


 兄が美少女はトイレに行かないとか言ってたけど、やっぱ幻想じゃん。っていうかハンカチ拾ってもらったのもトイレの前だったしね。排泄が必要ってことは、じゃあロボじゃなくて本当に生身なのか、あの子。


 やけに周りを気にしていたのは人目を気にして? 完璧なお嬢様にもそういう感性があるんだなぁ。


 かくれんぼ中なので身動きが取れない私は、そのままトイレを眺めていた。手代木さんはなかなか出てこない。じゃあ大のほうか、なんて失礼な考えに及んだ頃、人影が動く。


(ん? 誰だあれ?)


 出てきたのは、謎英字が書かれた黒いパーカー姿の少年だった。やけにイケメンだ。あんな人、入ってったっけ? 私もう十分以上ここにひそんでるのに、見た覚えがない。


 っと、そこで気づく。あのキャップとリュック、手代木さんがしてたのと一緒じゃ?

 パーカーがだぼっとしてるから体型が分かりにくいけど、身長も同じくらいだ。ではあれは手代木さん?


 もしかして、中で着替えてた? なぜ?


 というかあの少年、やけに猫背で肩を怒らせて歩いている。手代木さんといえば背骨が鉄骨なのだと囁かれるほど伸びた背筋が美しいのに。


 あれじゃまるで、半グレの悪ガキだ。


「…………」


 彼女があの姿でどこに向かうのか。気にはなるけど……ひと様の、しかも友人でもない同窓生のプライベートに首を突っ込むのもなぁ。なにより今の私はかくれんぼの任を負う者。その使命感が理性を後押しし、私を茂みに留まらせ──


「お姉ちゃーん!」


 む、遠くから響くこの声は私をかくれんぼに引き込んだガキんちょ。


「お姉ちゃんだけ見つかんなかったけどー! 僕ら時間だからもう帰るねー!」


 うっわタイミング。使命が消えてもうた……。


「お姉ちゃんもちゃんと帰ってねー! 都会のど真ん中でソウナンとかやめてねー!」


 余計なお世話じゃクソガキ。



    〇   ●   〇   ●



 そんなわけで尾行であります。

 学校一の優等生があんな姿でうろついてたら、何をおいても見守りたくなるのが人のサガ。何より、男装して肩を怒らせ歩く手代木てしろぎ千代那ちよなとか見逃す選択肢無いよ。野次馬根性舐めんな。でも何を見ても言いふらす気はありませんからご安心を。


 ただまぁ、どこを目指してらっしゃるのか。どんどん治安の悪い界隈に近づいてるのが不安ではある。こんな場所を年頃の女の子が一人歩きなんて。今は少年にしか見えないけど。むしろだからこそ、か? ここに来るために男装が必要だった?


 まさかな、と自分の推測を鼻で笑う。だったら男装なんかするより、ゴツめの大人を連れてきたほうが確実だ。手代木さんにならその人脈もあるだろうし。


(む、手代木さんが立ち止まった)


 尾行がバレないように身を隠す。ここまで迷いのない足取りを見せていた手代木さんが、足元をじっと見降ろしている。


 少し身を乗り出して彼女の視線を追う。


 そこには、肌色の割合が異様に多い服を身にまとった女性が表紙を飾る雑誌が落ちていた。


 ……エロ本じゃねぇか。


「エロ本じゃないか」


 声にも出ちゃったよ。

 学校で清楚代表みたいに扱われている手代木さんが……、男装して肩を怒らせた手代木千代那がエロ本を見降ろしている? 言いふらす気がないのは本当だけど、たとえ言っても誰にも信じてもらえない絵だよコレ。


 手代木さんがおもむろに身を屈めて、雑誌に手を伸ばし──


(ま、まさか)


 表紙を……めくった! と思ったらすぐ閉じた。


(きっと刺激が強かったんだ……)


 お清楚な彼女はアレが何なのか知らずに手を伸ばしたんだろう。

 私は兄が机の引き出しの二重底に隠している鍵で開くクローゼットの羽目板をズラした所にこっそり忍ばせている蔵書全部に無断で目を通し済みなので、路地裏にアレが落ちていても特に驚かない。


 でも手代木さんはアレを初めて見たんだろう。ちょっと見ただけで手を引っ込めてしまうほど驚いたのだ。表紙の時点で気づいて欲しいけど。


 っておおおおい! せっかく脳内でフォロー入れてたのに、手代木さん今度はじっくり見てるよ! なにあの無表情? 何を考えてんの? ちょい、ちょっと丈の短いページ達をつまんで袋綴じ再現やめて。袋綴じは一回そうやって横から中を覗くのがマナーではありますけれども!


 あのぉ、手代木さん? どうしてリュックを下ろすんです? チャックを開けて、エロ本を手に取って、中へ──?


 拾ってしまったよ、この人。しまったというか、仕舞ったというか。


 男装して肩を怒らせた手代木千代那がエロ本を拾ってお持ち帰りしようとしている、だと? なんの冗談なんだろうか。これは私の幻覚? 自分で自分の頬を殴り飛ばしてみたけど、すごく痛い。口の中が切れちゃった。んじゃ現実かあ……。


 手代木さんは何事もなかったように歩きだしている。私はその後を追って尾行を続けた。



    〇   ●   〇   ●



 たどり着いたのは小さな古びたゲームセンターだった。なんというか……さびれている。手代木さんが躊躇いなく入っていくので、私もこっそりと中へ。クレーンゲームの類よりも、メダルゲームや格闘系のアーケードゲームがメインらしい。休日の夕方だというのに、あんまり人が居ない。


 唯一、やたらうるさい声が奥のほうから聴こえて来る。手代木さんは迷いなくそっちへ向かう。筐体に隠れるようにして私も後を追うと、そこには。


 アホみたいな髪型とダサい服装のいきったガキ共が十人くらい、たむろってた。


 ま、まさか! あの手代木さんが夜遊び!? 非行グループの仲間!?


 ハラハラ見守っていると、一番声がうるせぇ不良ガキが手代木さんに気づいた。


「おい、なんだお前。この店は俺達のシマだぞ」


 ほっ。どうやら知人ではないらしい。え、じゃあ手代木さんは何故ここへ?

 あっという間に不良達に囲まれた手代木さんが、嘲りの表情と共に答える。


「お前らが遊びもしねぇくせにいつまでも店に陣取ってる迷惑野郎共か」


 めっちゃ喧嘩売るやん。でもすごいな。少し声音を低くしてドスを効かせただけで、十分に少年声に聴こえる。完璧な美少年だ。あれなら正体がバレることは無いだろう。


「はぁ!? んだてめぇ!」「誰に喧嘩売ってんだボケェ!」「ぶっ殺すぞ!!」


 対するヤンキー共はすでに怒髪天。すっごいな。次世代の瞬間湯沸かし器を担える人材じゃん。ティファールに内定貰ってる感じ?


「お前らがいると商売にならねぇんだよ。ゲーセンでゲームしないならとっとと退店しろ」


「誰に指図してんだコラァ!」


 ボスが腕を振り上げる。咄嗟とっさに飛び出しかけた私の足はすぐに止まった。

 手代木さんがボスを一瞬で地面に引き倒してみせたからだ。


「なっ!」「なんだコイツ!」「佐藤さんがやられた!?」「馬鹿な! 佐藤さんはボクシングのジュニアチャンピオンだったことがあるんだぞ!?」


 取り巻き達が過去の栄光をひけらかして驚いている。すごいモブらしいリアクションだ。

 そうこうする間に手代木さんは周囲の奴らを殴る蹴る投げる落とすと、縦横無尽に倒していく。すごい……。あらゆる武芸を修めているって、本当のことだったんだ。数人ナイフやバッドを振り回していたけど、それも意に介さずだった。実力差が圧倒的すぎて、お話にもならない。


 そのあまりに華麗な制圧風景に見惚れていたせいだった。私は自分が戦場に半ば身を乗り出している状態であることに気づくのが遅れた。


「っ!?」


 突如、背後から腕をひねり上げられる。私を拘束したのは、最初に投げられた佐藤元ジュニアチャンプだった。


「おいテメェ! この女がどうなっても──!」


 言葉は最後まで聴こえなかった。手代木さんが投擲とうてきした何かが背後の男の顔面にクリーンヒットしたらしく、そのままノックアウトと相成ったのである。


「ひゃっ」


 腕を掴まれた状態だったので、倒れる猿山のボスさとうにつられて尻餅をついてしまった。こ、怖かった……。めちゃくちゃ怖かった。格ゲーでならいくらでも暴れられるけど、現実の暴力はめちゃくちゃ怖い!


 ゲームセンターはいつの間にか静かになっていた。聴こえてくるのは呻き声と、アーケードゲームのBGMのみ。そこに、規則正しい靴音が響く。


「巻き込んじまったみたいだな」


 頭上から聴こえた声に顔を上げると、そこにはやはり、手代木さんが。手代木さんは返り血をハンカチで拭って、こちらへ手を差し伸べくる。


「おい、だいじょ────っ!?」


 が、その動きが私の顔を見た瞬間に停止してしまった。まるで先日、ハンカチを差し出されたあの時のように。違う点があるとすれば、手代木さんの顔が真っ赤になってしまっていることか。


 またしても石像と化してしまった手代木さん。私は自力で立ち上がり、その肩を叩く。だがビクともしない。押しても引いても動かない。体幹すごいな。にしてもなぜ赤面を?


 少し考えて、思い至る。あぁ、なるほど。同級生に見られたくない場面を見られちゃった羞恥ですね。手代木さんにもそういう感性が──以下略。


「あの、手代木さん? 私は大丈夫だよ?」


 あまりここに長居したくないのでそう呼びかけると、手代木さんは錆びついたロボのような動きで私へ視線を動かす。顔はさらに赤くなり、潤んだ瞳と目が合った。


「え、あ、ぅう……」


 駄目だ、めっちゃ目が泳いでる。言語機能も回復してない。


「歩ける?」


 返事は無かったが、手を引いて先導すると大人しくついてくる。なんだか可愛い。


 私達はそのまま逃げるようにその場を後にしたのだった。



    〇   ●   〇   ●



 治安の悪い区画を無事に抜け、あの公園に戻って来た。夕日に焼かれた景色の中、ずっと無言で手を引かれていた手代木さんが立ち止まる。繋いだままの手が私達の距離が離れることを許さない。振り返ると、目が合った。


 こうして正面から見ると、やっぱり手代木さんだ。少しの工夫で男の子に見えるのが不思議なくらい。たまたま遭遇していたら、ご兄弟かなと騙されていたことだろう。


「わ、私……は……」


 意を決したように手代木さんが口を開く。手を引っ張られる。綺麗な顔が近づく。二人の距離はもう、一歩もない。


 逃がさないと言うように肩に手が置かれ、その潤んだ瞳に引き込まれそうになる。


「あ、時間が」


 手代木さんが青い顔でこぼした次の瞬間ガクンと、とつぜん糸の切れた人形のように下を向いてしまった。そしてこれで何度目か、手代木さんが停止してしまったのだ。


 動作不良が多いなこの人。

 だがさすがの私ももう慣れたもの。こういう時は名前を呼んでやれば再起動する。Siriの親戚か? ヘイ手代木テシロギ


「手代木さん?」


 肩を間近で掴まれたままなので、なんだか耳元で囁くみたいになってしまった。「わっ!」って叫んでみたいイタズラ心は丁寧に心の奥へ仕舞う。


 私の心遣いのおかげか、手代木さんは無事に動いた。


「……大変失礼しました。事情を……説明させていただいてもいいですか?」


 懇願するように見つめられて、NOを言えるほど私は冷血漢ではなかった。



    〇   ●   〇   ●



 着替えを済ませた手代木さんが私の隣に腰を下ろす。こうして公園のベンチに並んで座っていると仲の良い友達みたいだ。私は手代木さんから貰ったおやつのうなぎパイを食べながら彼女の話に耳を傾けた。


「さきほどまでの私は、反抗期の私なのです」


「反抗期?」


「はい。私は自慢ではありませんが、自分の身体を完全に制御下に置いています。感情や記憶だけでなく、消化や睡眠のような自律神経に関わる部分まで。意のままにできぬことはありませんでした」


 それホンマに人間ですか? と聞きたい欲をうなぎパイと共に飲み下す。


「なんでもコントロールできる私ですが、唯一成長ホルモンだけは別なようで。自分の自由にできないのです。そして今は思春期。最もホルモンの分泌が盛んな時期です。ここまで説明すれば、あとは分かりますね?」


 分からんが? とは言えない雰囲気。私は口いっぱいに頬張ったうなぎパイを咀嚼することで時間を稼ぎ、脳をフル回転させてどうにか思いついた言葉を告げた。


「つまり……全手動な手代木さんでも、反抗期には勝てなかった、と?」


 自分でも半信半疑だったが、手代木さんは深く頷いた。


「そうです。ですがみっともない振る舞いで周囲に迷惑をかけるのは避けたいもの。ですので私は反抗期を最速で終えるため、反抗期を一日一時間に凝縮して発散することにしました」


「駄目だ意味分からん」


「え?」


「ごめんなさい口に出てました。えっと……ということは、反抗期を意図的に起こして消費している……みたいなことです?」


「そのとおりです。さすが栗里さん」


 あてずっぽうが当たってしまった。つまり反抗期自体は避けられないから、局地的に発散しているというわけか。

 っていうか、なんで私の名前を知って……?


「あの私はあらゆるものに反抗的な私です。普段の私が全手動なら、あの私は全自動──抑制なしに本能のまま好き勝手振る舞う状態。いわゆる反転状態なのです。家では両親を『クソババア』『クソジジイ』と呼んでは喜ばれる始末でして。最近は外でこうして発散しているのです」


「喜ばれてるんだ……」


 気持ちは分からなくもない。手のかからな過ぎな娘が人並みの反抗期を発症したら、それはまぁ親としては嬉しいものなのかも?


「歯止めの効かないあのみっともない私のことは、学校の皆さんには秘密にするつもりだったのですが……」


「あ、言いふらしたりしないから! 安心して!」


 慌てて口を挟むと、手代木さんは嬉しそうに微笑んだ。


「そんな心配はしてませんよ。栗里さんはそういうことをなさる人ではありませんから」


 綺麗な微笑に不意打ちされて思わず照れる。そんな断言しちゃって大丈夫ですか? 私の何を知っているというのか。我々はハンカチを拾ってもらった程度の仲ですよ?


「そこで栗里さんに、お願いがあるのです」


 食べ終わったうなぎパイの外装をいつの間にか回収しながら、手代木さんが私に向き直る。あまりに真剣な様子なので、私も思わず傾聴の姿勢を取った。


「どうか一日一時間、反抗期のあの私とお付き合いしてくださらないでしょうか!」


「……………………………はい?」


 今なんて? 付き合……え? 脳の処理が追い付かず今度は私が停止した。そんな私を置いてけぼりにして手代木さんは話を進めてしまう。


「実は、栗里さんに一目惚れしてしまったようで」


「……………………………ぉん?」


「もちろんお礼はします。あの私は全力反抗状態の私なので、私自身にも何をしでかすか分からないんです! そんな状態の私が叶わぬ恋など追い求めたら、いったい何処まで何をやってしまうか……! だったらいっそ、疑似でも叶えてしまったほうが安定できると思うんです。好きな人の言うことなら大人しく聞くでしょうし」


「はぁ、なるほど? でも、なぜ私を……。あ、反抗が極まって感性も逆に男性化してるの?」


 兄が「可愛すぎない子のほうがエロい」みたいなことを言ってたのを思い出す。その原理に照らし合わせれば、私なんぞに好感を抱くのも納得である。だって我ら思春期。性欲と恋を混同するなんて珍しくないらしいし。思春期に勝てない手代木さんが勘違いするのも仕方ない。


「……若干じゃっかん寄っているのは確かです」


 手代木さんは私の質問に無表情で答えた。エロ本見下ろしている時と同じ虚無顔だ。どういう感情なんだろうか。


 あ、そうだエロ本。


「思考が男の子になっちゃってたからエロ本も拾ってたんだ。正気になってから捨てないとだから、なんか大変だね」


「…………」


「捨てるん……だよね?」


「捨てま…………す」


 無表情なのに葛藤かっとうが見えた気がしたのは、気のせいか?


「とにかく、分かった。毎日一時間、反抗期状態の手代木さんに付き合えばいいんだよね」


「引き受けてくださるんですか? 我ながらおかしな提案だと思うのですが」


「手代木さん困ってるみたいだし。どうせ私も暇だからさ。あ、代わりに勉強とか教えて貰えたら嬉しいかな」


「もちろんです! 栗里さんのお役に立てるなら、どんなことでも」


「へへ、学年一位に手ほどきしてもらえるなんて。いやぁ、役得だねぇ」


「それ……っちのセリフ…すよ……」


「ん?」


「ではこれからよろしくお願いします」


 小さく何か聴こえた気がして聞き返したけど、手代木さんはいつもの完璧な笑みで頭を下げる。聞き間違いか。私の聴覚バグってんのかな。


 お互いの連絡先を交換し、今日は解散となった。


「そうだ、反抗期の私のことは『ヨナ』とでもお呼びください」


 公園の出口で、去り際にそう提案された。


「了解。なるほど、千代那ちよなでヨナね。男装するなら、呼び名も変えないとね」


「な、名前も知ってもらえてましたか」


「そりゃ学校一の有名人だし。むしろ手代木さんが私の名前知ってたのに驚いたよ。クラス一緒になったことないし、私目立つような生徒でもないのに」


「知ってますよ。当然です」


 彼女がいつも浮かべている綺麗な笑みが、ふっと消える。


里桜りおさん」


 どこか真剣なまっすぐな瞳が、私を貫いた。


「誤解されているようなので訂正しておきますが。凝縮させた反抗期といっても、本当に心が男性になったり、嫌いが好きにひっくり返ったりするわけじゃありません。反抗的ではあっても、確かに私のままなんです。それだけは覚えておいてくださいね?」


「は、はい」


「ふふっ、それでは明日から、どうぞよろしくお願いいたします」


 最後にからかうみたいに笑って、全手動お嬢様はその場を去っていった。


 私も公園に背を向けて、家への帰途を辿る。そういえば結局文房具を買い忘れたなとか、どうでもいいことを考えようとするけど、思考はどうしても彼女の笑顔に収束していった。


「そういえば……」


 ──実は、栗里さんに一目惚れしてしまったようで


 思い起こすは、あの言葉。

 あの時は、あくまで反抗期の自分がって意味だと受け取ってたけど。


「いつ誰がって、言ってない……?」


 ──あの私は抑制なしに本能のまま好き勝手振る舞う状態

 ──反抗的ではあっても、確かに私のままなんです


「あれ……?」


 心臓が今日一跳ねる。鼓動が馬鹿みたいに頭に響いて思考がまとまらない。目の前に答えが浮かんで掴めそうなのに、この心音に惑わされて手が空を切る。


 ただ、予感だけがしている。


 もしかして私、とんでもない安請け合いをしちゃったのかも?




  全手動お嬢様も反抗期には敵いません! 了

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