夜の果て、断罪の刃

ゆきむらゆきまち

第1話

 四重帝国クアドラム四大属州のひとつ、東方属州マグダレニア。

「大いなる夜の貴婦人」マグダレナ選帝侯ガリュシアが管理するこの地は亜人と魔獣にとっての楽園であり、人間にとっては牢獄に等しい過酷な魔境であった。

 龍血貴族エルダーであるガリュシアとその氏族コグニートにとって人間は安価な労働力と餌以上のものではなく、彼女らの支配を受ける亜人たちにとってもまた同様であった。

 帝国全土で人間が虐げられていたわけではない。首都アイドネウスでは貴族の文官に交じって人間の平民官僚も多数働いていたし、西方属州カスパニアの総督&選帝侯に至っては氏族ですらない人間の一代貴族ニュービーであった。

 しかし、その事実は今まさに死なんとしている労働者たちにとって何の慰めにもならない。彼らは魔力充填素体マナソイル鉱山での過酷な労働から逃亡した者たちであり、属州国境を越えて皇帝直轄領に逃げ込もうとしていたところを捕らえられたのだった。彼らを捕捉したのは残虐さで知られる犬狼人ルプスの警邏隊である。

 森の中に開けた本来は魔獣狩人が用いる野営地。焚火の前に哀れな逃亡者たちが引き出される。「ふべっ」まず一人が喉を裂かれて倒れた。ぼろをまとった男はわずかに痙攣し、すぐに動かなくなる。残りは十四人。

「おい、殺したら労働力が足りなくなるだろうが」「知るかよ、適当にさらって補充すればいい。こんなぼろクズども、どのみちもう役立たずだ」「そうそう、三日間もこいつらに時間を使っちまったんだ、少しは憂さ晴らししねえと」

 あちらこちらから凄惨な声が上がる状況を、ルプスの隊長は静止できなかった。そもそも彼自身も追跡行に焦燥と怒りを覚えていたことではある。彼の上司にしても、決してこの餓狼たちより温厚とは言えなかった。

「隊長、腹が減った。こいつら肉は貧弱もいいところだが、骨ごとなら腹の足しにはなるぜ」「ああ、とっととばらして焼いちまおうぜ」

「……何人か連れ帰らんと仕事をした証拠にならん。ほどほどにしろ」

 隊長は妥協案を示し、すみやかな虐殺が許容された。

「ひゃっはー!!」十三人、十二人、十一人、十人。

 次々に解体され、火にくべられる人だったものを、労働者たちは絶望とともに見つめた。恐怖のあまり、すでに気死したかのごとき者もいる。

 残り九人、八人、七人、六人……。そして五人目が解体の場に引き出されようとしたとき、異変が起きた。

 突然音が消え、野営地は外界と遮断された。

 気が付けば透明な壁が筒状に野営地を囲んでいた。

 思わずあたりを見回すルプスたちの中、隊長だけがいち早く気付く。

七幻禁則レクス・セプテムニゲル……何者による虐殺も許容せず……馬鹿な、このくらいで!?」

 それに応えるように、虚空ソラから……いや、夜の彼方から声が響く。


『遍く世界の果てまで、我が刃は墜ちる』


 その言葉が終わると同時に。

 全てのルプスの首が落ちた。

 呻きもなく、叫びもなく、風鳴りの音すらなく。

 そして、生き残った労働者たちは見た。

 焚火の上に降り立った、その影を。

 炎に炙られながらその衣ははためくこと無く。

 両手に握られ薪に突き立てられた大剣には一滴の血も無く。

 照り返しを受けながらその顔は捉えること能わず。

 ただ、青白く光る両の眼だけを見た。


『七幻が一人、夜の果てダーコヴァーである』


レクスに則り参上した。各々が生を全うせよ』


 それは現か幻か。

 瞬きの間に、その姿は消え去り。

 ただ燻る焚火と死体の中、彼らは残された。


 のちに生き残った労働者は振り返る。

「何故ダーコヴァーが現れてくれたのか、全くわからない」

「もっと酷い戦や虐殺の時でも、七幻が現れなかったことは沢山あると聞く」

「我々は幸運だった。しかし、同時に超越者たちの理不尽も感じる」

「しかし、それでも、生きのびてしまった以上……我々ができることは」

「各々の生を全うすることだけだ」





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