第9話 教祖と名乗る男⑤
東地は自らの身体へ意識を戻し、ゆっくりと目を開いた。
視界に映るのは、病室のベッドで静かに眠る古川。
その向こうには点野、そして少し離れた場所で羽生が椅子に腰掛け、
こちらを見つめている。
「点野君、ありがとうございます。……戻りました」
「うん。古川さんと話せた?」
「ええ。とても元気そうでしたよ。
――今の現実を忘れてしまいそうなほどに」
東地は古川の寝顔を見つめながら呟いた。
「でも、そろそろ戻さないと、戻れなくなる」
「そうだね。……明日は頑張らないと」
羽生が腕を組み、低く問う。
「……香奈枝とは話せたのか?」
東地は小さく頷く。
「ええ。短い時間でしたが。二択を示し、香奈枝さんが選んだのは
――自らの手で復讐を果たす道です」
「……そうか」
復讐。
その言葉が落ちた瞬間、空気が一段と重くなった。
羽生は目を伏せ、点野は窓の外へ視線を向け、静かに呼吸を整える。
点野が、いつもの温度で言う。
「――じゃあ明日は、“縁”を間違えずに断ち切らないとね」
点野には見えている。人と人を繋ぐ“糸”。
東地と羽生には見えないが、その糸を結び直すことも、断ち切ることも点野にはできる。
幽界と現世を往還できるのも、彼の力があってこそだ。
「清人が力の媒体にしているのは、首から下げている大きな天眼石のネックレス」
「あの石に数多の“縁”が絡まり、清人自身を中心に渦を巻いてる。
……毛糸玉のように、幾重にも」
点野が淡々と告げると、東地は頷いた。
「明日のお祓いにも、別の天眼石を使うようです。
その中に但馬君を閉じ込め、さらに力を強めようとしている」
「チッ……」
羽生の舌打ちが静かな病室に響く。
怒りはある。だが今は、怒りを振り回している暇がない。
東地は机上で手順を確かめるように、言葉を整える。
「清人がご神木の“浄化”を終える瞬間を狙います。
その時、呪詛返しの術を発動させる。
点野君、あなたはそのタイミングで彼を幽界へ――」
「下ろす、だね。了解。……タイミングがすべてだ」
東地と点野の視線が交わる。
その間で羽生は苛立たしげに髪をかき上げた。
「はぁ……こんな時に何もできねぇ俺は、本当無能だな」
東地は静かに首を振る。
「羽生君が古川さんを診てくれているから、僕たちは動けるんです。
それに――神社や警察との調整でも、ずいぶん助けられました」
「……そんなことくらいしか、俺には出来ることが無いからよ」
「“そんなこと”が出来る人は少ないんですよ。自覚してください」
東地の穏やかな声が、羽生の焦りをわずかに溶かした。
点野が鞄を持ち上げる。
「じゃあ、明日のために体力を温存しよう」
東地も立ち上がる。
「では、羽生君。古川さんをお願いします」
「ああ、任せろ。……お前も無茶すんなよ。点野も」
「ええ、心得てます」
「……通常運転だね」
小さく笑い合い、二人はドアへ向かった。
――だが。
東地は途中で踵を返し、古川の傍へ歩み寄る。
そして自らの手首から天然石のブレスレットを外し、そっと彼女の腕に通した。
「僕との“縁”です。……離れないように」
静かにその手を握る。
眠ったままの指先は、冷たい。
「必ず迎えに来ます。……だから、戻ってきて」
囁きは祈りに近かった。
やがて東地は立ち上がり、点野と共に病室を後にした。
その背中には迷いも恐れもない。
ただ一つ――守るべき“縁”を信じる強さだけがあった。
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