全滅イベントを華麗に回避したらパーティ全員曇った。俺が頑張って最強になれば安心させられるからヨシ!

いる科

第一話「全滅イベント」

 ──それは、いつもの日常だった。

 

「ふぅ、今日もいい汗かいたな……」


 日課の素振りを終え、心地よい疲労感と共に貸し切り状態の宿舎──その扉を開ける。

 温かい仲間たちの出迎え。

 そんな安らぎを期待して──。


「あ゛あ゛あ゛……」


 ──扉の向こうに立っていたのは、安らぎとは対極にあるモノだった。

 腐乱死体。

 眼球が零れ落ち、筋肉繊維が剥き出しになった、生理的嫌悪の塊だ。


「うわぁ……ッ!!?」


 腰を抜かしかけた俺を見て、そのゾンビがニヤリと──人間臭く笑う。

 くそっ、またやられた!

 わかってるのに何で毎回こうなっちまうんだ。ちくしょう……!


「ピ、ピルカ……お前なぁ!! 変身魔法で脅かすのはやめてくれって言っただろ……!」

「あはっ♡ オルちゃん、いっつも同じ手に引っかかって恥ずかしくないの~? ざぁ~こ♡」


 ぼんっ、と間の抜けた音と共に白煙が弾け、グロテスクな怪物が愛らしい少女へと早変わりする。

 銀色のハーフツインテール、小生意気な赤い瞳。

 ぱっと見の外見年齢は十三歳、十四歳頃といった風体だが──。

 詳しい年齢は定かじゃないが、こう見えて実は百年以上生きているというのだから驚きだ。


 ゴシック調の装束をひらひらとさせながら、少女──ピルカは舌を出して煽ってきた。


「だってぇ、ついからかいたくなっちゃうんだもーん♡ その学習能力のなさも、もしかしたら才能のうちなんじゃないかなぁ~? あはっ♡」

「言わせておけばこいつ!」

「わっ、野蛮! 暴力反対〜!」


 俺が手を伸ばすと、ピルカは脱兎のごとく逃げ出した。

 ピルカの逃げ足は一級品だ。

 廊下を曲がり階段を駆け上がりながらぴょこぴょことツインテールを揺らし、キャッキャと笑い声を上げている。


「きゃー♡ こわーい! 助けて~! 男の人に襲われちゃってま~す!」

「……人聞きの悪いことを叫ぶんじゃない!」


 まったく、と溜息をつきつつ追いかける。

 曲がり角を抜けた先、行き止まりの窓際にぽつんと小さな箱が置かれていた。

 ピルカの姿はない。


『ぷれぜんと♡ ざこざこオルちゃんへ』


 ふざけた字でそう書かれた箱。

 また何かの罠か? 箱を開けた瞬間に爆発して、小麦粉まみれになるとか……。

 うわぁ、如何にもアイツの考えそうなことだ。

 でも開けずに拗ねられる方が困るしな……。


「えっ」


 警戒しながらそっと蓋を開けると、その中に入っていたのは綺麗にラッピングされたクッキーだった。

 少し焼きムラがある、動物や剣の形を模した手作りの焼き菓子だ。

 甘い香りがふわりと漂って、修練ですっかり空になった腹を心地よく刺激してくる。


 ……あー……確か、甘いもん食べたいって言ったなぁ俺……。


 にしても、イタズラのついでに置いていくあたりが実にあいつらしい。

 直接渡せばいいものを、器用なんだか不器用なんだか分かりゃしない。


 でも、悔しいけど、口元が緩むのを止められなかった。

 嬉しいよ、そりゃあさ。


 リビングに移動して、ピルカのクッキーを口に放り込む。

 サクッとした食感と、素朴な甘さが広がる。

 ……うん、美味い。


 これをあいつが作ったっていうんだから感動だ。

 なんか泣けてきたよ俺、父親でもないのに。


「──今日の君の剣捌き、なかなか上出来だったよ」


 向かいのソファで脚を組みながら、俺の剣の師匠──ケルネラが胸を張る。

 金髪のショートウルフ、凛々しい軍服姿。

 一見美少年に見えなくもないが、れっきとした女の子だ。

 いや、年上だし女の子って言うのは舐めてるみたいで良くないか……?


 腰の直剣を得意げに撫でているが──その指先に今日作ったばかりの小さな切り傷があるのを、俺は見逃さなかった。

 俺に見栄を張るために裏でどれだけ泥臭い特訓をしているのか、正直想像もつかない。


「このボクが褒めてあげよう」

「いやあ、師匠にはまだまだ敵いませんが。でも嬉しいです、ありがとうございます」

「そうだろうそうだろう! だから……えっと、その……」


 師匠は組んでいた脚を解き、モジモジと上目遣いで俺を見てくる。

 俺は苦笑して、その黄金色の髪に手を伸ばした。


「こ、こら……ボクは師匠なんだぞー……? あうぅ……」

 

 前髪が崩れないように優しく撫でてやると、威厳のある態度は瞬時に崩壊した。

 口では抗議しつつも──目はトロンととろけて、されるがままになっている。

 努力家で、見栄っ張りで、甘えたがりなお師匠様。

 あー可愛い。癒される……。


「でも強がって傷を隠すのはダメですよ師匠。心配になるので。ピルカに診てもらってくださいね」

「あ、バレた……? やっぱり凄いね、キミ以外は気づかないよ……」


 むしろ何でバレないと思ってるんだろう。この師匠は。


「オルタくん、おかえりなさい。お茶が入りましたよ。今日はハーブを多めにしてみたんです。疲れに効くと思って」

「いつもありがとうな、ティアリ」

「好きでやっていることですから」

「それが、ありがたいんだ」

「ふふっ……私も、それが嬉しいです」

「──そうか」


 控えめにカップを差し出してくるのはティアリ。俺の幼馴染だ。

 桃色の三つ編みハーフアップにアレンジした長い髪が、夕日に透けて輝いている。

 彼女はいつも俺の体調を一番に気遣ってくれる、欠点がどこにも見当たらないくらいの良い子だ。

 ……ちなみに、好きだ。いつか然るべき時が来たら告ろうと思う。いつか。


 ……ああ、幸せだ。


 俺には特別な力はないけれど。

 この温かい場所を守れるなら、俺はなんだってできる。

 ずっと、こんな日が続けばいい。

 明日も、明後日も、その先も──。

 俺たち一級冒険者小隊パーティ『黄昏』は、この日常を守っていくんだ。


「──がい」


 ふと、いつの間にか目の前にいたピルカの顔が歪んだ。

 何かを言おうとして、唇を震わせている。

 ピルカは甘え下手なとこがあって、悪夢を見た後なんかはたまにこういう顔をする。

 俺から「どうした?」って聞いてやれば素直に話すから、そう声をかけようとして──。

 

 なぜか声が、出なかった。

 ああ、喉が渇いてるんだ。お茶を、飲まないと。

 ……あれ。お茶は、どこだ? 

 ティアリも、師匠も、いない。どこに……。


「──ねがい」


 遠い。

 ピルカ、頼む。いつもみたいに、もっとハッキリ喋ってくれないか。

 なんでか分からないけど、水の中にいるみたいに、ぼんやりとしか聞こえないんだ。


「おねがい」


 おねがい? いやあ……。でもな。

 ピルカのお願いを二つ返事で聞くと、ろくな事がないからなんとも──。


「──しなないで」


 え?

 何を、言って──。



 ──バチュンッ!!



 刹那。鼓膜を破るような炸裂音で、世界が裏返った。

 何だ? これは。

 これは、何だ?


 オレンジ色の暖かな光は消え失せて。

 視界を埋め尽くすのは、目に悪い黒と赤。


 鼻を突くのはハーブティーの香りじゃあない。

 鉄錆のような血の臭いと、肉が焦げる嫌な臭いだ。


 ……ここは、どこ……だ?


「ふーーっ……! ふーーっ……! ボクが……ッ、絶対、守る……ッ!」

「許さない……許さないっ!! よくも、よくも私のオルタくんを……ッ!! ぁああっ……!! クソ野郎、殺してやるッ!!」


 師匠──ケルネラは血反吐を吐きながらも剣を構え、ティアリは髪を振り乱して殺意の魔力を練り上げている。

 だが、その激情すらも嘲笑うかのように──怪物はただ、愉悦に歪んだ瞳で見下ろしている。

 これ、は。こいつは。これまで出会ったどんな魔物、どんな敵よりも、遥かに──。


「あ……ぁ、ぁっ……オル、ちゃ……っ」


 ああ、そうだ。思い、出した。

 俺たちは襲われたんだ。


 いつものように掃討依頼を受けて、いつものように危険指定区域ダンジョンに来て……。


 それで。ええと。

 そうだ、確か、ピルカ目がけて何か攻撃が来たから、突き飛ばして──。

 それで……。


 ──とにかく、呆けてる暇はない……っ!!

 俺も……俺も、戦わないと。皆を守らないと。

 なの、に……なんだろう。から、だが。


「あ、ああっ……オルちゃん、オルちゃん……っっ! もう、もうワガママ言わないからぁっ!! イタズラもしないから、おねがい! おねがいっ……!!」


 ピルカは俺にすがりついて、なりふり構わず回復魔法をかけ続けてくれている。

 いつもの小生意気な笑顔は見る影もない。

 恐怖と絶望で顔を引きつらせ、子供のように泣きじゃくっている。


 そんな顔、するなよ。

 ……似合わないよ、ピルカ。

 いつもみたいに、俺を煽りながら治療してくれればいいじゃないか。

 それで前線復帰だ。いつもみたいに、暴れてやろうぜ。


「死なないでぇえっ……!!!!」


 ──すぐそこにいるはずのピルカの絶叫が、遠く聞こえる。

 よく見ると、彼女の小さな手が俺の血で真っ赤に染まっていた。


 ……っ。


 ──俺の、血だ。良かった。

 ピルカが怪我したわけじゃない。

 でも、あれ……血って、こんなに出ていいモンだっけ。

 

 て、いうか。

 ピルカが治療してくれてるなら……なんで、血が……?

 ピルカの回復魔法の腕は超一流だ。失くした腕を生やす事さえできる。

 こんなに時間がかかるはずがない。


 そもそも、なんで俺はピルカを庇った?

 なんで今、怪我してないかの心配をした?


 ピルカは自身に常時回復魔法をかけている。俺が庇う必要のあるほど、やわな子じゃない。

 そうだ、なんか、なんか──嫌な予感がしたんだ。

 化け物に奇襲されることが分かったわけじゃない。

 なんとなく、そう、本当になんとなく「ヤバい」と思ったんだ。


 だとしたら、待て、待て。冗談じゃあないぞ……ッ!!

 それなら、代わりに攻撃を食らった俺は……ッ!!


 俺は自分の体を確認しようとして──息を呑んだ。


「──あ゛?」


 腰から下が、ミンチになっていた。

 骨も肉も内臓も、一緒くたに混ぜ返されて──。


 己に起きている事態を理解した、その瞬間。

 遅れてやってきた地獄のような痛みが、俺の意識を真っ白に染め上げた。


「ぁ゛あ゛あ゛っ……゛!!!!」


「オルちゃんっ!!? オルちゃん……っ!! しっかり、しっかりしてぇ……っ!!」


 喉が裂けるほどの絶叫。これ、は。俺が、叫んでいるのか。

 熱い。痛い。痛い。痛い。なにも、かんがえ、られない。


「ぴ、る……たす、け──ぇ」


「たす、ける……たすける、から、ぁ……っ!! おね、がいっ、効いて、効いてよぉおお゛……っ゛!!!」


 あ、あ。いや、だ。こわい。こわい、よ。

 おとう、さん、おかあ、さ。


 死に、た、く……。死に…………。

 死死死死死死死死死──。


 死。


 ──発狂。限界を超えた負荷が、俺の脳の奥にある蓋を極彩色に焼き切って。

 その先にあったモノは──。 


「……ぁ? なん、ぁ、これ。……げぇ、ム? ニッポ……日本……。って。なん……?」


「やだ……やだやだッ!! 壊れないでぇ……ッ!!」


 違うよ。ピルカ……。

 俺は、壊れてない。心配させてごめんな……。

 ただ……。ただ、思い出した、だけなんだ。


 ああ、なんだ……。


 そういう、ことか……。

 そうだった、のか。


「は……はは……」


 乾いた笑いが、思わず溢れる。

 いや、これは嗤いだ。

 今の今まで、この死の間際になるまで、己の事さえ何もわかっていなかった自分への。


 唐突に、理解した。

 今まで生きてきて、何度か感じてきた既視感。

 知らないはずの知識が、ふとした瞬間に脳裏をよぎる未来予知のような現象。

 その正体が、今ハッキリと像を結んだ。


 俺はこの光景を知っている。

 この絶望的な状況も、目の前のバケモノの名前も、全部全部──全部知っている。


 ここは、ゲームの中だ。

 ダークファンタジーオンラインアクションRPG『アーク・オブ・ディスパニア』の世界だ。

 鬱ゲーの代名詞『AoD』として……そして対人要素のバランスが神だったことから、カルト的な人気を博した異色の作品。


 そして、このシーンは。

 ゲーム開始直後、世界観をプレイヤーに分からせるためのプロローグ・ムービー。

 名前も出ないようなモブパーティが、ラスボス級の怪物に遭遇し、なすすべなく惨殺されるイベントだ。


 俺には前世があった。

 このゲームを一万時間以上やり込んだ廃プレイヤーとしての記憶がたった今、蘇ったのだ。

 ストーリーは全部スキップして周回マルチプレイばかりしていた俺だが、プロローグ・ムービーだけは飛ばせない。

 だからこのくそったれた光景を知っている。その意味も。


 圧倒的な力の差。

 慈悲のない殺戮。

 この世界がいかに残酷で救いようがないかを示すための、ただの演出。

 脚本家の都合。


 俺たちは、そのための『噛ませ犬』だったんだ。

 ここで死ぬ運命だ。


 なんて、くだらない。

 ……くだらない……くだらない話だ。


「ピル、カ……安心、しろ。生きて……る……」


「オル、ちゃん……!! よかっ……で、でも、でもぉ……ッ!! 治らないの!! ごべ、なざ……っ!!」


 沸騰していた思考が急速に冷えていく。

 痛みという情報を、脳の処理の外へ追いやる。

 そうすれば、こんな痛みはないのと同じだ。


 自分の脳くらい、騙してみせろ。

 廃ゲーマーとしてのプライドで、思考を回せ──。


 状況を、確認する。

 敵は【深淵竜ジョルジュ・ネクラ】。

 特級災害に数えられる……最上級モンスターの一柱だ。

 一級冒険者が勝てる相手じゃない。

 仮にまともにやり合うとするなら、カンストしてるセーブデータでようやくトントンだ。


 あと一分足らずで、奴は広範囲殲滅魔法を放つ。

 そうなれば、俺たちは塵一つ残らず蒸発する。


 ──そんなこと、させてたまるか。


「火元素の回復魔法は、効か、な、い……。闇の元素を、使って……阻害、されてる……から、だ」


 俺は掠れた声で告げた。

 喉から血が溢れる。


「闇元素の攻撃、には、光元素、で──中和、を」


「ひか、り……? そんなの、ピルカ、神聖魔法なんて使えない゛……ッ!!」


 ピルカが泣き叫ぶ。

 ごめんなさい、ごめんなさい、と繰り返しながら。

 自分が無力なせいで俺が死ぬのだと、自分を責めている。


 でも、大丈夫だ。

 そうはならない。ならないんだよ、ピルカ。

 だから、安心してくれ。俺の言葉を聞くんだ。


「【フラッシュ】、だ。……生活魔法、つかえる、だろ」

「えっ……?」

「微量、だが。同時に、発動すれば……多少、元素が混じる……はずだ。お前の、技術なら……それ、で十分に……」


 『AoD』の判定システムには、同時発動した魔法の元素属性を合成して計算する仕様バグがある。

 ゲームどうこうを説明している時間はない。

 俺を丸ごと信じてもらう以外にない。


 一瞬の戸惑い。

 だが、ピルカは唇を噛み締めて俺の指示通りに術式を編み変えた。

 発動したのは、ただの暗闇を照らすだけの魔法。

 だが、その微かな光の粒子が、治癒の奔流に混ざり込んだ瞬間──。


 ジュワアアアッ……!! と音を立てて。

 傷口を覆っていた漆黒の瘴気が、聖なる光に焼かれて悲鳴を上げた。

 無理やりこじ開けられた通り道へ、再生の炎が雪崩れ込み──。

 失われた肉体が取り戻される。


「よし……ピルカ、よくやって、くれた……。いい子、だ」

「オル、ちゃん……?」

「そこ、で……待ってろ」


 ──ギリギリ、動ける。これ以上回復を貰っている余裕は……残念ながら、ない。


 ベチャリ、グズリ、と。

 俺が動くたびに、体の中身がこぼれ落ちそうな湿った音が鳴る。

 ピルカがヒッ、と息を呑んだ。


 砕けた骨が筋肉に食い込み、傷口から新たな鮮血が噴水のように噴き出す。

 それでも俺は、血だまりに手を突き、出来損ないの身体をねじり起こした。

 腕は感覚がなく、千切れかけた肉の皮一枚で繋がっているだけだ。


 だが、動かせる。

 魔法で無理やり──動かせる。

 俺の持つ元素は雷。そして、人体は電気で動く。切れた神経の代わりに電流を流し込む。


 ゲーム以外の知識も役に立つとは。

 ──俺は、運が良いな。


「だ、ダメ!! 無理しちゃダメッ……!!」

「ぐ……人生、無理のしどころってのぁ゛……ある、もんだ。……ピルカ、どれくらい、俺は寝てた……?」

「さ……三十秒くらい、だと……思う」

「なら、タイムリミットは後十秒くらいか……」


 あのムービーの内容は完璧に覚えている。

 アカウントを増やそうと思うと嫌でも見させられるからだ。


 俺はふらつく足で前に出た。

 視線の先では、ケルネラ師匠とティアリがボロボロになりながらも、必死で武器を振るっている。


 師匠の剣技は、アダマンタイトさえ斬り伏せる水刃を纏って自在に放つ、神業の如き剣閃。

 ティアリの放つ風魔法は、防御を穿ち内側から徹底的に切り裂く不可視の死神。

 そこらのモンスター相手なら、とっくに百体分は肉塊へと変えているはずの猛攻だ。


 だが──通用していない。

 斬り裂かれた傷口が瞬きの間に再生し、焼け焦げた鱗は即座に修復されていく。


「はぁ……ッ! はぁ……ッ!」

「また、再生……っ!?」

「ピルカと同じか……! 再生する度に魔力も体力も消耗しているはずだ……っ!! ボクと畳みかけるぞ」

「わかり、ました……ッ!! ケルネラ様……!」


 違う。微塵も消耗なんざしていない。

 アレにはピルカとは全く異なるからくりがある。

 概念として、『不死』の状態を持っているんだ。

 ティアリとケルネラがいくら攻撃をしたとしても……何もしていないのと同じだ。


「……下が、れ。二人とも」

「オ、オルタ!? バカ、動くな!!」

「オルタくん……っ、ダメです、ここは私が……ッ!」


 ……ダメだ。

 ピルカのように説得する時間がない。それに彼女らは責任感が強い。

 こんな状態の俺に任せて下がる選択肢など、絶対に選べないだろう。


 リスクを承知で仕方なく前に出た──その瞬間。

 師匠が剣先から放った水刃の流れ弾が、俺の横腹を抉り飛ばした。


「──ぇ?」


 その声は、師匠のものだ。

 ……あー……内臓が半分くらい消し飛んだ気がする。


「お、る」

「オルタ、くん……?」


 ──だが、このくらい構うものか。むしろ今ので二人の攻撃が沈黙した。この方がやりやすい。


 気にするなよ、師匠。勝手してるのは俺の方なんだから。

 心配するな、ティアリ。俺がなんとかしてやる。


 俺は立ち尽くす二人を視界から外して──手印を結び、詠唱を始めた。


「〈久遠〉〈星穹〉──〈暗き泥濘〉」


 魔力はほとんど残っていない。

 奇襲を食らったときに、ごっそりイカれてしまったらしい。

 手印と詠唱式を知っていようとも、この古代魔法を発動するには──魔力が足りない。

 まるでそれを分かっているかのように、【深淵竜ジョルジュ・ネクラ】はケタケタと嗤った。


「……なめる、なよ。俺は、お前を──」


 前世の記憶が、怒りと共に燃え上がる。

 無数の周回プレイの記憶。

 画面越しで、何度も何度も倒してきた敵。


「──軽く……一万回は殺してる」


 魔力がないのなら代償を払えばいい。

 仲間を守るためなら、なんだってできる。

 ──身体の一部くらい、くれてやる。


 まだだ。手印、詠唱、術式と魔力──それらは前提条件に過ぎない。

 魔法を成功させるためにはイメージが必要だ。

 自分が成功するという絶対的なイメージを、疑ってはいけない。


 だから、初めて使う魔法を成功させられる魔導士は少ない。

 術式の理解は足りているのに、修練が足りないだとか経験が足りないだとか──そんな高尚な自覚が足を引っ張る。


 ──はッ。何言ってんだ。

 魔法なんて、コマンド押すだけだろうが……!!


「術式解放──【無永封陣エターナル・プリズン】……ッ!」


 完成した術式が、深淵を飲み込むかのようにして展開される。

 このゲームにおける、最高レベルの──この世の誰にも伝わることなく失われた、古代魔法。


 不完全な魔力の代償として、俺の右目と左足が──黒い粒子となって弾け飛ぶ。

 同時──虚空に亀裂が走り、そこから無数のどす黒い鎖が現出した。

 巨大な竜の四肢を、翼を、顎を──鋼鉄の蛇が如く縛り上げる。

 鎖は空間そのものをきしませながら、絶対的な捕食者を彼方の亜空間へと引きずり込んでいく。


 ──封印魔法。『不死』にはこれが一番効く。


 ……いい。

 これで、いい。これで──。

 これで、明日も……皆と一緒にいられる。


 封印を見届けた瞬間。

 プツン、と。

 繋ぎ止められていた船の錨が切れるようにして──俺の意識は、音のない暗闇へと沈んでいった。


「オルちゃん!! やだ、やだああっ!! 置いて行かないで……ッ!!」

「お、い? オルタ……。冗談、だろ……? ──こんなの、悪い、夢だ。そうだ。……夢に、決まって」

「オルタくん……ッ! ああああああっ、いやぁぁ……ッ!!」


 ──最後に聞こえたのは、世界で一番大切な……三人の泣き叫ぶ声だった。




 ■ ■ ■


 俺が目を覚ましたのは、その一ヶ月後だった。

 場所はいつもの宿舎の俺の部屋。

 魔力回路の焼き付きによる昏睡状態だったらしい。


 視界の右半分が真っ暗で、左足の膝から下が軽くなっていた。

 だが、代償に捧げた部位以外は綺麗に治っているようだ。


 生きている。

 五体満足とはいかないが、あの状況から全員生還できたなら上々だろう。

 全滅イベントを見事、華麗に回避して一件落着──といきたいところだが。


 ……どうやら、そう簡単にはいかないらしい。


 なんか重い。重いのだ。

 蜜を煮詰めたような甘ったるさと、不健全な重苦しさが同居している。

 その発生源の一人が、俺の枕元でニコニコと笑っていた。


「おはようございます、オルタくん。──ああ、起き上がってはダメですよ? ずっと寝ていていいんですから」

「いや……ずっとは困るだろ……」

「困りません。お着替えも、ご飯も、お手洗いも。私がぜんぶ、ぜーんぶ、お世話しますから。はい、おてて万歳してください。ばんざーい」

「俺は子どもじゃないぞ」

「子ども……そうですね。えへへ……二人は欲しいです。男の子でも、女の子でも、オルタくんの子ならきっと世界一可愛いですね。きっと、家を建てましょう。そこでいつまでもいつまでも、皆で暮らすんです」


 焦点の合わない瞳で、彼女は幸せそうに呟く。

 その笑顔は、能面のように美しく張り付いていて──瞬き一つしていなかった。

 ああダメだ。妄想の世界に飛んでいらっしゃる。


 てか子ども欲しいって何?

 ティアリ、お前俺のことそういう目で見てたのか。

 まあ俺もそういう目で見てたし、『いつか告る』を五年以上先延ばしにしてきている身だけれども。

 ……ここまで直球にラブを食らうと、なんかこう。

 フラれるのを怖がって遠回しに好意を伝えてきた俺がバカみたいだな……。


 とにかく、トリップしてる今のうちに退散だ。

 逃げるようにして、強引にベッドから身体を下ろして──。

 当然、あるはずの左足がないためバランスが崩れる。


 ……しまった。前世の俺にも身体欠損の経験はない。

 床に倒れ込みそうになった、その時だった。


 ガシッ、と。

 俺が倒れる側に、小さな体が入り込んだ。

 ピルカだ。彼女は俺の腋の下に潜り込み、失われた左足の代わりとなるように、その身で俺を支えてくれたのだ。


「悪い、助かった」

「なお、らない……。なおらない……っ。ごめんなさい、ごめんなさい……っ。役立たずで、ごめんなざいっ……! 捨て、捨てない、でぇ……っ」


 礼を言う俺の声は、彼女には届いていない。

 ピルカは俺を支えたまま、俺の左足があるべき空間に手をかざし、涙を流しながら回復魔法をかけ続けている。

 その体は小刻みに震えていた。

 当然、この回復魔法に意味はない。魔法の代償として捧げたモノだから、再生することは絶対にない。


「足なんて別にいい。お前らが無事でよかった」

「……っ。ぁ、あ……ぅ……」


 そして。


「許してやってくれたまえよ、オルタ。本当に凄惨な経験だったからね……。だがきっと、時間が心の傷を癒してくれるさ」

「……師匠」

「キミも今は、ゆっくり療養するといい。君自身の心の傷を癒すためにも……そして、彼女らを心配させないためにもね」

「……そうですね」


 なんだ普通じゃん! と安心しただろうか?

 だが師匠も、どこか様子がおかしい。

 話しているとき以外、ずっと自分の手を見つめているのだが──目が笑っていない。

 とはいえ。話してくれない事には、何も分かりゃしない。


 とにかく総じて……。

 うーん、なるほど。これはどうやら、皆を心配させすぎてしまったらしい。

 これは申し訳ないことをしたな……。


 だが、そういう事なら全く問題はない。

 足や目なんぞなくとも、この脳に詰まった知識があればすぐに強くなれる。

 小隊パーティへの復帰もそう遠くはないだろう。


 さしあたっては、今後の身の振り方を伝えて安心させてやらなければ。


「……みんな、心配かけて本当に悪かったな。だが、そう心配するな! あまり引きずられても今後に支障をきたす……。だから、未来の話をしよう」

「オ、オルタ……」

「オルちゃん……」

「それで、これからのことなんだが──俺は、剣士をやめようと思う」


 片目片足の剣士なんて、足手まといにしかならないからだ。

 これからは、前世の知識を活かした魔導士として生きていく。


 ……俺は極めて前向きな、合理的な提案をしたつもりだった。


「…………え……?」


 瞬間。

 部屋の空気が凍りつき──師匠の顔から、表情が抜け落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る