第3話 訪問診療④

店主が、夜景の見える窓際の席へ案内してくれた。

テーブルには「予約席」のプレートと、小さな花のブーケ。


思わず先生の顔を見ると、東地先生は柔らかに微笑んだ。


「就職祝いも兼ねて、ね?」


「……ありがとうございます。少し照れますけど、すごく嬉しいです」


「ふふ。喜んでもらえたなら良かった」


先生は店主へ向き直り、親しげに声をかけた。


点野しめの君、料理をお願いしますね」


なるほど、この人は点野さんというらしい。

名前で呼び合うほどの仲――そう思った瞬間、点野さんと視線がぶつかった。


「僕と東地は大学時代からの友人なんですよ」


「えっ、そうなんですか?」


まるで心の中を読まれたみたいで、私は驚きつつ先生を見る。

先生は頷いて、当たり前みたいに言った。


「ええ。良き友人であり、僕にとっての癒しでもあるんです」


……癒し。

その言い回し、ちょっとだけ、別の文脈にも聞こえる。


点野さんは中性的な顔立ちで、柔らかい栗色の髪。笑うと目尻がほどけて、

確かに“癒し”の説得力がある。

私は二人を交互に見てしまって――案の定、点野さんが苦笑いした。


「東地。言葉のチョイスを間違えると、あらぬ誤解を招くよ?」


「え? 僕、なにか間違えました?」


先生が小首を傾げる。

ああ……なるほど。天然だ。


私は心の中で深く頷き、

点野さんには「大丈夫です、分かりました」と笑って返した。


やがて運ばれてきた料理は、優しくて、どこか懐かしい味がした。

先生がここを“癒し”と呼ぶ理由が、舌と胸の奥にすとんと落ちる。


そんな穏やかな空気を――背後からの大声が、あっさり割った。


「よう、東地じゃねーか!」


振り向けば、金髪に無精ひげ、がっしりした体格の男が立っていた。

陽気そうなのに目だけが鋭くて、場慣れした圧がある。


「ああ、羽生はぶ君! お久しぶりですね」


「……んだぁ、デートか?」


「そうですね。デートです」


先生の返答が、あまりに迷いがなくて、私は思わず凝視した。

隣で点野さんが「東地……言葉のチョイス……」と額を押さえる。


――天然タラシ。

その危険な属性に、私は心の中で赤字のマーカーを引いた。


(で、この羽生さんも……先生の友人?)


じっと見ていると、羽生さんが口の端をにやりと上げ、

意地の悪い笑みを浮かべた。


「お嬢ちゃん、東地に惚れると苦労するぜ?」

「私もそう思います。ご忠告ありがとうございました」


にこり、と返すと、羽生さんは豪快に笑い、私の背中をばんばん叩いた。


痛い。ちょっと痛いです。


「ブハッ! いいねー! お前さんなら大丈夫そうだな。ハハハハ!」


突然の豪快さに、ほんの少しだけ殺意が芽生える。

けれど羽生さんは「悪い悪い」と笑いながら、今度は私の頭をくしゃりと撫でた。


「コイツは誤解されやすい性格だが、根は良いやつだ」


「あ……はい。私もそう思います」


「頼んだぞ」


その言葉に、私は思わず首を傾げた。

何を、誰に、どこまで――?


意味は分からないまま、私はとりあえず、小さく頷いた。

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