第6話 呪物コレクター③
駅前のスーパーで食材を買い揃え、今夜の夕食は惣菜で簡単に済ませることにした。
明日からまた仕事が始まる。
嫌いじゃないのに、日曜の夕方だけはどうしてこうも気分が沈むのだろう。
――世間で言う「国民的アニメ症候群」ってやつかもしれない。
そんなことを考えながらマンションへ戻ると、ポケットの中でスマートフォンが震えた。画面に浮かんだ名前を見て、胸が大きく跳ねる。
「あ、東地先生……」
荷物をテーブルに置くのももどかしく、慌てて通話を取った。
「はい、古川です」
『こんばんは。今、仕事帰りで近くにいるんですが……
もし夕食がまだなら、ご一緒しませんか?』
思いがけない誘いに、言葉が一拍遅れる。
「夕飯はまだです。ちょうど帰宅したところで……」
『それは良かった。あと五分ほどでマンションの前に着きます。
車なので、着いたらまた連絡しますね。用意をして待っていてください』
「……はい、わかりました」
通話が切れた。
あと五分。
胸の鼓動が落ち着かないまま、買ってきた食材を冷蔵庫に押し込み、
慌ただしく鏡の前に立つ。
化粧、直す?
……いや、直す時間ある?
髪を指で整え、服装を見下ろして――まあ、変ではない。たぶん。
洗濯物を取り込み終えた頃、再び通知が鳴った。
『今、下に着きました。
ゆっくりで構いませんから、準備ができたら降りてきてください』
「……先生って、そういうところ」
急かさない。押しつけない。
その一文だけで、ふっと肩の力が抜けた。
戸締まりを確認してエントランスへ向かうと、見慣れた車が停まっていた。
窓を軽く叩くと、運転席の先生が手を上げて応える。
「お待たせしました」
「いえ。こちらこそ、急にお誘いしてしまって」
シートベルトを締めると、先生は静かに笑って車を走らせた。
「日曜なのに、お仕事だったんですか?」
「ええ……まあ、副業の方ですが」
「お祓いの依頼、多いんですか?」
「口コミで来る方だけをお受けしているんですが……
最近は少しずつ増えてきていますね」
短く答える横顔には、うっすら疲労の色が滲んでいる。
誘ってくれたのは嬉しい。
けれど、休んでほしい気持ちも同じくらい強い。
私は、迷ってから言った。
「……もしよかったら、先生のクリニックで食事にしませんか?
簡単なものなら私が作れますし。お惣菜も買ってきてあります」
「え? でもそれでは、古川さんに悪いでしょう」
「パスタとか、すぐ作れますよ。匂いも残りにくいものにします。
もちろん、どこか予約しているなら無理にとは言いませんけど」
先生は一瞬だけ迷うように視線を前へ落として、それからふっと微笑んだ。
「では……お言葉に甘えて」
その穏やかな笑顔に、胸の奥がじんわり温かくなる。
◆
クリニックに着くと、先生を二階へ追いやり、私はキッチンに立った。
明太子パスタとサラダ。手早く作れて、匂いも強くない。
明日への支障も最小限――のはず。
鍋に湯を張って火をつけ、野菜を洗う。
包丁を握ったところで、ラフな服に着替えた先生が隣に現れた。
「すみません、着替えてきました。お手伝いしますね」
「大丈夫ですよ。先生はソファーで寛いでください」
「でも――」
「大丈夫です」
言い切って、軽く背中を押す。
先生は苦笑しながら腰を下ろした。
その姿を横目に、私はサラダを整えながら話題を探す。
沈黙が悪いわけじゃない。
でも、今夜はちゃんと言葉を交わしたい。
「そういえば。今日お出かけしてたんですけど、参拝に行ってきたんですよ。
偶然、羽生さんにも会って……凄くびっくりしました」
私の言葉に、先生の表情がわずかに変わる。
次いで、確かめるような声。
「羽生君に……。もしかして、電車で神社まで行かれました?」
「はい。普段あまり使わない路線だったので、ちょっと楽しかったです」
「なるほど……引き寄せ、ですかね」
先生は楽しげに目を細めた。
「その神社、多分……羽生君のご実家ですよ」
「ええっ?」
驚きでサラダボウルを落としそうになる。
「羽生さん、何も言いませんでしたよ?」
「お参りに行かれたのは……“羽生神社”ではありませんでしたか?」
「あ!」
――気づかなかった。名前、そのままじゃないか。
先生はくすっと笑い、私は苦笑いで誤魔化す。
湯が沸騰した鍋にパスタを入れる。
茹で上がった麺を湯切りし、明太子とバター、少しの牛乳と醤油で和える。
仕上げに刻み海苔を散らして、湯気ごとテーブルへ運んだ。
「お待たせしました」
立ちのぼる香りに、ふっと緊張がほどける。
二人きりの食卓が、今、静かに始まろうとしていた。
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