第8話

召喚陣


森の奥、古い遺跡に辿り着いたのは偶然だった。


石床に刻まれた円陣。

苔に覆われ、長く使われていない。


だが、文法は崩れていない。


「……召喚、か」


危険だ。

何が来るか分からない。


だが――


胸の奥で、何かが静かに促していた。


**“ここだ”**と。


俺は膝をつき、指先で陣をなぞる。

古い魔力が、目を覚ます。


「我は呼ぶ者」

「我は縛る者にあらず」


自然と、言葉が流れ出た。


「対等なる存在よ」

「名もなき縁を、今ここに」


空気が震え、陣が淡く光る。


魔力が集中する。

圧倒的な力ではない。

むしろ、慎重で、優しい流れ。


そして――


ぽん、と。


情けないほど軽い音とともに、

小さな影が召喚陣の中央に現れた。


「……え?」


そこにいたのは、

イタチによく似た小動物だった。


細長い体。

艶のある濃灰色の毛並み。

丸い目がきょろきょろと周囲を見回している。


危険な魔獣でも、精霊でもない。


「……お前か?」


イタチは、俺を見た。


次の瞬間。


とてとてと近寄ってきて、

俺の膝に前足を乗せる。


――すん。


鼻先を押し付けられた。


「……」


不意に、胸が締め付けられる。


言葉じゃない。

感情でもない。


**“知っている”**という感覚。


「……ああ」


俺は、そっと頭を撫でた。


「会ったことはないけど……

たぶん、初めてじゃないな」


イタチは、満足そうに目を細め、

くるりと丸くなった。


その瞬間、俺の内側で何かが繋がる。


魔力回路。

召喚契約。

だが、主従ではない。


相互承認。


《契約成立》


誰かの声ではない。

世界そのものの宣言。


「……相棒、ってことでいいか?」


イタチは、短く鳴いた。


――きゅ。


その小さな声の奥に、

底知れない静けさが潜んでいることに、

この時の俺は、まだ気づいていなかった。



その夜、焚き火のそばで眠るイタチを見ながら、

俺は思った。


この世界は、俺に魔法をくれた。

だがそれ以上に――

旅を共にする存在をくれたのだと。


後に知ることになる。


この小さな相棒が、

管理者記録において

《未登録神獣》と分類される存在だということを。


だが今はただ、

その温もりが、心地よかった。

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