第2話 正義役令嬢は、王子にも容赦しない

 予想は、外れなかった。


「――何の騒ぎだ?」


 低く、よく通る声。

 中庭の入口から現れたのは、王太子アレクシス殿下だった。


 金髪碧眼、非の打ちどころのない容姿。

 生徒たちの視線が一斉に集まり、空気が甘くざわめく。


(はい来た。感情で断罪しに来る役)


 私の内心の評価は、残念ながら辛辣だった。


 殿下の視線は、まず平民の少女へ向けられる。

 次に、クラリッサへ。

 そして――私で止まった。


「セラフィーナ。君がここにいるとは珍しいな」


「ご機嫌よう、殿下」


 私は礼儀正しく一礼した。

 礼儀は尽くす。遠慮はしない。


「状況を聞かせてほしい」


 平民の少女が、待ってましたとばかりに一歩前へ出る。


「わ、私……通りかかっただけなのに、突然責められて……」


 声が震え、瞳が潤む。

 完璧な被害者ムーブだ。


 殿下の眉が、わずかに寄る。


「そうか……」


 そのまま、クラリッサを睨んだ。


「クラリッサ・ルヴェリエ侯爵令嬢。

 君は以前から、彼女に辛く当たっているという噂がある」


(噂ベース、来ました)


 私は心の中でチェックを入れる。


「弁明は?」


「……っ、殿下、それは――」


 クラリッサが言葉に詰まる。

 この時点で、勝敗はほぼ決まってしまうのが“テンプレ”だ。


 だから私は、口を開いた。


「殿下。その前に、一つ確認を」


「……何だ?」


「今の判断、事実に基づいていますか?

 それとも、噂と感情ですか?」


 空気が、凍りついた。


 生徒たちが息を呑むのが分かる。

 王太子に、真正面からそんな問いを投げる者などいない。


「セラフィーナ、君は――」


「殿下」


 私は、穏やかに言葉を重ねた。


「ここは学園であり、法の及ぶ場です。

 貴族も平民も、同じ規則に従う場所」


 一歩、前に出る。


「誰かを糾弾するなら、最低限――

 “何が起きたのか”を確認する必要があります」


 殿下は、私を睨み返す。

 だが、その目に迷いが浮かんだ。


「では質問します。

 殿下は、今の一部始終をご覧になっていましたか?」


「……いや」


「証人は?」


「……」


「物的証拠は?」


「……ない」


 私は、静かに息を吸った。


「それで婚約破棄や処罰を示唆するのは、

 王太子権限の逸脱です」


 はっきりと言い切った。


 ――どよめき。


「セ、セラフィーナ様! そんな言い方……!」


 平民の少女が声を上げる。


 私は彼女へ視線を向ける。


「あなたもです」


「え……?」


「あなたは被害者を名乗っていますが、被害の内容を一切説明していません」


 指を一本立てる。


「泣くことは証拠になりません。

 可哀想であることと、正しいことは別です」


 少女の顔から、血の気が引いた。


 殿下は、唇を噛みしめている。

 怒りと困惑がない交ぜになった表情。


「……では、どうすべきだと?」


 その問いに、私は微笑んだ。


「簡単です」


「今回は“事故”。

 双方に注意を与え、再発防止を指示する」


「それ以上でも以下でもありません」


 殿下は、しばらく黙り込んだ後、ゆっくりと頷いた。


「……そう、だな」


 クラリッサが、信じられないものを見るように私を見る。


「殿下……?」


「この件は、ここまでだ」


 殿下はそう宣言し、場を収めた。


 人が去り、再び中庭が静かになる。


 クラリッサが、私に近づいてきた。


「……どうして、そこまで」


 私は彼女を見下ろし、静かに告げる。


「あなたは不器用だけれど、罪人ではありません」


「そして――」


 少しだけ、声を低くする。


「“悪役”にされるには、この世界は雑すぎますわ」


 クラリッサは、目を見開いたまま、何も言えなくなっていた。


 一方で、背後から刺すような視線を感じる。


(ああ……)


 振り返らずとも分かる。


(ヒロイン役、完全に敵対フラグ立ちました)


 でも、構わない。


 正義は、嫌われるものだ。

 だからこそ、価値がある。


 私は歩き出す。


 断罪される物語など、もう始まらせないために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る