名を呼ばれた日、進化が始まった 〜召喚レッサーパンダの魔獣物語〜
@tatu2757
第1話 目を覚ましたら、レッサーパンダだった
光に包まれた。
成人式の会場へ向かう途中だった。
仲間と五人、笑いながら歩いていた、そのはずだった。
次の瞬間、足元が抜ける感覚。
「え――」
誰かの声が聞こえた気がする。
だが、その声は途中で途切れ、意識が遠ざかった。
⸻
意識が、ゆっくりと浮上する。
眠っていたのか。
落ちていたのか。
時間の感覚が、曖昧だった。
背中に、冷たい感触。
ニコは、ゆっくりと目を開けた。
まず、天井がやけに高い。
次に、床が冷たい。
そして何より――体が、軽い。
起き上がろうとして、自分の前足が視界に入った。
黒と茶色の毛に覆われた、丸っこい前足。
短い爪。
柔らかな肉球。
「……?」
立ち上がろうとして、ふらつく。
バランス感覚が、明らかにおかしい。
後ろを振り返り、自分の姿を確認して、理解した。
「……レッサーパンダ?」
疑問形なのは、他に言いようがなかった。
赤茶色の体毛。
縞模様の太い尻尾。
どう見ても、動物園で見たことのある、あの動物だ。
混乱しながら、周囲を見る。
石造りの壁。
無骨な柱。
重厚で、古めかしい空間。
(……王城?)
そんな言葉が、自然と浮かんだ。
視線の先に、黒い鉄の格子が並んでいる。
(……装飾?)
豪奢ではないが、威厳はある。
格式を重んじる城なら、ありえなくもない。
そう考えた、そのときだった。
視線が、合った。
身長二メートル以上はあろうかという、筋骨隆々の魔物。
灰色の肌に、突き出た牙。
オーガだ。
その横には、緑色の小柄な魔物。
尖った耳に、ずる賢そうな目。
ゴブリン。
「……定番すぎないか?」
思わず口に出た。
オーガが眉をひそめる。
ゴブリンが、ぎょっとした顔でこちらを見る。
「おい、今……喋ったか?」
ゴブリンが言った。
「喋ったな意味は分からんが……声だな」
オーガが頷く。
「当たり前です。意思疎通できない方が問題です。」
自分で言っておいて、少し落ち着いた。
少なくとも、理性も言語能力も残っている。
(オーガの王様、でかいな)
ニコは真顔でそう思った。
(ゴブリンの側近? 従者?)
(この二人が王様と側近……に見えるのは気のせいか?)
二体とも、玉座には座っていない。
だが、“立って迎える王”という解釈もできなくはない。
自然と納得してしまう。
(まずは、礼儀だ)
ニコは背筋を伸ばした。
「先ほどの無礼申し訳ありませんでした。
改めて突然の召喚、感謝いたします。」
静かに、頭を下げる。
巨大な影が、わずかに首を傾げた。
緑色の存在が、目を見開く。
声は返ってこない。
(……声は聞こえている。でも、意味まで分かるのは……俺だけ?)
言葉が違うのか。
それとも、試されているのか。
そう考えた、そのとき。
「おい」
荒い声が響いた。
通路の奥から、足音。
革靴。
金属の鳴る音。
現れたのは、人間だった。
制服姿。
だが、王族の威厳はない。
(……あ)
(この人が、本当の王様か)
ニコは、今度は深々と頭を下げた。
「お目にかかれて光栄です。
召喚の意図をお聞かせ願えますか」
沈黙。
数秒。
「……は?」
男――アレンは、完全に間の抜けた声を出した。
「何言ってんだ、こいつ」
ニコは顔を上げ、違和感を覚える。
(……あれ?)
声が軽すぎる。
態度が雑すぎる。
「ここ、どこだと思ってる?」
「王城、では?」
その瞬間。
向かいの巨大な影が、低く息を漏らした。
緑色の存在の肩が、小刻みに揺れる。
「……ッ」
笑いを堪えている。
アレンは額に手を当てた。
「……あー。
お前、新入りだな」
そう言って、鉄格子を叩く。
「ここはフェルナ園。
魔獣の檻だ」
一瞬、理解が追いつかなかった。
(……檻?)
改めて、周囲を見る。
鉄格子。
石床。
鍵。
(……檻だ)
膝から、力が抜けた。
向かいの二体が、こちらを見る。
巨大な方が、低く唸る。
「……声は聞こえるが、意味は分からん」
緑色の方が、肩をすくめる。
「変な鳴き方する魔獣だな」
ニコは、息を呑んだ。
(……違う)
(今の、普通に聞こえた)
やっぱり通じている。
意味まで、はっきりと。
だが、彼らの反応を見る限り、
こちらの言葉は届いていない。
(……俺だけ?)
そのとき、アレンがゴブリンの檻の札を書き換えながら言った。
「危険度、低……いや、まだ分からんな」
その手元を見て、ニコは思わず声を上げた。
「待ってください」
アレンが顔を上げる。
「ん?」
「そこの檻、鍵のかけ方が甘いです」
一瞬、間があった。
「……は?」
「隣が大型魔獣です。
衝撃で歪めば、三回で外れます」
巨大な魔獣が、感心したように唸る。
「……細かいな」
ニコは当然のように答えた。
「当然です」
アレンは頭を掻き、ため息をつく。
「……まぁ、言われてみれば」
鍵を掛け直しながら、こちらを見る。
「お前、人の言葉、分かるのか?」
「そのようです」
アレンが吹き出した。
「はは、面白いな。
お前、名前は?」
「ニコです」
咄嗟に出た言葉に驚くニコ
(かつてTikTikに投稿していた、あのレッサーパンダキャラの名前だ……)。
その名を口にした瞬間、
自分の姿に納得した。
名を呼ばれた日、進化が始まった 〜召喚レッサーパンダの魔獣物語〜 @tatu2757
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