メイクで復讐 「女として終わってる」と言われた私が、SNSで100万再生の変身アーティストになるまで

ソコニ

第1話 剥製(はくせい)の女

1

「女として、終わってるよ」


夫の声は、驚くほど平坦だった。


真理は、手にしていた夕食の皿を止めた。テーブルの向こうで、スマートフォンを操作しながら、夫はまるで天気の話をするように続けた。


「隣を歩くのが恥ずかしいんだ。もう無理」


32歳の秋。結婚5年目。真理は、自分が「終わる」瞬間に立ち会っていた。


「……何が」


「何がって、全部だよ」夫は顔も上げずに答えた。「地味。太った。おしゃれにも無頓着。俺の会社の連中に紹介するのも気が引けるレベル」


真理は、自分の姿を思い浮かべた。


確かに、結婚してから10キロ太った。服は楽なものばかりを選ぶようになった。メイクは、朝の5分で終わらせる最低限のもの。事務員としての仕事をこなし、帰宅してから夫の食事を作る。それだけで精一杯だった。


「誰か、いるの?」


真理の声は震えていた。


「いる」


夫は、あっさりと認めた。そして、スマートフォンの画面を真理に向けた。


画面には、完璧な女性の自撮り写真が並んでいた。


陶器のような肌。大きな瞳。華奢な体。どの角度から撮っても美しい、まるでAIが生成したような完璧さ。


「彼女、整形インフルエンサーなんだ。フォロワー50万人。俺みたいなハイスペックと釣り合うのは、こういう女性だよ」


ハイスペック。


夫は、自分のことをそう呼んだ。年収1200万、六本木のタワマン、外車。確かに、数字だけ見れば「勝ち組」だろう。


「離婚届、ここに置いとくから」


夫は立ち上がり、真理の横を通り過ぎた。


「あ、それと。この家からは来週中に出て行ってくれる? 彼女が引っ越してくるから」


ドアが閉まる音。


真理は、空っぽのリビングに一人取り残された。



次のシーンの構成を検討した。


2

深夜2時。


真理は、歩いていた。


どこへ向かっているのかも分からない。ただ、家にいるのが耐えられなかった。


2026年の東京。街頭の巨大スクリーンには、AIが生成した美女たちの広告が映し出されている。


「完璧な肌を、あなたに」


「理想の自分に、なろう」


「美しさは、作れる」


全てが、真理を嘲笑っているように感じた。


渋谷のスクランブル交差点を渡る。周りを歩く女性たちは、みな美しく見えた。メイクを施し、おしゃれな服を着こなし、自撮りをしている。


真理は、ショーウィンドウに映る自分の姿を見た。


疲れきった顔。くすんだ肌。生気のない目。


「……ああ、本当に終わってる」


自嘲の笑みが浮かぶ。


「終わってる? 違うわね」


突然、声がした。


真理が振り向くと、そこに一人の女性が立っていた。


50代ほどだろうか。しかし、年齢を感じさせない存在感。漆黒のドレスに身を包み、鋭い目で真理を見つめている。


「まだ、始まってもいない」


女性は、真理の顔を覗き込むように見た。


「いい骨格ね。彫りが深い。一重だけど、目の形は美しい。そして……」


女性の指が、真理の頬に触れた。


「この肌。キャンバスとして最高よ」


「……誰、ですか?」


「私? ただの通りすがりのメイクアップアーティストよ。昔はね、この業界で名を馳せたものだけど」


女性は、真理の目を見た。


「あなた、復讐したい?」


真理は、息を呑んだ。


「なら、人間をやめなさい」


女性は、小さな名刺を真理に手渡した。


「明日の夜8時。このアドレスに来なさい。あなたに、別の人生を与えてあげる」


そう言い残し、女性は夜の闇に消えていった。


真理は、名刺を見た。


そこには、ただ一つのURLが記されていた。


3

翌日の夜8時。


真理は、名刺に書かれたアドレスを訪れた。


それは、原宿の裏路地にある古いビルの一室だった。


「よく来たわね」


女性は、真理を迎え入れた。


部屋の中は、まるでアトリエのようだった。壁一面に並ぶ化粧品。様々な色のパレット。そして、中央には大きな鏡とライト。


「座りなさい」


真理は、鏡の前の椅子に座った。


女性は、真理の後ろに立ち、鏡越しに語りかけた。


「2026年。この世界は、AIが生成する完璧な美しさで溢れている。欠点のない肌。黄金比の顔。人間離れした美しさ」


女性の手が、真理の肩に置かれた。


「でもね、それは全部『嘘』なのよ。生命力がない。魂がない。ただの、データの集合体」


女性は、真理の髪をゆっくりと撫でた。


「あなたには、『生きている』という最強の武器がある。血が流れ、心が動き、感情が宿る。それをメイクで解放すれば……」


女性は、真理の耳元で囁いた。


「誰も、あなたから目を離せなくなる」


真理は、鏡の中の自分を見た。


「でも、私……メイクなんて、ほとんどしたことがなくて」


「だからいいのよ」女性は笑った。「キャンバスが真っ白だから、どんな傑作も描ける」


女性は、真理に一本の筆を手渡した。


「今夜から、あなたは『MARINA』よ。そして、私が教えるのは、ただのメイクじゃない」


女性の目が、鋭く光った。


「復讐の、アート」


4

それから1週間。


真理は、毎晩女性のもとへ通った。


コントゥアリングの技術。影と光の使い方。色彩理論。筆の持ち方、力加減、グラデーションの作り方。


女性は、真理に全てを叩き込んだ。


「メイクは、他人のためにするものじゃない」


女性は、真理の顔に影を入れながら言った。


「自分のマインドを、セットするためにあるの。戦士が鎧を着るように、私たちは顔に武装する」


真理は、鏡の中で変わっていく自分を見た。


骨格が際立ち、目が大きくなり、存在感が増していく。


「そして、あなたの武器は『質感』よ」


女性は、真理の肌に特殊なハイライトを塗った。


「AIには、これが出せない。血管の透け感。毛穴の質感。汗ばんだ艶。これこそが、人間の美しさなの」


7日目の夜。


女性は、真理に言った。


「もう、教えることはないわ。あとは、あなた自身で飛びなさい」


「でも……」


「大丈夫」女性は微笑んだ。「あなたは、もう『MARINA』なのだから」


そして、女性は最後にこう付け加えた。


「SNSで、あなたの変身を見せなさい。そして、あなたを傷つけた全ての人間に、思い知らせてやりなさい」


5

その夜。


真理は、自室のドレッサーの前に座った。


引っ越しの荷造りが終わった部屋。段ボール箱に囲まれた、最後の夜。


真理は、スマートフォンを手に取り、新しいアカウントを作った。


アカウント名:MARINA


プロフィール写真:なし


フォロワー:0


真理は、深呼吸をした。


そして、スマートフォンをスタンドに固定し、録画ボタンを押した。


「こんばんは。今夜から、私はMARINAとして活動します」


真理の声は、静かだが力強かった。


「これから、お見せするのは『女豹』への変身です」


真理は、筆を手に取った。


窓の外には、AIが生成した美女たちの広告が映るスクリーン。


真理は、その光を背に、自分の顔に筆を走らせ始めた。


(コントゥアリング)


最初に手に取ったのは、ディープブラウンのコントゥアリングパウダー。


真理は、頬骨の下に影を入れる。


一筆、二筆、三筆。


まるで彫刻刀で石を削るように、真理の顔の輪郭が変わっていく。


丸かった頬が、鋭く削ぎ落とされる。


鼻筋に、ハイライトを入れる。光が走る。


顎のラインを、シャープに整える。


カメラが、真理の顔に接写する。


「骨格は、作るもの。与えられたものじゃない」


真理の声が、静かに響く。


(アイメイク)


次に、真理は漆黒のジェルライナーを手に取った。


2026年最新の「スーパーマット・ブラック」。


真理は、目のキワから一気に跳ね上げるように、ウィング・ラインを描く。


まるで刃物のような鋭さ。


そして、まつ毛。


一本一本を、超高粘度のマスカラでコーティングしていく。


真理が瞬きをするたびに、まつ毛が扇のように広がる。


「色気は、胸にあるんじゃない」


真理は、カメラを見た。


「眼差しに、宿るの」


(レオパード・パターン)


そして、真理は黄金色のラメを手に取った。


こめかみから額にかけて、大胆に塗り込む。


その上に、黒のクリームライナーで、不規則な「C」の字を刻んでいく。


豹の斑紋。


しかし、これはただの模様ではない。


真理は、2026年最新の「3Dホログラム・ピグメント」を重ねる。


すると、光の角度によって、斑紋が立体的に浮かび上がる。


まるで、本物の豹の毛皮のように。


「これは、ただの柄じゃない」


真理は、筆を置いた。


「これは、私の傷跡。そして、誇り」


(完成)


最後に、真理はマットなヌードベージュのリップを塗る。


そして、その上から一滴だけ、透明なグロスを落とす。


真理は、髪を荒々しくかき上げた。


鏡の中には、もう「地味な事務員」はいなかった。


そこにいたのは、獲物を狙う女豹。


黄金と漆黒に彩られた、野生の美。


真理は、カメラに向かって不敵に微笑んだ。


「ちゃんとヒョウになれてるかな?」


一拍の間。


「――私のこと、食べられないように気をつけてね」


録画終了。


6

真理は、動画を編集し、タイトルをつけた。


『人生1周目の人たちへ。これが、本物の色気です』


そして、投稿ボタンを押した。


最初の1時間。再生回数:237


「また、誰も見てくれないのかな……」


真理は、スマートフォンを置いて、寝ようとした。


しかし、その瞬間。


ピン、ピン、ピン、ピン――


通知音が、鳴り止まなくなった。


真理は、慌ててスマートフォンを手に取った。


再生回数:12,458


コメント欄が、埋まっていく。


「これ、本物? CGじゃないよね!?」

「メイクでここまで変われるの!?」

「骨格から違う人になってる……」

「AIの美女より、こっちの方が圧倒的に美しい」

「生命力がすごい。画面から飛び出してきそう」


そして、一番上に表示されたコメント。


「この女性、どこかで見たような……いや、まさか」


投稿者の名前を見て、真理は息を呑んだ。


それは、元夫のアカウントだった。


真理は、唇を噛んだ。


そして、静かに笑った。


「見てるのね。気づいてないのね」


再生回数は、どんどん伸びていく。


50,000

100,000

500,000

1,000,000


夜が明ける頃には、MARINAの動画は100万再生を突破していた。


真理は、窓の外を見た。


東京の街に、朝日が昇る。


「これから」


真理は、自分に語りかけた。


「私は、私を塗り替えて生きていく」


段ボール箱に囲まれた部屋で、MARINAは誕生した。


そして、復讐は、今始まったばかりだった。


第1話 了


次回、第2話「人生1周目の子供たちへ」では、バズったMARINAにアンチからの心無い中傷が殺到。しかし、彼女は一切動じず、「肉体さえも絵画の一部」に変える驚愕のメイクで、アンチたちを完全に沈黙させる――

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2026年1月13日 20:00
2026年1月14日 20:00
2026年1月15日 20:00

メイクで復讐 「女として終わってる」と言われた私が、SNSで100万再生の変身アーティストになるまで ソコニ @mi33x

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