第12話

名は、主が与えるもの


召喚室の空気は、まだ張りつめたままだった。


俺の背後には原初悪魔。

肩には神獣。

目の前には龍神族の学園長。


……状況がカオスすぎる。


「……とりあえずだ」


俺は深く息を吸い、後ろを振り返った。


「セバス、だったか」


「はい、我が主」


即答。姿勢も完璧。

完璧すぎて逆に怖い。


「その名前、却下」


「…………」


初めて、セバス――いや、元・セバスの動きが止まった。


ヴァルが、ぎょっとしてこちらを見る。


「お、お主……

原初悪魔の名を、軽々しく……!」


「いや、だって」


俺は頭を抱えた。


「セバスって、どう考えても執事テンプレすぎるだろ」

「しかも原初悪魔でそれはおかしい」


「おかしくはありません」


真顔で否定された。


「過去十三の世界線において、

“執事”という役割は非常に効率的でした」


「世界線って言うな!」


俺は一歩踏み出す。


「第一、名前ってのは――

呼ばれる側と、呼ぶ側が納得して初めて意味を持つ」


その瞬間。


ミトラが、ふわりと尾を揺らした。


――賛同。


学園長ヴァルが、はっと息を呑む。


「……まさか」


俺は続ける。


「ミトラもそうだ。

名乗ったから、世界に定着した」


視線を、悪魔へ向ける。


「なら、お前も同じだろ」


沈黙。


原初悪魔の周囲で、

目に見えない“地獄”の層がざわめいた。


普通の魔法使いなら、

この時点で精神が崩壊している。


だが――


悪魔は、静かに微笑んだ。


「……なるほど」


その声は、

原初の深淵ではなく、

一人の従者のものだった。


「では、主よ」


片膝をつき、頭を垂れる。


「新たな名を、お与えください」


ヴァルが、完全に凍りついた。


「ば、馬鹿な……

原初悪魔が、名を“受け取る”など……」


俺は、しばらく考えた。


かっこよすぎるのも嫌だ。

禍々しいのは論外。

かといって、軽すぎてもダメ。


――執事。

――最初から居た。

――ずっと支えてきた存在。


「……じゃあ」


俺は、口にした。


「ノア」


その瞬間。


世界が、一拍遅れて呼吸した。


召喚陣が再構築され、

古い悪魔名を示す魔法文字が、音もなく崩れ落ちる。


代わりに刻まれる、新しい名。


《NOAH》


原初悪魔の背後で、

地獄の層が静かに折り畳まれていく。


彼は――ノアは、目を閉じた。


「……良き名です」


目を開いたとき、

そこにあったのは、

もはや“原初の災厄”ではなかった。


「主の方舟となりましょう」


さらりと言うな。


ミトラが、満足そうに鳴く。


――きゅ。


ヴァルは、震える声で呟いた。


「……名の上書き」

「しかも、存在階梯を落とさずに……」


黄金の瞳が、俺を見る。


「お主……

やはり、とんでもない存在じゃ」


俺は力なく笑った。


「いや、ただ名前変えただけなんだけど」


ノアは、自然な動きで俺の背後に立つ。


「では改めまして」


深々と一礼。


「執事、ノア」

「これより永劫、主に仕えます」


俺は頭を抱えた。


「……執事は続行なのかよ」


「はい」


即答だった。


召喚室の外で、

学園全体の結界が、警戒色に変わる。


それを見ながら、ヴァルは静かに言った。


「……今日という日は、

学園史どころか、世界史に刻まれるじゃろう」


俺は、遠い目をした。


「平穏な学園生活って、

どの世界にも存在しないのか?」


ミトラとノアが、

同時に首を傾げた。


――そんな概念、ありましたか?


そう言いたげに。

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