第6話 呪物コレクター⑥

「へぇ……派手なことになってんじゃん」


但馬涼太郎が口角を上げ、まるで他人事みたいに呟いた。

目の前で人が倒れている。

緊急事態の真っただ中だというのに、どうしてそんな顔ができるのだろう。


――いや。

もし、この事態を“作った”側の人間だとしたら?


その考えが浮かんだ瞬間、腹の底から熱いものがせり上がってきた。

怒りだ。けれど、今は感情に飲まれる場合じゃない。


「古川さん! 救急車を呼んでくれ! 呼び方は分かるな?」


社長の声で、意識が現場に引き戻される。


「わかりました!」


私はスマホを握りしめ、迷いなく一一九を押した。

呼び出し音に合わせて、息を整える。

数コールのあと、落ち着いた声が応答する。


『火事ですか、救急ですか?』


「救急です。神社の祈祷殿で男性が倒れて、吐血しています。

意識はありますが弱っていて……場所は――」


住所と目印、祈祷殿までの導線を伝える。

受け答えをしている間、耳の奥が妙に静かだった。

自分の心臓の音だけが大きい。


「――お願いします。はい。はい、待っています」


通話を切り、私は社長へ向き直った。


「社長、五分ほどで到着するそうです」

「よし。柏原さん、宮司の保険証と常用薬を確認して持ってきてくれ。

必要になる」

「わかりました!」


柏原さんは社務所へ駆けていった。


私は視線を動かす。

祈祷殿の近くで、青ざめて震えている女性がいた。

唇を噛みしめ、今にも崩れ落ちそうな顔。


「大丈夫ですか? よかったら社務所で休みましょう。

落ち着ける場所へ行きましょう」


声をかけると、女性はか細い声で絞り出した。


「わ、私のせい……かもしれない……。

私をお祓いしたから、宮司さんに呪詛が返ったのかも……

どうしよう……どうしよう……」


言葉が途切れ、呼吸が浅くなる。

私は反射的に背に手を当て、ゆっくり撫でた。


「大丈夫。今は“助けること”が先です。宮司さんはきっと助かります」

一度区切って、続ける。

「……まずは温かいお茶を飲みましょう。社務所へ行きませんか」


女性を支えながら歩き出した、そのとき。


「古川さん」


前方から柏原さんが書類を抱えて戻ってきた。


「社長、これ。保険証と、常用薬のメモも」


「助かる。古川さん、その人を社務所へ。

お茶を飲ませて落ち着かせてやってくれ」


「はい。行きましょう」


女性の肩に手を回し、ゆっくりと社務所へ向かう。

足取りは危うい。

無理もない――心が折れかけている。


……その背後を、誰かが一定の距離でついてくる気配がした。


振り返ると、但馬さんが、涼しい顔のまま歩いてきていた。


(なんで、付いてくるんですか……)

(というか、あなたのせいじゃないの?)


喉元まで出かかった言葉を飲み込む。

確証のない疑いを口にした瞬間、状況はもっと拗れる。

今はまだ――敵だと断じられない。


社務所に着くと、柏原さんが手早く湯呑にお茶を注いでくれた。


「温かいお茶です。まずは一口どうぞ」

「……ありがとう……ございます」


女性は震える手で湯呑を受け取り、そっと口をつけた。

「……美味しい……」

小さな声が零れ、張り詰めていた空気がほんの少しだけ緩む。


私は女性の向かいに腰を下ろす――はずだった。


当然のように、但馬さんが私の隣に座った。


(いや、距離感……!)


内心で引きつりながらも、私は表情だけは崩さない。

女性が落ち着くのを待つ。


沈黙のあと、女性がぽつりと言った。


「……友人に聞いて、お願いしたんです」


「お願い……?」

問い返すと、女性は膝の上で指を強く組む。


「願いが叶うって……ネットで有名な、まじない師がいるって。

職場でパワハラを受けてて……精神的に限界で……藁にもすがる思いで」


胸の奥が冷える。

“まじない師”。“ネットで有名”。昨日から続く話と、線が繋がっていく。


「……上司の、異動を?」

私がそう言うと、女性は小さく頷いた。


「顔も見たくないくらいで……

できれば二度と視界に入らないようにって……」


そこまで追い詰められるには、それ相応の理由がある。

私は一度だけ深く息を吐き、言葉を選んだ。


「……分からなくもないです。苦しかったんですね」


女性は唇を噛みしめたまま、続ける。


「効果は、すぐに出ました。数日後、その上司が……バイク事故で複数骨折して……入院が長引いて、即戦力から外されて、部署移動も決まって……」


思わず息を呑んだ。

偶然と言い切るには、あまりに露骨な“代償”だ。


「正直……ざまあみろって思ったんです。私、歪んでますよね……」


自嘲する声が震える。

そして、そこからが本題みたいに、女性は顔を伏せた。


「でも、その直後から変なことが続いて……

事故に遭いそうになったり、駅のホームから落ちかけたり……。

怖くなって、ここに来たんです。

お祓いしてもらったのに……なのに、こんな……!」


ついに涙が溢れた。


「大丈夫ですよ」

私は短く言って、手近の紙ナプキンを差し出した。


隣を見る。

――だが、但馬さんは相変わらず涼しい顔でお茶を啜っているだけだった。


その余裕が、いちいち神経を逆撫でする。


――ピーポー、ピーポー。


遠くからサイレンが近づいてくる。救急車だ。


「すみません。ここで待っていてください」

女性に言い、私は立ち上がった。


「私、様子を見てきます」


社務所を出て、祈祷殿へ向かって足を速める。

胸の奥に冷たい嫌な予感を抱えたまま。

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