狐の嫁入り〜大陸から来た少年〜

青樹春夜(あおきはるや:旧halhal-

狐の嫁入り


「あ、お天気雨かな?」


 窓の外を見ていたシキが慌てたようにパタパタと走って行く。


 外に干していた洗濯物を入れるために出て行ったのだ。ユーリも読んでいた本をパタンと閉じて、急いで後を追う。


「もう、今日はずっと晴れると思ったのに!」


 シキの家を形造るくすのきの大木から伸びる大きな枝から洗濯物ロープで干していたので干場は遠いわけではないが、突然の雨にシキはぷんぷんと怒っている。


「仕方ないですよ。通り雨は天候の神テンペストゥスのっていうじゃないですか」


「気まぐれで洗濯物を台無しにされたんじゃたまらないわ」


 端っこから洗濯物を集めて抱えると、二人は急いで室内に戻った。今度は薪ストーブのある居間に洗濯ロープを張って干し直す。


「——さっきの話ですけど、僕の住むところでは『気まぐれ』って言いますが、中央島でも同じですか?」


 ユーリがタオルを洗濯ばさみで留めながら尋ねると、シキはカミタカのシャツを広げながら答える。


「そうね、『狐の嫁入り』とも言うわね」


「『狐の嫁入り』?」


「なんでかは知らないわよ。でもなんか雰囲気がある言葉よね」


「狐ってあの狐ですよね? 手袋やマフラーにする……」


「あっ、そうか。ユーリは大陸の出だから知らないか」


「?」


「この前、神殿にお参りしたでしょ。その近くに別の小さなお宮があったの覚えてる?」


「ええ。本殿の後にお参りしたところですね」


「そのお宮の中は見た?」


「いいえ——御神体を直接見るのはいけないのかと」


「本当に見ていけないものは向こうも隠してるわよ。あの中にはね狐のお面があるの」


「それは面白そうですね」


 ユーリはおもむろに手帖を取り出した。すぐさまペンを構えてシキの話を書き留める準備をする。


「私の話はメモをするほどではないわよう」


 シキは急に照れくさそうにして両手を振る。


 それでもユーリが聞き出すと、白地に筆書きで黒と朱の線で描かれた狐の面があるのだと言う。


「つまりこちらの『狐の嫁入り』は、あのお面を付けて人に化けた狐の花嫁道中のことを想像するわね」





「これが『狐の面』かぁ」


 ユーリはシキに教えてもらった小さなお宮の前にいた。シキが言った通りにお宮の扉が開いていて、その奥に狐面がある。


 薄暗い宮の中に仄白く浮かび上がる狐の面は吊り上がった狐の目を表現していて奇妙でありながらどこか不気味さも醸し出していた。


 ——この少しの妖しさが人の恐怖を引き出すのかな。


 年明けにはあれだけ賑わっていた境内けいだいに、今日は人っ子ひとりいない。夕暮れ時にかかろうという時間帯のせいもあるだろうが、ユーリはえもいわれぬ寂しさを感じて、自分で肩を抱いた。


「まだ寒いせいだよな」


 ユーリは急いでサラサラと狐面の絵を描きとめると、それをポケットにしまい、奉納金ヴォートムを収めて手を合わせた。


 冬の日暮れは早い。


 手を合わせているうちにどんどん自分の周りが暗くなる気がして、ユーリは慌てて神殿を辞することにした。


 ——特にこの宮は離れた所にあるから……怖いんだよね。


 誰もいない神の座所に怖さを持ってまうのはなぜなのか。


 ——やはり神様に見られている気がするからかなぁ。


 そわそわと背中が寒い。


 黄昏の参道を降りて行きながら、ユーリは陽の沈む速さに驚いていた。


 ——暗い、な。


 足元も不確かになり、石段の境も怪しくなる。


 参道に植えられた糸杉が急に背が伸びてユーリの頭上を覆っていく気がした。


 山の上のおやしろから降りて行くユーリの目に、不意に黄金色こがねいろの光がポツンと見えた。


 ふもとの方に現れた小さな燈はひとつまたひとつと増えていく。


 ——誰か参詣するのかな?


 それにしては数が多い。


 小さな宮に詣でるには意外なほど黄金色の光が多かったのだ。


 それらは行列を成してこちらへと登って来る。


 彼らの道行を塞がないよう、ユーリはそっと参道を外れて糸杉の影に入った。


 ——しゃん……しゃん……。


 鈴の音が聞こえて来た。


 それ以外の音が消えたかのように、清廉な鈴の音だけが暗がりに広がる。


 ——え?


 ユーリは目を疑った。


 ゆらゆらと揺れる雪洞に黄金色の灯りをのせて運んできたのは、白い狐面の集団だった。




 しゃん……! 


 先頭の二人がたくさんの鈴が付いた棒を振る。片手には鈴を、もう片手に黄金色の灯りを放つ雪洞ぼんぼりを持っていた。


 ふもとまで続く行列は白い着物を纏い、全員が白い狐面をつけていてその表情が知れない。


 そして一言も話し声が聞こえなかった。


 糸杉の後ろに隠れたユーリは鈴の音しかしない無言の行列に再び背中がそそけ立つ。


 ——これが『狐の嫁入り』? でも雨は降ってない。


 木陰から改めて行列をよく見ようと思った瞬間——。


 しゃん!


 今までよりも大きな鈴の音が響いて、行列が止まった。




 ——まずい。僕、何かした?


 明らかに自分が異質な存在としてその場から排除されそうな雰囲気。


 敵意とも取れそうな気配の圧が、ユーリの周りを埋めて行く。


 ——怖い。音がしない。


 無音。


 息をするのさえ憚られる。


 それでも好奇心を抑えられず、彼は木陰からそっと視線を行列に向けた。


 その途端——。


 しゃ、しゃん!!


 今までと違う鳴り方で鈴が振られ、狐面が一斉にこちらを向いた。


 一糸乱れぬ動きで自分に向けられた視線をギリギリで躱して、ユーリは再び木陰に身を潜める。自らの手で口を押さえて悲鳴を堪えて震える。


 ——今、理解した。


 これは見てはいけないもの。


 ユーリは目閉じて気配を消そうと念じた。


 ——見てません、見てません、見てません……。




 気がつけば再び鈴の音が鳴り響く。


 ゆっくりと石段を登りながら進む行列は、いつしか遠ざかって行く。


 鈴の音がしなくなった時、ユーリの全身から汗が吹き出た。


 ——あれは……。


 ほっとしながら参道に戻ると、はるか上の方にたくさんの黄金色の小さな光がちらちらと揺れていた。





「それは『狐の嫁入り』ね」


 ユーリが丘の家に帰ってその話をすると、シキはいとも簡単にそう言ってのけた。


「それは天気雨のことではないのですか?」


「ああ、そうね。どちらも『狐の嫁入り』と呼ばれるわ。でもそんな近くで見た話は聞いたことないけど」


「めちゃくちゃ怖かったです……」


「神聖なものなのだろう。良い体験ではないか」


 カガリもユーリの感じた恐怖を理解できないらしく、そんなふうに軽く言う。


「大丈夫か? ユーリ」


「そう言ってくれるのは君だけだよ……」


 カミタカだけが心配してくれるので、ユーリは泣き言を言いそうになる。


「たぶん行列を見てたら、連れて行かれたんじゃないか?」


「カミタカまでそんな怖いことを言わないでよ……」




 その夜、ユーリは自分の体験をノートに記録しながら考えていた。


 ——たぶん二つの『狐の嫁入り』があるのは、天気雨が前触れで、狐のお宮に行くから余所者は近づくなということなのか……。いや、近くで見た人はいないようなことをシキさんは言っていたし……。


 そうやって記録しながら、カミタカの言っていたことも嘘ではないだろうと思う。


 見てはならぬものを見れば、連れて行かれるのだ。


 ユーリは自分が無事であることに安堵して、机の上の洋燈ランプを消した。







 狐の嫁入り〜大陸から来た少年〜了

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