06 三人の決意

「〝あいつ〟を倒さなくちゃならないわ」


 絵美子が穏やかにそう言ったのは、保が休憩を切り出してから一〇分も経過しないうちだった。


「倒すって……」保は新しいメロンソーダに口を付けた。「今度は氷入れ過ぎたな」


「絵美子の霊能力で?」百合子は携帯電話のパズルゲームで遊ぶ手を止めた。「凄い、見てみたい!」


「あのなあ、呑気な事言ってんなよ。命掛けになるんじゃねえのか?」


 少々怒りを含んだ保の言葉の後半は、絵美子に向けられていた。


「命掛け……」


「だってそうだろ? 望月は霊能力持ちとはいえ素人だ。下手したらそれこそ、過去の霊能者たちみたい火に油を注いじまうし、最悪反撃受けて、その……大伯母さんみたいな目に遭うかもしれないんだぞ」


「あ……そっか」百合子は気まずそうに絵美子を見やった。


「ええ、保の言う通り。わたしは修行を積んだわけじゃないし、未だに力のコントロールが完璧じゃないから。実はこっちに来る前に、ある霊絡みの事件に首突っ込んでみたんだけれど、短時間で力を使い過ぎて、倒れちゃったのよ」


「た、倒れちゃった!?」


「そう。だから両親には、もう二度とするなって口酸っぱく言われてる。でも……だからってこの現状を放置するわけにもいかないでしょう?」


 絵美子は変わらず穏やかで、微笑んですらいる。百合子はその美しい表情に、複雑な感情が隠されているのを垣間見た気がした。


「絵美子……いつやるつもりなの?」


「なるべく人が少ない時に動きたいから、次の日曜日ね」


「って、明後日!?」


「いくら何でも急だろ!」


「悠長な事言ってられないわ。熊井君の次に狂わされるのは誰かしら。下手したら次の被害者は殺されるかもしれない。それに〝あいつ〟が完全に力を取り戻していない今がチャンスよ」


「いや……でもよお……」


「だったら私もやる!」


 百合子が力強く言うと、絵美子はハッと顔を上げた。


「私もやる。協力させて」


「駄目よ、危ないわ」


「絵美子こそ危ないって。もしも倒れたら、誰が担いで逃げるの?」


「星崎の言う通りだな。お前がやるってんなら、俺たちもど素人なりにサポートする。自分の身は自分で守るさ」保はメロンソーダを手に取り、一口含んだ。「うっわ、薄くなってら……」


「チャンスなんでしょ? 正直ちょっと怖いけど、こうなったら三人でボコボコにしてやろう!」


 絵美子は断り続けたが、百合子と保は引かなかった。親友一人に重荷を背負わせたくはなかった。そして何よりも、最悪の場合は失ってしまうかもしれないという不安もあったからだ。

 最終的に絵美子が折れたのは、カラオケ店スタッフから、予定の二時間の経過及び延長の有無を尋ねる電話が掛かってきた直後だった。



 カラオケ店を出ると雨が降っていたが、ジメジメとした不快感は店内よりマシだった。百合子と絵美子は傘を開くと保を中に入れようとしたため、三人は横一列になった。


「あんたどうして傘持ってないの? 風邪引くよ? 日曜日に来られなくなったら困るんだから」


「へいよ」


「それじゃあ二人共、日曜日の一〇時に正門の前ね」


「了解」


「わかった。あ、絵美子」百合子は保の横から絵美子の目の前に立った。「一応言っておくけど、私たちを置いて一人で行かないように!」


「ええ、わかってるわ」絵美子は苦笑した。「まあ、本当はそうしたいけれど……でもちゃんと約束したものね、三人で〝あいつ〟を倒すって」


「とりあえず今週の授業はないわけだが、一応千堂には注意だな」


「そうだね、忘れないようにしないと……」百合子は大きく頷いた。「けれどまさか、千堂雅貴が〝あいつ〟の化けた姿で、私たちの記憶を操って四組に溶け込んでいたなんてね」


 カラオケ店の個室を出る直前、絵美子から「うっかり伝え忘れるところだったわ」と話を聞かされた時、百合子は衝撃と混乱のあまり眩暈を覚えたし、保も何だかよくわからない言語を発してしまっていた程だった。千堂雅貴という名前は夕凪高校の創設者のものであり、学校内の至る所で確認しようと思えば出来たのだが、絵美子から聞かされるまでは完全に忘れていた。


「望月には最初からあんまり効いてなかったみたいだから発覚したが、そうじゃなかったら気付かないままだったろうな。正直、俺は今でも信じられない気持ちだ。あいつの事は一年の時から知ってたつもりだからな」


「同じく」


 駅前まで来ると、絵美子が二人の方に向き直り、


「それじゃあ、今日は本当に有難う。改めて、日曜日はよろしくね」


「ああ。何かあったらメールで連絡くれな」


「保、武器の相談したいから後で早速メールする!」


「あんまりデケェ声で言うなって。通りすがりのおばさんたちが怪訝な顔してたぞ」


 誰からともなく笑うと、三人は今度こそ別れ、それぞれの帰路に就いた。


 ──何だか色々と実感がわかないけど……。


 百合子は一旦立ち止まって振り返ると、絵美子の後ろ姿が小さくなるまでその場で見送った。


 ──私は私なりに滅茶苦茶やってやる。あなた一人を苦しませないからね、絵美子。

 

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