第10話 お祓い②

「東地先生。お待たせしました」


信者を従えて社務所前まで来た清人は、満面の笑みで挨拶をした。

東地は軽く会釈し、穏やかな声で応じる。


「いえ。僕も先ほど来たところです」


宮司の松川が清人に挨拶をし、御神木の場所へ案内する。

白衣の列が朝の光の中を進み、東地と点野もその後に続いた。


「なるほど……これは凄いね」


松川がブルーシートを外す。

御神木と一体化した若い男性の遺体――。


その光景を目にし、信者たちが息を呑み、小さな悲鳴を洩らした。

人であったものが木に取り込まれ、根と肉が一体となった姿など、

正視できるものではない。


だが清人は違った。

驚きも悲しみもなく――ただ、恍惚とした笑みを浮かべていた。

まるで、これこそが神の奇跡であるかのように。


東地はほんの一瞬、眉を寄せる。

視線で点野に合図を送ると、点野も苦い表情で頷いた。


清人の指示で、御神木の前に祭壇が組まれ始める。

白装束の信者たちが手際よく木枠を立て、香と榊を並べていく。


松川は不安げにその様子を見つめた。


「どんなお祓いをするんだろうね」

「さあ。僕も拝見するのは初めてです」

「……私は、ここにいてもいいのかな?」


東地は頷き、柔らかく言った。

「ええ。むしろ、あなたのお力をお貸しください」


そして点野へ視線を向ける。


「点野君、松川さんの隣に。

清人さんには神社関係者の立会人だと伝えてあります」


「なるほど。了解」


やがて準備が整う。

清人は椅子に腰を下ろし、ゆっくりと深呼吸した。


「では――始めます」


その声に合わせ、周囲の空気が張り詰める。


清人が口を開く。


「高天原に神留まり坐す

皇が親神漏岐神漏美の命以て八百万神等を……」


大祓詞が響き出した瞬間、清人の胸元で天眼石が淡く光り始めた。

やがて脈動を帯び、まばゆい閃光となって周囲を照らす。


「……おおっ」


信者たちからどよめきが上がる。


東地は微動だにせず、ただ男の手の動きと息のリズムを見つめていた。

――この瞬間を見誤れば、すべてが水泡に帰す。


「嫌なオーラだな……」


点野が、声にならない声で呟く。

彼には見えていた。

幾重にも重なった苦しみの魂が、天眼石に吸い込まれていく光景が。


それは“祓い”ではない。浄化ではなく、吸収。


清人の力の正体は――他者の穢れを喰らうことだった。

積み上がる魂の残滓が力の源となり、さらに呪いを呼び込む。


光はやがて、御神木を包んでいた禍々しい瘴気を飲み込み始めた。

外から見れば“浄めている”ようにしか見えない。

だが実際には――喰っている。


「奇跡だ……!」

「神技だ!」


信者たちが歓喜の声を上げた。


清人が東地を振り向く。


「東地先生。僕が浄化を行います。

目の前の天眼石から逃げ出さないように、呪縛の術を掛けて

――その箱に封じてください」


「承知いたしました」


東地は黒曜石の数珠を広げ、祝詞を唱え始めた。

禍々しいオーラを放つ天眼石が、数珠の輪に絡め取られる。


石が抵抗するように震え、唸りを上げた。


「鎮まれ――」


低い声と共に光が収束し、石は桐の箱の中へ封じられた。


清人が立ち上がり、御神木へ歩み寄る。

その手が幹に触れた瞬間――


バキッ、バキバキッ。


木の裂ける音が響き、御神木が真っ二つに割れた。

周囲に悲鳴が上がり、信者たちが後ずさる。

巨木はゆっくりと倒れ、土煙を巻き上げた。


「御神木が……!」

「倒れたぞ! 奇跡だ! 神の御業だ!」


歓声が湧く中、清人は口角を吊り上げ、うっとりと目を細める。


――これが、僕の力だ。


割れた幹の中から、但馬涼太郎の遺体が姿を現した。

清人はその体へ手を伸ばし、指先でそっと触れた。


パリン――。


鋭い音を立てて、清人の胸の天眼石が砕け散った。


「……うっ!」


「清人様っ!?」


清人が胸を押さえ、地に崩れ落ちる。

信者たちが悲鳴を上げて駆け寄った。


その混乱の中で、東地は静かに息を整えた。


「さて――本番はここからですね」


囁くと同時に、東地の足元で仕込んでいた人型が光を放った。

まばゆい糸が伸び、清人の魂を絡め取るように結びついていく。


「点野君」


「了解」


点野が掌をかざし、清人に絡まる無数の“縁の糸”を掴む。

そのまま地を裂くように黄泉への門を開いた。


風が渦を巻き、砂が舞い上がる。

清人の身体が震え、魂が引きずられるように浮かび上がった。


「いってらっしゃい」


点野の低い声が、黄泉の門へ吸い込まれていった。

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