第9話 教祖と名乗る男③
東地は濃紺のスーツに身を包み、浅子の主治医という名目で料亭の個室に同席していた。
テーブルの向かいには政界の重鎮たち。
浅子の隣には前条寺家の家長・忠利が静かに腰掛けている。
その沈黙ひとつで場の温度を支配するような威圧感。
視線を向けられるだけで、背筋が自然と伸びた。
政治家たちがちらりと東地に目をやる。
空気を察して、浅子が柔らかな笑みを添える。
「私の主治医だから、気にしなくても大丈夫ですよ。それより召し上がって」
その一言で緊張が解け、箸の音が静かに響いた。
「東地先生もどうぞ」
「いえ、僕は……」
控えめに断ろうとした、その時。
襖の向こうから、来客を告げる声が響いた。
「清人様がお着きになられました」
その名に、部屋の空気がわずかに揺らぐ。
開かれた襖の向こうから現れたのは、柔らかな笑顔を湛えた男
――前条寺清人。
東地がずっと接触の機会を狙っていた相手だった。
上質なスーツを軽やかに着こなし、肩で揺れるウェーブの髪を後ろで束ねている。首元には大ぶりのストーンネックレス。
切れ長の目が笑い、場の空気を瞬く間に掌握した。
「おお、清人さん。待っていましたよ!」
「先日はパーティ券をたくさんご購入いただき、ありがとうございました」
「いえいえ。父や祖母がお世話になっておりますから」
笑いの裏に漂う、政治と資金の匂い。
――なるほど。今日の会合は、そういう趣旨か。
宗教と政治の癒着など珍しくはない。
だが目の前でそれが“当たり前”として進むのを見せられると、
息苦しさを覚えずにはいられなかった。
やがて清人の視線が、東地を捕らえる。
驚いたように目を細め、口角を上げる。
「おや? 珍しいですね。東地先生じゃないですか。
この席にいるということは……
妹との婚約が決まって、いよいよ前条寺家の仲間入りですか?」
東地は涼しい笑みを返した。
「いえ。本日は浅子様の主治医として同席させていただいています」
「最近体調が悪くてね。今日は念のため先生に一緒に来てもらったの」
「おばあ様、ご無理なさらずに長生きしてください」
「ありがとう。まだまだ現役で頑張るわ」
清人の声には一瞬、本心からの優しさが滲んだ。
その柔らかさが、東地の胸の奥で小さな違和感を揺らす。
――もし、この優しさを誰にでも向けられる男なら。
香奈枝の件は、そもそも起きなかったのではないか。
ふと視線を動かせば、給仕に紛れて点野の姿がある。
東地は内心で息を整え、機会を逃すまいと意識を研ぎ澄ませた。
「そういえば清人さん、神社から大がかりなお祓いを依頼されたとか。
さすがですね、教祖は引っ張りだこだ」
政治家の一人が場を和ませる調子で声を掛ける。
別の男が「それは立派だ!」と笑い、杯を掲げた
清人は一瞬だけ笑顔を崩した。
だがすぐにいつもの表情へ戻る。
「ええ、不可解な事件がありましてね。
若い男性がご神木に“飲み込まれて”しまいまして。
禍々しいオーラに包まれているせいで、遺体が回収できないらしいんです。
警察の要請で、私が浄めることになりました」
――やはり、但馬の件。
東地は表情を変えず、言葉の端を拾う。
“遺体が回収できない”。警察が介入している。
つまり、現場には人の目が多い。
だからこそ――仕掛けるには都合がいい。
「警察から直接とは……流石、信頼が厚い」
「はは。政府関係から頼まれるのは日常茶飯事です。
ただ、今回は少し厄介でしてね。サポートが欲しいくらいなんです」
清人は肩を竦めて笑う。
その芝居がかった仕草の裏に、確かな狡猾さが滲んだ。
「……ああ、そうだ。東地先生はユタの血を引いているとか」
「ええ、まあ」
「お祓いの心得もあると伺っています。
どうです? 明後日、私のサポートをお願いできませんか?」
にこやかに差し伸べられた誘い。
その裏に何が潜んでいるかは測りきれない。
だが東地にとっては、望んでいた好機でもあった。
「清人さんのお祓いを間近で拝見できる機会など滅多にありません。
僕でよければ、ぜひお手伝いさせていただきますよ」
柔らかな笑みの奥で、東地の鼓動が静かに速くなる。
――次に動くのは、こちらだ。
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