走る

「ま、魔女?・・・・コスプレではなく?」

「あらま、信じられないの?」

混乱のあまり口走った言葉に、魔女は首をかしげる。不機嫌そうに、というわけでもなく、どちらかというと驚いているようだ。

「困ったわぁ、どうしたら信じてくれるかしら?」

「ど、どうしたら、っていわれても・・・」


その美貌で困り眉なんてしないでほしい。ぶっちゃけ恐怖と緊張は彼女の素顔を見た瞬間に吹き飛んでいるのだが、魔女と名乗る理由はまったくわからないからだ。信じてくれる?などと聞かれても、それこそ魔法をみせるとか、精霊を召喚するとか、そういうのくらいだ。


「魔法を使ったり、とか・・?」

「あ~!その手があったわね」

恐る恐る疑問形で言ってみると、納得してくれたようでくるっと田代の前で一周してみせた。そうすると先程まで持っていなかった茶色の杖が手元にあるではないか。

いよいよ理解が及ばなくなってきた。いまからどんな事が起こってしまうのか。本当に彼女が魔女だったらどうするんだ!?


昔から転生、憑依、召喚系のラノベを読み漁り、一般人よりもそういうことへの理解が深かった田代は、思いつきでこぼした今の言葉を公開してはいなかった。怖いし今すぐ家に帰りたい。でも、一度くらいこういう奇跡を体験してみてもいいんじゃないだろうか。

そして、彼女が杖を振って火花をちらしたのを田代は濁った目に焼き付けた。


「これで、どうかしらね!」

その火花は小さな人型へと変貌し、だいたい田代のヒザ下くらいまでの大きさになった。顔はないが二本の足のようなもので自立している。とおもえば、田代のそばまで来てくるくると回っているではないか。その無邪気とも思える行動に田代はつい手を伸ばした。

するとバチッという音がなり、人型は火花をちらして消えてしまった。


「これが魔法?」

「ふふ、かわいいでしょう」

一つ消えた人型を認知したのか、他の人型は魔女の方へ駆け寄り、くるくると回り続けた。

魔法と言うには無邪気、そして現実味がない先程の火花の感触。痛みはなかったが光の感触のようなものを感じたのだ。


「・・あれ」

ふと、火花に触れた左手を見ると、手の甲に奇妙な文様が浮かび上がっていた。円陣に炎のような印。まるで本物の___


「あなた、気に入ったわ。やっぱり、あなたのような者が育てるのがふさわしいわね」

魔女はうろたえる田代を気にせず、妙な言葉を発する。

気に入った、ふさわしい?

「さ、もう行きなさい。じきにここはなくなるから、足元に気をつけてね」

しかし田代が理解をする前に、魔女はなんの前触れもなく消えた。蛇もいない。

ただ、柳の木だけが彼女の存在を表すかのように、不気味に揺れているだけであった。



「ちょ、ちょっと待て待て待て待て」

腰が抜けたままの田代は頭を抱えながら今の出来事を整理する。

今魔女が消えた。いや、そもそもいたのだろうか。幻覚を見ていて実際の自分はもうマンションにたどり着いて、疲労故にこんなものを見ているとか。

そんな希望を考えてみても、顔を殴った痛みと左手の証が今起こったことは事実なのだと突きつけてくる。

なんということだろう。自分はさきほど、本物のファンタジーを経験したということになるのだ。


「・・・・最高か?」

ぽつりとこぼれた言葉は本心だ。怖かったけど。この目で魔法を見て、魔女に会って・・・・・

そのとき、田代は魔女の言葉を思い出す。

『じきにここはなくなるから、足元に気をつけてね』

そんな事を言っていた気がする。なくなる、とはどういうことだろうか。もしかして異空間のようなところで、魔法が解けるといつもの道に戻ったりするんだろうか。いやそれならば、なんで足元に気をつけてだなんて・・・・


思案する暇もなく、突如下から地鳴りのような音がした。一秒も立たずに眼の前の道が崩れ落ちる。田代はビールが入ったビニール袋を持ってコンビがあった方向へと走り出した。もちろんなんとなくなので本当にコンビニの方向なのかはわからないのだが、とにかく今は逃げなければ。


「く、くそぉぉぉぉぉぉぉっ」


しかしこの数年間デスクワーク生活、ろくに運動もしてこなかった社畜などが瓦解する土のスピードにまさるわけでもなく、あっけなく田代は土と木とともに下へ落ちていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

サラリーマン、竜を拾う nn_ @nnnn_

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ