天河学園ミス研推究録 写像の檻 -位相

衣 谷 司 Kinuya Tsukasa

◆Prologue◆

―――― 天河グループ公式リリース ――――


仮想空間上に構築された教育プラットフォーム 「天河学園 VR」 を公開いたします。


本プラットフォームでは、現実の天河学園に在籍する生徒・学生は自動登録されます。

学園外の方もアバターを通じて天河学園の一員として学園生活を体験することが可能です。

授業・講義・クラブ活動・研究活動・交流プログラムに加え、各部の課外活動にも参加できます。


ログイン時には、プログラム内カメラ機能を用いて撮影された画像データをもとに、

本人の等身大アバターが生成・表示されます。

ログイン中の音声通信は、専用イヤホンを通じて行われます。


授業・講義・クラブ活動・雑談等の会話内容は、画面内コメント欄にテキストとして表示され

必要に応じて動画とともに記録が可能です。


教育の機会を空間と時間の制約から解放し、学びの本質を次世代へと接続する

――それが、天河学園の新たな挑戦です。


――天河グループ



天河学園ミステリー研究会、通称「ミス研」の部室。


「みんな、学園から何かお知らせがきたよ」

活動報告記録を学園支給のタブレットで作成していた零が、二人に知らせた。


玲子がタブレットを起動すると、網膜認識により自動的に学園サイトへログイン。

お知らせのウインドウが開く。

続いて『天河学園VR』へ自動ログイン。


イヤホンを着けると起動音とともに、画面が切り替わる。

玲子の前に表示されたのは、自分のアバターだと認識できる画像と、

見慣れた学園中庭だった。

ただし、どこか輪郭が曖昧で、現実よりも一段階だけ“整えられた”風景。


自分自身の姿を、玲子は俯瞰する。


現実と同じ服装。 だが、表情は読めない。

視線の角度も、口元の緊張も、削ぎ落とされている。

――必要最低限、という設計だ。


「対面で充分だから、必要性は感じない」

そう判断する前に、コメント欄が流れた。


「バーチャル学園、ってやつ?」

「今さらだよねぇ」

零が、眼鏡の奥で瞬きをする。


「アバターも自動作成ですわ。ここもきちんと作られてますわね」

『天河学園VR』にログインしたミレイは抑揚なく告げた。


「学園主動。しかもクラブ活動も対象」

玲子の声は淡々としていたが、語尾は短かった。


「記録が全部残せる、ってところが一番それっぽいよね」

零はそう言いながら、すでにメモを取り始めている。


「文字ログ前提の会話……観測に向いていますわ」

ミレイが、結論だけを切り出すように呟いた。



一週間後・・・

ミステリー研究会の定例ミーティングは、いつも通り部室で行われていた。


ただ一つ違うのは、

部室に入った時点で、全員がすでに「天河学園VR」にログイン状態だったことだ。


イヤホン越しに、起動完了を知らせる無音の合図。

現実の部室と、仮想の部室が重なって表示される。


「……これ、毎回こうなるの?」

零が苦笑する。


「仕様でしょう」

ミレイは短く答えた。

「活動時間=接続時間。切る理由は想定されていません」


玲子は何も言わず、席についた。

現実の椅子に腰を下ろす感覚と、画面内の自分の動きが、ぴたりと一致する。


――もう“切り替え”ではない。

最初から重ねて使う前提。


そのとき、コメント欄に新しい通知が流れた。


【参加者が入室しました】


「誰?か、来た!」

零が画面を見る。


VR側の部室の入口に、ひとりの少女が立っていた。


制服姿。

天河学園の高等部のものだが、表示欄には小さく【特例】の文字が添えられている。


「……えっと」

少女は少しだけ間を置いてから、口を開いた。


『遠野 日和です。

ミステリー研究会に参加させていただけませんか?』


音声と同時に、文字ログが正確に残る。


学園VRの規約

『活動団体及び本人の同意があれば、課外活動への参加を許可する』


玲子は視線を上げた。

「もちろんOKです。お断りする理由はありませんから」


「では、まずは「ミステリー研究会」の活動内容から説明します」


「ミステリー研究会は、

学内外で発生した事象・記録・証言等をもとに、

その因果関係や構造を検討・考察することを目的としています」


玲子は、淡々と説明を続けた。


「扱う題材は、事件性の有無を問いません。

未解決事案、噂話、記録上の矛盾、

あるいは“説明はつくが納得できないこと”も対象です」


「活動内容は主に三つです」


「第一に、資料・証言・データの収集と整理」

「第二に、各自の視点による分析と仮説提示」

「第三に、その検証過程を含めた記録化」

零が、説明内容をそのまま議事録用に書き起こしていく。


「結論を出すことは必須ではありません」

「むしろ、途中経過や判断の揺れを含めて残すことを重視しています」

ミレイが短く補足する。


「発言は原則として、

音声・文字の両方でログに残しますわ。

個人の感想も、立論として扱います」


「以上が、ミステリー研究会の活動方針です」


玲子はそう締めくくった。


「不明点があれば、いつでも確認してください」

「よろしいかしら?」

ミレイが入会意思の再確認を行う。


「はい、よろしくお願いします」

画面の中の遠野 日和はペコリと頭を下げた。


「次に、まず自己紹介からしましょう」

淡々と、会長としての声。


「白水 玲子。

天河学園大学 法学部 法律学科、二回生。

ミステリー研究会では会長を務めています」

【白水 玲子(いずみ・れいこ)】


名前の読みが、表示欄に補足される。

遠野 日和は少しだけ首を傾げた。


「古依珠 澪麗。

情報工学部 データサイエンス学科。

副会長をしています」

【古依珠 澪麗(こいず・みれい)】

ミレイはそれだけ言った。


「小泉 零。

文学部 日本文学科、二回生。

記録担当です」

【小泉 零(こいずみ・れい)】


紹介が一巡する。


そして、視線が日和に戻る。


「改めて、自己紹介をお願いします」

玲子が言う。


日和は小さく頷いた。


『遠野 日和です。

天河学園 高等部三年です』

【遠野 日和(とおの・ひより)在籍:高等部3年(特例)】


零が一瞬、ペンを止めた。

だが、表示内容自体に矛盾はない。


「入会希望の理由はどんなことかしら?」

玲子が尋ねる。


「面接とかじゃないので、気楽にね」

零はすかさず付けくわえる。


日和は、少し考える素振りをしてから答えた。


『ミステリーが好きだから、です。

あと……ここなら、ちゃんと記録が残るって聞いたので』


――ログが残るのが目的?

零が首を傾げる。


――どこからそんな情報を?

ミレイは情報の出所が気になった。


しかし、理由としては普通だった。


不条理ではない。

突飛でもない。


日和は続ける。

『消えちゃうのは、嫌なので』


それだけ。


ミレイが、わずかに視線を落とした。


「……目的と手段は一致していますわ」

自分を名高津くさせるように呟いた。


玲子は、コメント欄に残った発言記録を見つめていた。


名前。

所属。

理由。


どれも正しい。

どれも説明できる。


それなのに。


――なぜか、何かが一つだけ足りない気がしてならない。


「では」

玲子は顔を上げた。

「改めて、ミス研へようこそ。遠野さん」


日和は、少しだけ笑った。


その笑顔も、きちんとログに残った。


「それと」

玲子は、言葉を区切った。


「ミス研では、基本的に敬称は使わないことにしてるの」

視線は日和に向けたまま、声音は柔らかい。


「私のことは“玲子”」


「古依珠は、“ミレイ”で」


「小泉は、“ゼロ”」

ここでも遠野 日和は少しだけ首を傾げた。


一呼吸置いて、玲子が続ける。


「遠野さんは――“ひより”でいい?」


日和は、ほんの一瞬だけ目を瞬いた。


『……はい』

『ひより、でお願いします』


その返事が、また文字として記録される。


零は小さく笑って、

「じゃあ、改めてよろしくね。ひより」


ミレイは何も言わなかった。

ただ、表示名の横にある呼称欄が、

【遠野 日和】から【ひより】へと更新されたのを、黙って見ていた。


玲子も零も、その沈黙を見逃さなかった。


――名前は、もう短くなった。


ひよりのアラームが鳴る音が小さく響く。

「あら・・・今日はこの辺でお暇します。バスの時間なので」


「了解。次のミーティングは来週のこの時間にね」

零が次の予定を簡単に伝えた。



ミーティングが一段落し、

零はタブレットの画面に視線を落とした。


議事録をいつも通り淡々と記録する。


【参加者】

白水 玲子(法学部/会長)

古依珠 澪麗(情報工学部/副会長)

小泉 零(文学部/書記)

遠野 日和(高等部)※本日より特例参加


【連絡事項】

・敬称は使用しない

・呼称は以下の通りとする

 玲子/ミレイ/ゼロ/ひより



ここまでは、事実だ。


零は一度、入力を止めた。


ミレイは何も言わず黙ってみていた。

異論も、同意も、補足も。

――この沈黙は、どこに書く?


けれど、その「無」は、

零にとっては空白ではなかった。


零は、カーソルを一行下げる。


【備考】

・表示名が更新されたことを確認



それだけを書いて、保存した。


ミレイの名前は、そこには出てこない。

「誰が何を見ていたか」も書かれていない。


零は、画面を閉じた。


――書かなかった、という事実だけが残る。


その議事録は、

公式記録として、天河学園VRのサーバーに保存された。


あとから誰かが読めば、

そこには、何の問題もない会議が記録されているように見えるだろう。


けれど。


零だけは知っていた。


沈黙は、記録されなかったのではない。

記録しない、という判断がなされたのだ。

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