第2話:最強のドラゴンに「お座り」と言ってみた。

「……デカすぎだろ、ふざけんな」


王城の巨大な跳ね橋の上。


俺、黒瀬カイトは、心の中で盛大に悪態をついた。


目の前には、空を覆い尽くすほどの真紅の巨体。


全身から溶岩のような熱気を放つ、正真正銘のドラゴンだ。


『グルルルゥ……。貴様か? 城内から放たれた強大な魔力の主は』


ドラゴンの低い唸り声だけで、大気がビリビリと震える。


背後の城壁では、国王や騎士たちがガタガタ震えながら見守っていた。


「カイト様……! 頼みます、あのような化け物、一撃で葬ってください!」


「我らが救世主の力、とくと見せてやれ!」


無責任な声援が突き刺さる。


俺の背中は冷や汗でびしょ濡れだ。


(こっちは魔力1の村人なんだよ! ドラゴンなんて勝てるわけねえだろ!)


逃げたい。今すぐ土下座して命乞いしたい。


だが、逃げれば後ろの騎士に殺される。


戦えばドラゴンに焼かれる。


俺に残された武器は、スキル【虚言現(リアル・ライ)】と、ハッタリの技術だけ。


『……人間風情が。なぜ武器を抜かぬ?』


ドラゴンが怪訝そうに目を細めた。


チャンスだ。


俺は恐怖で震えそうになる膝を、「武者震い」に見えるよう堂々と踏み出した。


そして、あくびを噛み殺すフリをした。


「……あーあ。せっかくの昼寝が台無しだ」


俺はドラゴンの鼻先5メートルまで近づき、ゴミを見るような目で彼を見上げた。


『なんだと?』


「武器? 必要ない。トカゲ一匹殺すのに、わざわざ道具を使う人間がいるか?」


俺はポケットに手を突っ込み、無防備な腹を晒す。


「3秒やる。その間に尻尾を巻いて消えろ。……さもなくば、この大陸の生態系から『ドラゴン』という種族が消滅することになるぞ」


『ぬかせぇぇぇぇッ!!』


ドラゴンが激昂した。


巨大な口が開き、喉の奥で灼熱の炎が渦を巻く。


ブレスが来る。死ぬ。


俺の本能が警鐘を鳴らす。だが、俺は動かない。


ここで防御姿勢を取れば、「こいつは俺の攻撃を恐れている」と思われて終わりだ。


(信じろ……! 俺は最強だ。俺の周囲には、絶対不可侵の『防壁』がある!)


俺は心の中で強く念じ、口に出してハッタリを叫んだ。


「その汚い火を吐いてみろ! その瞬間、自分の炎が逆流して自滅するのはお前だぞ!!」


ドラゴンの動きが一瞬、止まる。


生物としての本能的な警戒。


こいつほど堂々としている獲物は見たことがない、という違和感。


(迷ったな? そこが付け入る隙だ!)


俺は畳み掛ける。


「気づかないか? 俺はすでに、お前の心臓に『魔法の楔』を打ち込んでいる」


『な、に……?』


「俺が指を鳴らせば、お前の心臓は内側から破裂する。……試してみるか?」


俺は右手を高く掲げ、指を鳴らす構えを取った。


ドラゴンの瞳孔が開く。


今のハッタリで、奴は無意識に自分の胸の鼓動を意識したはずだ。


「ドクン」という鼓動が、恐怖によって「違和感」に変わる。


《信仰率30%……55%……判定成功》


《嘘現出:対象に『死の予兆』を植え付けます》


『ガッ……!? ぐ、うぅ……ッ!?』


突如、ドラゴンが胸を押さえて苦悶の声を上げた。


実際には何もしていない。


だが、奴が「心臓に何かされた」と信じた瞬間、スキルが現実の痛みを作り出したのだ。


「遅い。教育が必要だな」


俺は冷酷に言い放ち、パチン! と指を鳴らした。


『ギャアアアアアッ!!』


激痛がドラゴンを襲う(と錯覚している)。


巨体が地面に崩れ落ち、地響きが鳴った。


『ま、待て! 降参だ! なんだこの力は……魔法の痕跡すら感じなかったぞ!?』


「魔法? 違うな。これは『支配』だ」


俺は倒れたドラゴンの眼前に立ち、低く囁いた。


「お座り」


『……ッ!?』


「聞こえなかったか? ハウス」


プライド高きドラゴンが、屈辱に顔を歪める。


だが、心臓を握られている(という嘘)恐怖には勝てない。


ズズズ……。


巨大なドラゴンが、おずおずと後ろ足を折り、犬のように地面に座った。


静寂。


そして、城壁から爆発的な歓声が上がった。


「す、すげえええええ!!」


「ドラゴンを手懐けたぞ!」


「カイト様万歳! 最強の英雄万歳!」


俺は内心で(心臓止まるかと思った……)とへたり込みそうになるのを必死で堪え、ドラゴンに背を向けた。


「……興が冷めた。命だけは拾ったな、トカゲ」


さあ、これで一件落着。


城に戻って、美味い酒でも飲もう。


そう思った、次の瞬間だった。


ボムッ!!


背後で白い煙が上がった。


『……見事です、我が主(マスター)』


凛とした、鈴を転がすような女の声。


俺が恐る恐る振り返ると――。


そこには、巨大なドラゴンの姿はなかった。


代わりに、燃えるような赤い長髪に、真紅のドレスを纏った美女が跪いていた。


頭には二本の角。背中には小さな翼。


間違いなく、さっきのドラゴンだ。


「……は?」


彼女は頬を紅潮させ、潤んだ瞳で俺を見上げ、とんでもないことを言った。


「これほど圧倒的な『雄』に敗北したのは初めて……♡ 竜の掟に従い、私はあなた様の『伴侶(妻)』となります」


「は?」


「さあマスター、今すぐ契約の儀式(キス)を! そして末永く、死が二人を分かつまで離れませぬ!」


美女が感極まって俺に抱きついてくる。


「ぐえっ……!?」


ミシミシッ!!


俺の背骨が悲鳴を上げた。


柔らかい感触? そんなもの楽しむ余裕はない。


万力で締め上げられているような強烈なパワーだ。


(痛い痛い痛い! 折れる! 背骨が粉になる!!)


城壁からは「おおお! 英雄様、ドラゴンを嫁にするとは!」と冷やかしの声。


待て。待ってくれ。


俺はレベル1の貧弱一般人だぞ?


こんな馬鹿力女と結婚してみろ。


「あなた~♡」とハグされただけで、俺の上半身と下半身がサヨナラすることになるぞ!?


「ちょ、離せ! 苦し……!」


「まあ、照れていらっしゃるのですか? 可愛らしい♡ 一生愛しますわ!!」


「ぎゃあああああああ!!」


だめだ、完全に信じきっている上に、話が通じない。


最強の詐欺師カイト。


ドラゴンを倒した結果、「物理的に愛が重すぎる嫁」に命を脅かされることになった。

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嘘つきは英雄の始まり ひふみ白 @tack310

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