頭上の雨雲は恋の予報

ひつじ

本編


 フィオナの住む街にあるギルドには風変わりな男が一人いる。

 冒険者なんてみんな個性の集まりではあるが、その男がギルドにいると一瞬でわかるほど目立つのだ。


「おー今日も見事に雨降ってるじゃん」


 錬金術師のフィオナはギルドのカウンターに肘を突いたまま下手くそな口笛を吹いた。相対するギルドマスターはやや面倒そうな顔だ。実際あの調子では彼がギルドから出たあとは掃除が必要なのだろう。

 皆の注目を集めている男は人目を避けるように、依頼が張り出してあるだけの掲示板の前へ向かった。だがどんなに避けようと思っても避けられない。とにかく男は目立つのだ。

 

 なにせ男はとびっきりの雨男なのである。

 

 ただ雨男だというのであればここまで話題に上がらない。男の雨男は概念的な話ではなく、物理的なものだ。男の頭の上から雨水が降り注いでいるのである。フィオナが見守っている今この瞬間も、男の頭上には雨雲がもくもくと立ち昇っており、男の動きにあわせて右へ左へとふらふらと浮いているのだ。

 もうちょっとわかりやすく。まず男がいる。そして雨雲が男の頭のちょっと上に浮いているのだ。ちょうど男の肩幅ほどの大きさの雲。一人分の雲だ。そしてそこからしとしとと雨が降っているのである。

 

 紛うことない雨男なのだ。

 

 男の名はセイル。このギルドの名物魔法剣士である。強力な水魔法使いであるが、強力過ぎるせいで魔力が溢れているのだ。その発露が頭上の雨雲というわけだ。

 フィオナは知らないが、一応雨雲が無いときもあるらしい。まあ魔力の操作なんてその日の体調や気分、果てには機嫌によっても左右されるものだからそういう日もあるのだろう。重ね重ねフィオナは見たことがないが。

 見届け飽きたフィオナがもう一度ギルドマスターに向き直る。ギルドマスターはこちらにも迷惑そうな顔をして唸った。


「だからもうちょっと火のエレメントの値段まけて欲しいっていうか」

「お前さんも大概しつこいね。ウチは適正価格だよ。不満があるなら他で買いな」

「不満はないけど高いじゃない? 頼むよ、アレがないと仕事にならないんだよぉ」


 素面のくせに絡むようにギルドマスターに懇願するフィオナに、ギルドマスターも怒りを通り越して呆れ面だ。

 フィオナはそこそこ腕の立つ錬金術師だ。彼女の不幸といえば生まれついた魔法の適正が炎であったことだろう。攻撃には向くが細かい調整が苦手なのが炎魔法系統だ。彼女はその調整を一部火のエレメントを使用することで補っている。その火のエレメントを切らすということは、仕事に穴を空けるということだった。


「そこまでいうのならば鉱石の方を買い占めたらどうだ。火炎石から火のエレメントを抽出するだけならそれこそ錬金術で事足りるだろう?」

「私が炭鉱にいったらそれだけで爆発事故が起こるわい」

 

 細かい魔力操作が苦手なので火気厳禁の場所は基本出禁なのが炎魔法使いの悲しいところ。鉱山なんて最たるである。なんの対策もなく足を踏み入れただけで警邏隊に通報されてしまう。

 ギルドマスターは少し考えてから、掲示板の前にいた雨男・セイルを呼んだ。


「ギルドマスター? どうし」


 ごうっと風が吹く。まるで嵐だ。呼ばれて振り返ったセイルの頭上は台風でも来たかのように荒れ狂っていた。


「依頼だセイル、この嬢ちゃんと一緒に炭鉱街に行ってくれ」

「ちょっとマスター」

「丁度いいだろう。湿気っていれば事故にはならない」

「そういう問題じゃ」


 言い合っている間にもセイルの頭の上はごうごうと大変な始末だ。本人もシャワーを浴びているかのようにビシャビシャである。突如変化した雨雲にフィオナは戸惑ったが、それよりも早くセイルは答えた。


「わかった。引き受ける」


 雨風の音がすごくてフィオナにはちょっと聞き取りづらかった。



 *



 確かにセイルは頼もしい。炭鉱の街に辿り着く前も一つ街道を抜ける必要があるのだが、出現したモンスターは全てセイルが引き受けた。インテリのフィオナには大変ありがたいが、それ以上に困っていることがある。彼の雨男っぷりである。

 雨が常に降っているので乗合馬車や商人の馬車への相乗りは出来なかった。まあそれはまだいい。フィオナも偶には運動するべきだ。問題は頻度である。移動中ずっとセイルの天気は雨だったのである。なんなら風雨に近かった。ギルドで見かける彼は大体霧雨くらいで抑えていたはずだが今日に限ってはずっとしっかり雨に降られていた。


「ねぇアンタ大丈夫なわけ? 湿気が欲しいとはいえやり過ぎたら炭鉱に水溜りを作る羽目になるわ」

「最悪制御剤を飲む……」

「もう飲んじゃいなさいよ。服までビッチャリじゃない。寒くないの?」

「……」


 何故かセイルは少し微笑んだ。風雨はなんならちょっと強くなった。なんで。


 火炎岩は少しの刺激でも発火しかねない危険物なので不燃性の革袋に細かく分け入れなくてはいけない。危険物取扱の免許も必携だ。錬金術師のフィオナはちゃんと持っていたが、それでも入山許可は下りなかった。おのれ炎属性。

 逆に水属性のセイルは許可が出た。なのでフィオナの代わりに買い付けに行ってもらっている。これじゃギルドで火のエレメント買うのと結局掛かったお金はトントンだったかもなあ。細くなる財布にフィオナはため息をついた。

 しかし一方でセイルを見直してもいた。炎属性が攻撃に向いて錬成に向かないのなら、水属性はその逆だ。細やかなコントロールには向くが爆発力に欠ける。フィオナが錬金術師に向かないのなら、セイルは剣士向きではない。なので道中の安全はむしろフィオナが担保しなくてはいけないと思っていた。しかし実際はセイルが一人で請け負ったのだ。並々ならぬ実力と努力である。フィオナも見習わなければならない。結局火のエレメントが必要なのは魔力の練り方が未熟なせいなのだから。


「と、そろそろ戻ってくるかな」


 火炎岩はその名にふさわしく相応に重い。迎えに行ってあげたほうが親切だ。パブを出て鉱山に向かって歩き始めて、しかしすぐにフィオナは足を止めた。セイルを見つけたからだ。ただし声は掛けられなかった。セイルは誰かと話をしていたのだ。

 恐縮しきりの母子の様子を見るに、何か親切をしてあげたのだろう。フィオナが驚いたのはそこではない。セイルの頭上。いつもなら、なんなら今朝フィオナと一緒にいる時は激しく雨を降らせていた雨雲がまったく無かったのである。

 あの雲、無い時あるんだ。いや当然か。常に雨が降っていたらきのこでも生える。寝てる時にも不便だ。

 フィオナが感想を落としている間に母子は行き過ぎて、セイルが革袋を再び担ぎ直した。


「お疲れ様。私も持つわ」


 フィオナが声を掛けると、再びセイルの頭上にもやもやとした雨雲が立ち昇り、しとしとと雨を降らせ始めた。フィオナもびっくりして思わずセイルを見つめてしまった。そうしている内にどんどんと頭上の天気は悪化していく。


「いや、大丈夫。俺が運ぶから」

「そういうわけにも行かないよ、重いでしょうに。ほら貸して」


 フィオナが伸ばした手が、セイルの手に触れた。

 瞬間。セイルの頭上に雷が落ちた。バチンッと小さいが確かな稲光が走る。


「わああバカバカバカ! 火炎岩持ってるのに雷出すとか何考えてんの!」


 ギョッとしたフィオナがほとんど反射で咎めた。セイルも流石に予想外だったのか、革袋を慌ててしかし丁寧に降ろし、自分の懐から錠剤を取り出して飲み込んだ。錬金術師のフィオナには見覚えがある。週三くらいで調薬もしている。間違いなく魔力制御剤であった。セイルが落ち着くまであった間で、フィオナはじわじわと状況を整理していった。

 セイルはひょっとしてフィオナが思うほど、雨雲を制御出来ていないわけではないのでは? 実際先程まで雨雲はなかったし、飲めば半日くらい効果が持続する制御剤を今飲んでいる。つまり制御出来ていない今は予想外だったのだ。

 フィオナはこの男の頭上に雨雲が無いという瞬間を先程始めてみた。逆言えば、それってフィオナがいるところでは常に雨雲が出ているということではないのか。フィオナの前で常に体調が悪いということはあるまい。あるとしたら、機嫌の方である。


「あのさ、私アンタに何かした? なんで私そんなに嫌われてんの?」


 つまりフィオナのこの発想も突飛ではない。とはいえ心当たりもなかった。フィオナとセイルの接点などギルドですれ違うくらいしかない。

 セイルはフィオナの疑問に大慌てで首を横に振った。勢いが付きすぎて濡れた髪から水滴が飛ぶ。犬みたいだなと思ったが、犬とは違いセイルは顔を上げず、むしろ蹲るように顔を抑えた。


「ち、ちが、ちがくて」

「うん」

「好きなんだ」

「うん?」


 突然の告白にフィオナは驚く。嫌われるほどの接点がないと言ったが、好かれるほどの接点も当然ない。何かの冗談かと思ったが、セイルの髪の隙間から見える耳が真っ赤に染まっていたのを見つけ、言葉をぐっと飲み込んだ。

 魔力制御剤が効き始め、セイルの頭の雨雲も小雨に戻った。もう二人の間に遮る豪雨はない。


「キミは覚えていないかもだけれど」


 フィオナの沈黙の意味を察したセイルが赤くなった顔を抑えながら少しずつ顔を上げた。


 昔、セイルがまだ未熟な剣士であった時。魔力の制御が今よりもっと効かず、体内で水魔力が暴れたことがあった。魔力は魔法使いにとって血液のようなもの。暴れれば当然宿主に害を及ぼす。セイルは身体中に冷却水を張り巡らされたようになって、日中の森の中でありながら凍死の危機に瀕していた。どうにか這う這う入口付近まで逃れたは良いが、身体は言うことを利くのをやめつつあった。

 そこに通りすがったのがフィオナである。彼女に手を取られた時の熱をセイルは忘れられない。彼女はセイルの状況をすぐさま理解すると、持ち物から火のエレメントを取り出して彼に持たせたのであった。


「温まるよ。それに水の魔力なら火のエレメントが吸い取ってくれるからね」


 適切な治療だが、今フィオナが確保に苦しんでいるように、火のエレメントは昔から高価だ。見ず知らずの行きずりにポンと渡せるものじゃない。だがフィオナは惜しみなくセイルに施したのだ。

 それからセイルはフィオナのことをすぐに知ったが、同時に頭上に立ち昇る雨雲にも悩まされるようになった。ギルドで彼女を見かけるとあの熱を思い出して平常心ではいられなくなる。すると魔力が溢れてしまう。



 まさに機嫌によって……恋心によって振り回されていたのだ。


「キミにとって俺はいつも雨に降られている変なやつかもだけど」


 今日という日はセイルも張り切ったのだ。あのフィオナと二人で出かける日。しかも目的は思い出の火のエレメントだった。次々とセイルの美しい思い出を思い起こさせることがおこって、セイルはどうしようもなく浮かれていた。今も浮かれている。フィオナと会話をしているなんてこと、少し前まで考えられなかった。不本意とはいえギルドの名物雨男として認知されているだけでも嬉しかった時期さえあったのだから。


「ものすごくはしゃいでた。……それはゴメン」


 セイルもようやくフィオナの顔を真っ直ぐ見る踏ん切りがついて、顔を完全に上げた。そして目を見開く。


 雲は完全に晴れた。晴れた空には虹が掛かるものである。

 その天気にふさわしく、セイルの顔も美しくはにかんだ。


 それを見るのは先程のセイルの照れが移ったように顔を赤くさせるフィオナであった。


 

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