第6話 呪物コレクター⑧

「宮司を助けたいんだろ?」


但馬が不意に口を開いた。

笑っている。――けれど、その目には体温がない。

ガラスみたいに澄んで、どこにも繋がっていない。


「呪いを移すには依り代が要る。……あんた、代わりになる気はあるか?」


言葉が、喉の奥に刺さった。

頷いたら、次の瞬間に何が起きるか――想像できてしまう。

想像できるからこそ、呼吸が詰まって、声が出ない。


「な?」


但馬は薄く笑い、煙みたいに囁いた。


「関係ねぇ他人のために、自分の命を差し出せる奴なんざ、いやしねぇよ」


――図星だ。

助けたい。心配だ。

でも、“命と引き換えに”と問われたら、答えは出てしまう。

自分の弱さが、手のひらに釘で打ちつけられたみたいに露わになって、

胸が冷えていく。


「だからこそ、俺たちは生きてる」


但馬は肩を竦めた。軽い仕草。軽い口調。

なのに、吐かれる言葉は重い。


「呪って、祓って、代償を請け負う。それが商売だ。

糞みてぇな依頼主のために、糞みてぇな呪いを回してやる」


笑いながら、淡々と語る。


「気に入らねぇ奴を排除したい。恋敵を消したい。

――そんな身勝手な願いを、顔も知らねぇ相手に安く押しつける。

自分の手は汚さずに済むってわけだ」


世間話みたいな口調だった。

けれど声の底に、乾いた毒が沈んでいる。

ずっと前から、そこで腐っていたみたいな。


「知らねぇんだよ。呪いは等価交換だってことをな。

呪い返しは三倍。泣こうが喚こうが、誰にすがろうが、もう止まらねぇ」


にやり、と唇が歪む。


「藻掻いて、怯えて、崩れていく。――滑稽で、実に面白ぇ」


ぞわり、と背筋に冷たいものが走った。

この男は“言っている”だけじゃない。

本当に、その光景を楽しんでいる。楽しめてしまう。


「……じゃあ」


気づけば、声が震えていた。


「呪いが宮司さんや……払った人に返ったら、どうするんですか?」


返ってきたのは、答えじゃなかった。


「誰に返るなら“正しい”んだ?」


但馬の顔が、すぐ目の前に迫る。

笑みは残したまま、瞳だけが刃みたいに細くなる。


「一度発動した呪いは止まらねぇ。

引き受けるのも、断るのも、そいつの自由だ。

――俺たちは、それを分かった上で請け負ってる」


論理の形をしているのに、心がない。

正しさの顔をして、ただ“痛み”を回している。


私は何も返せなかった。

胸の奥で、苛立ちと恐怖と悔しさが絡まり合って、息がしづらい。


但馬はふっと息を吐くと、踵を返した。


「……喋りすぎたな。帰るわ」


軽い調子で階段を下りていく背中。

私はただ、凍りついたまま――見送ることしかできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る