第4話

騎士団での仕事が一段落したある日、俺は街の広場を歩いていた。


噴水の周りには市民が集い、商人たちが露店を出している。平和な日常の風景。こんな景色を、追放される前は当たり前だと思っていた。だが今は、この平和を守る仕事に関わっている。不思議な気分だ。


武器の修理依頼書を手に、次の訪問先を考えながら歩いていると、見覚えのある人物とすれ違った。


「リオン......?」


振り返ると、マリアが立っていた。元パーティメンバーの僧侶だ。白いローブを身に纏い、杖を持っている。彼女も俺に気づき、驚いた表情を浮かべている。


数週間ぶりの再会。だが、俺の心は驚くほど平静だった。怒りも、恨みも、何も感じない。


「マリア......」


「久しぶりね。元気にしてた?」


彼女の表情には、複雑なものが浮かんでいる。罪悪感と、少しの好奇心。そして、安堵。おそらく、俺が落ちぶれていないことに安心しているのだろう。


「ああ、おかげさまで」


俺は穏やかに答えた。以前なら、怒りや悲しみが込み上げてきたかもしれない。だが今は、そんな感情は湧いてこない。


「そう......よかった。実は、あなたに謝りたくて......」


マリアが俯く。その肩が小さく震えている。


「あの時、私も追放に賛成してしまった。あなたを守るべきだったのに......ごめんなさい」


「もういいよ。過ぎたことだ」


俺は本心からそう言った。今の俺にとって、あの追放はむしろ転機だった。もしあのままパーティに留まっていたら、スキルの真価に気づくこともなかっただろう。


「本当に......怒ってない?」


「ああ。むしろ、感謝してる」


「感謝......?」


マリアが不思議そうに首を傾げる。その表情には、理解できないという困惑が浮かんでいる。


「追放されたおかげで、新しい道が開けた。今は、武器商人の専属鑑定士として働いてる。それに、王国騎士団の専属武具技師にもなった」


「鑑定士......そういえば、最近噂を聞いたわ。腕利きの鑑定士がいるって。王国騎士団の聖剣まで修復したとか」


マリアが目を見開く。


「それ、あなただったの......?」


「それ、俺のことかもね」


軽く笑うと、マリアが驚いた表情になる。そして、ほっとしたように微笑んだ。


「本当に、大丈夫そうね......安心したわ。正直、あなたがどうなったか心配で......」


「心配してくれてたのか」


「当たり前よ。三年間、一緒に冒険してきた仲間なんだから」


マリアの言葉に、少しだけ温かいものを感じた。彼女なりに、罪悪感を抱えていたのだろう。


「マリアたちは、どうしてる?」


話題を変えると、マリアの表情が曇った。


「それが......あまり上手くいってなくて」


彼女が苦笑いを浮かべる。


「あなたがいなくなってから、パーティのバランスが崩れたの。魔物の弱点が分からなくて、無駄な戦闘が増えて......消耗が激しいわ」


「そうか」


「それに、セリアとダリウスが喧嘩ばかりしてて。グレンさんも困ってるみたい。あなたが、パーティの潤滑油だったのね」


マリアが寂しそうに笑う。


「それに、収入も減った。戦闘効率が落ちて、達成できる依頼の数が減ったから。みんな、ギスギスしてる」


元パーティの不調を聞いて、俺は何も感じなかった。同情も、優越感も、ざまあみろという気持ちも。ただ、淡々と受け止めるだけだ。


「頑張ってね」


「ええ......リオンも」


マリアと別れ、俺はガルドの店に向かう。彼女の後ろ姿が視界から消えるまで、何度か振り返っていた。


店に着くと、ガルドが深刻な表情で待っていた。いつもの陽気な表情ではない。何か問題が起きたのだろうか。


「リオン、大変なことになった」


「どうしたんですか?」


「ライバル店が、うちの真似をし始めたんだ」


ガルドが新聞を見せる。そこには、大きく広告が載っていた。


【魔剣専門店オーディンズ・アームズ】

【最高級の鑑定士による、完璧な武器鑑定!】

【壊れた武器も修復可能!】

【聖剣級の武器も取り扱い!】


派手な広告だ。しかも、うちの店の特徴をそのまま真似ている。


「これ......」


「見ての通りだ。完全にうちの商売を真似している」


ガルドが苦々しい表情で言う。拳を握りしめ、悔しさを隠せない様子だ。


「オーディンズ・アームズは、この街で一番大きな武器店だ。資金力も人脈も、うちの比じゃない。王都の貴族とも繋がりがある」


「でも、本当に鑑定と修復ができるんですか?」


「それが問題なんだ。あそこの店主、オーディンは腕利きの商人だが、鑑定士じゃない。おそらく、どこかから鑑定士を雇ったんだろう」


ガルドが悔しそうに続ける。


「このままじゃ、客を取られる。特に、金持ちの貴族たちは、派手な広告に惹かれて向こうに行ってしまう。何か手を打たないと......」


「ガルドさん、一つ提案があります」


「なんだ?」


「僕が、オーディンズ・アームズを鑑定してきます」


「鑑定......どういうことだ?」


「あそこの鑑定士の実力を確かめるんです。もし、僕より劣るなら、それを証明すればいい」


ガルドの目が輝いた。そして、膝を叩く。


「なるほど......面白い。だが、危険じゃないか?向こうは大きな店だ。何か仕掛けてくるかもしれない」


「大丈夫です。見てくるだけですから」


「分かった。だが、気をつけろよ」


俺はオーディンズ・アームズに向かった。


店は王都の高級街にある。ガルドの店とは、明らかに格が違う。建物は豪華で、大理石の柱が並び、入口には立派な警備員が立っている。


「いらっしゃいませ」


警備員が丁寧に頭を下げ、扉を開けてくれる。


店内に入ると、高級そうな武器や防具が並んでいる。どれも磨き上げられ、美しい。価格も、ガルドの店の倍以上だ。


「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」


店員が丁寧に声をかけてくる。制服も整っており、訓練された接客態度だ。


「鑑定をお願いしたいんですが」


「承知しました。こちらへどうぞ」


奥の部屋に案内される。豪華な応接室だ。革張りのソファ、高価な絵画、磨かれた机。


そこには、30代くらいの男性が座っていた。高級そうなローブを身に纏い、指には宝石の指輪が光っている。


「私が鑑定士のバルトロメウスだ。何を鑑定すればいい?」


バルトロメウスが尊大な態度で言う。鼻につく態度だが、おそらくこれが彼の普段の態度なのだろう。


「これをお願いします」


俺は腰の短剣を差し出す。これは、ガルドの店で買った普通の短剣だ。特に特徴のない、ありふれた武器。


バルトロメウスが短剣を手に取り、鑑定スキルを使う。彼の目が、一瞬光る。


「ふむ......これは鋼製の短剣だな。攻撃力は+12。耐久度は90%程度。製造は......まあ、普通の鍛冶師だろう。以上だ」


「それだけですか?」


「それだけ、とはどういう意味だ?」


バルトロメウスが不機嫌そうに俺を見る。


「製造者や、製造年代、弱点、改善点などは分からないんですか?」


「そんな細かいことまで分かるわけがないだろう。鑑定スキルは基本情報を見るだけだ。それ以上を求めるのは、無理な話だ」


やはり、と俺は思った。


バルトロメウスの鑑定スキルは、レベルが低い。おそらく5か6程度だろう。進化もしていない。基本的な情報しか見れていない。


「分かりました。ありがとうございました」


俺は短剣を受け取り、立ち上がる。


「待て、お前......まさか他の店の回し者か?」


バルトロメウスが鋭い視線を向けてくる。勘の良い男だ。


「いえ、ただの客です」


「嘘をつくな。その態度、只者ではないな。どこの店の者だ?」


「失礼します」


俺は足早に店を出た。


ガルドの店に戻ると、早速報告する。


「やはり、あちらの鑑定士のレベルは低いです。基本情報しか見れていません。おそらく、スキルレベルは5か6程度。進化もしていないでしょう」


「そうか......ならチャンスだ」


ガルドが考え込む。そして、顔を上げる。


「リオン、君の実力を証明する機会を作ろう」


「どうやってですか?」


「鑑定コンテストだ」


「鑑定コンテスト......?」


「年に一度、王都で開催される武器鑑定の大会がある。王国中の鑑定士が集まり、技術を競う。そこで優勝すれば、君の名前が王都中に知れ渡る」


ガルドが興奮気味に説明する。腕を大きく振って、熱く語る。


「今年の開催は来月だ。ちょうどいいタイミングだ」


「でも、僕はまだ新人ですよ。ベテランの鑑定士たちには敵わないんじゃ......」


「関係ない。君の実力なら、優勝できる。いや、優勝しなければならない」


ガルドが力強く言う。


「参加費は私が出す。君はただ、実力を見せるだけでいい。そして、あのオーディンズ・アームズの鼻を明かしてやろう」


俺は少し考えた。だが、これは良い機会だ。自分の実力を証明し、名前を広める。そして、ガルドの店の評判を上げる。


「分かりました。参加します」


「よし!早速、申し込みを済ませよう!」


ガルドが嬉しそうに立ち上がる。


こうして、俺は鑑定コンテストに参加することになった。


その夜、レオンハルトからも連絡が来た。騎士団の連絡員が、手紙を届けてくれた。


『リオン殿、鑑定コンテストに参加すると聞いた。素晴らしい決断だ。実は、私も観客として観覧する予定だ。君の活躍を楽しみにしている。


それと、もう一つ。最近、王都の北、ダークフォレストで魔物の出現が増えている。近いうちに、騎士団が討伐に向かうことになるだろう。その時、君にも同行してもらいたい。


君の鑑定スキルは、戦闘でも役立つはずだ。敵の弱点を見抜き、最適な戦術を提案してほしい。詳細は、また後日。


レオンハルト』


討伐任務への同行か。戦闘は久しぶりだ。だが、今の俺なら、役に立てるはずだ。


「分かりました。お役に立てるよう頑張ります」


俺は返事の手紙を書き、連絡員に渡した。


こうして、俺の日々はますます忙しくなっていった。


武器商人の仕事、騎士団の仕事、そして鑑定コンテストの準備。そして、討伐任務。


だが、不思議と苦痛ではない。むしろ、充実している。


追放される前は、パーティの荷物持ちのような存在だった。必要とされず、軽視され、居場所がなかった。


だが今は違う。多くの人が俺を必要としている。俺の技術を認めてくれている。


「これが、俺の居場所か......」


夜、星空を見上げながら、俺は静かに微笑んだ。


最弱スキルと呼ばれた鑑定が、俺に新しい人生を与えてくれた。


そして、これからもっと成長していく。


まだ見ぬ高みへ――。

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