02 図書室の三人

 六月は大雨で始まった。


「ちぇっ、一日中こんな調子らしいもんな」廊下の窓から外を見やり、保がボヤいた。


「一日中どころか、一週間ほとんど雨だって天気予報で言ってたよ」


 隣で百合子が言うと、保は露骨に嫌そうな表情を浮かべた。それが絶妙な面白さで、百合子は思わず小さく吹き出した。


「今日だって、晴れたらサッカーやろうぜって木田きだたちと約束してたんだよなあ」


「よくお昼ご飯食べた後すぐに動き回ろうと思えるよね……」


「そっちはこれから何処行くんだ?」


「図書室。この間入って来た新刊でも読もうかと。『三兄弟の華麗なる殺人』が気になってるの」


「じゃ、俺も行くかな」


「へえ、珍しいね。あんたも本読むんだ?」


 百合子の中では、保が自分から進んで本を読むイメージがなかったので少々意外だった。


「まあ、たまにはな」


「ふーん……」


 三階へ向かう途中、階段で同じクラスの千堂雅貴せんどうまさたかとすれ違い、互いに軽く挨拶した。雅貴は小柄で童顔、物腰が柔らかいため男女共に好かれており、百合子が保以外で気軽に会話出来る男子でもある。


「二人共何処へ?」


「図書室」


「今、僕も行ったんだ。新刊ほとんど貸出中だったから残念」


「え、本当? どうしよ……」


「ま、とりあえず行くだけ行ってみりゃいいだろ」


 雅貴の話に間違いがない事は、図書室に入ってすぐにわかった。百合子はカウンターで目当てだった書籍の予約を取り、それが終わると保の姿を探した。

 保は、図書室左端最奥の[神話・伝説・伝承]コーナー付近にいた。更にその隣、百合子から見て奥側に女子生徒が一人。二人は小声で会話しており、百合子の位置からでは全く聞こえなかったが、雰囲気的に明るい内容のようで、声と同じくらいの小ささで笑ってもいた。


「お、予約済んだか?」


 百合子の気配に気付いた保が振り返ると、後ろの女子生徒もひょっこりと顔を出した。


 ──あ。


「星崎さん」


 女子生徒は絵美子だった。夕凪ゆうなぎに来てから一箇月と少々が経過しているが、百合子は未だに数える程しか会話した事がなかった。決して苦手というわけではなく、むしろ気が合うのではないかとさえ思っていたが、彼女の周りには常に誰かしら──クラスのヒエラルキートップかそのすぐ下に位置するような──がいて、声を掛けにくかったのだ。


「今、日之山君から聞いたの。『三兄弟の華麗なる殺人』、予約出来た?」


「うん、まあ。先に三人待ちだったけど……」


「いやそれ買った方が早くね?」


「やっぱそうかな。ところで、何の本を探してたの?」


浜波はまなみ市か、あるいはK県の民話がないかなって」保に尋ねた百合子だったが、答えたのは絵美子だった。「別のコーナーで探していたら、たまたま日之山君に会って。もしかしたらこっちにあるかもって」


「へえ……」


 保と目が合うと、気まずそうに逸らされた。


 ──あれえ、ひょっとして……?


「あ、じゃあ私、用が済んだから教室戻るよ。あんたは引き続き探してあげてね」


 百合子は顔がニヤけそうになるのを堪え、努めて自然にそう言うと、保の返事を待たずに踵を返した。


「待って星崎さん」


「……え?」


「せっかくだから、星崎さんさえ良ければ三人で探さない?」


 意外な申し出に、百合子はすぐに言葉を返せなかった。


「わたし、星崎さんとはまだあんまり喋った事がないから、探しながら色々聞いてみたいな、なんて思って。例えば好きな本とかジャンルとか。星崎さん、本好きよね?」


「う、うんまあ」


「星崎はさ、おどろおどろしいホラーとかサスペンスばっかり読むんだよ。この間読んでたのなんて、魔物ハンターが魔物を狩るだけじゃ飽き足らずに喰うようになって、そのうち人間も……なんてやつだったよな?」


「いいじゃん、面白いんだし」


「人を喰うのがか?」


「そういうシーンは直接描かれてちゃいなかったもん!」


「それってもしかして『大禍時おおまがときの狩人』?」


 百合子と保は驚きの表情で絵美子を見やった。


「知ってるの? あのホラー界の巨匠エティエンヌ・ロワのマイナー作品を」


「ええ、結構好きよ。ロワの作品はほぼ全部読んだわ。わたしが特に好きなのは『テンション』と『マルセイユの一五姉妹』ね」


「う、嘘……初めて会った! 女の子で、同じ学校で、学年もクラスも同じ……!」


 百合子が歓喜と興奮に体を震わせると、絵美子はふわりと微笑んだ。


「声どんどん大きくなってんぞ」保は苦笑した。「こりゃ決定みたいだな」


 ──あ、でもそれじゃあ……。


 百合子は申し訳ない気持ちになった。保は恐らく絵美子に好意を抱いており、彼女に会うためにわざわざ来たのだろう。そんな彼を、友人として少しでも応援したいがために、この場から去ろうとしていたというのに。


「いいんだろ? 星崎」


「う、うん!」


「良かった。有難う二人共」


 この出来事をきっかけに、三人の友情は少しずつ深まっていった。三人一緒に行動する事が多くなり、すぐに互いに下の名前で呼ぶようにもなった。

 そして〝あいつ〟も、少しずつ動き始めていた。

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