クラス転移で授かったスキルが【爪の垢】だと馬鹿にされ、いじめっ子たちの垢を煎じて飲まされたが、彼らの「才能」を極限抽出(ブリュー)して最強になった。

いぬがみとうま

第1話:スキル【爪の垢】……



  第一章:灰色の教室、逃げ場のない地獄


 その日も、俺の日常は「泥」の味から始まった。


「おい、泥川。昼飯までに、コンビニ行ってサラダチキンとプロテイン一リットル買ってこい。一秒でも遅れたら……分かってんだろうな?」


 私立角山高校二年生の教室。カーストの頂点に君臨する豪徳寺ゴウが、俺の机を蹴り飛ばす。


「で、でも授業が……」


 俺はそこで言葉を止めた。口答えなんてしたら、どんな仕打ちを受けるか明白だった。


「……うん、分かったよ、豪徳寺君」


「返事が小さいんだよ、ゴミが」


 ドッ、という鈍い衝撃。ゴウの太い脚が、俺の腹部を容赦なく蹴り抜いた。

 肺の空気が一気に絞り出され、俺は床に這いつくばる。痛みとともに視界がチカチカする中、俺のすぐ目の前に、汚れ一つない真っ白な上履きが止まった。


 クラスのアイドル、愛理アイリだ。彼女は俺の顔のすぐ横でしゃがみ込み、慈悲深い女神のような微笑みを浮かべた。


「可哀想に……。ねえカケル君、そんなに辛いなら、学校辞めちゃえば? ゴミが教室に混ざってると、空気が濁って私の『聖女様キャラ』が崩れちゃうし」


 透き通るような可憐な声。

 だが、その瞳に宿っているのは、弱者を踏みにじることを当然とする、底冷えするような選民意識だった。クラスメイトたちは、その光景を娯楽番組でも見るかのように眺め、クスクスと笑い声を漏らす。


 誰一人として、俺を助ける者などいない。ここは逃げ場のない、完全な地獄だった。




 だが、その絶望を塗りつぶすように、突如として教室の床が真っ赤な幾何学模様――魔法陣に埋め尽くされた。


「な、なんだこれ!? 足が動かねえ!」

「きゃあああ! 光が、光が来る!」


 怒号と悲鳴が渦巻く中、俺たちの意識は真っ白な閃光の中に飲み込まれていった。




  第二章:黄金の神殿と、残酷なる選別


 目を開けたとき、そこは神話の世界に包まれていた。

 天井を支える巨大な白亜の石柱。極彩色のステンドグラスから差し込む光が、黄金の装飾を施された広大な神殿を照らし出している。


「ようこそ、異世界の救世主様方。私はエルドラド王国王女、エレーヌです」


 壇上に立つ女――王女エレーヌは、銀髪を揺らし、氷の彫刻のような美貌に「統治者の瞳」を宿していた。その傍らには、黄金の杖を携え、深淵のような威圧感を放つ白髭の老神官。そして、銀色に輝く鎧に身を固めた騎士団が、整然と居並んでいる。


「救世主だと……? まさか、俺たちが選ばれたのか?」

 ゴウが興奮で鼻息を荒くする。


「左様。魔王の軍勢に脅かされる我が国を救うべく、古の儀式により貴方様方を召喚いたしました。さあ、さっそく鑑定の儀を。この水晶に触れなさい。貴方方の魂に刻まれた『権能スキル』こそが、救世の証となります」


 老神官の言葉に促され、クラスメイトたちが次々と水晶に触れていく。


「おおっ! 権能名【剣聖】! 攻撃力補正、極大! さすがは救世主様のリーダーだ!」


 ゴウが触れた瞬間、水晶は神殿を揺るがすほどの黄金の光を放った。老神官の声が歓喜に震える。


「こちらは【聖女】! あらゆる傷を癒し、邪悪を浄化する至高の乙女……。素晴らしい、これぞエルドラドの希望!」


 アイリが触れると、水晶は清らかな白光に包まれた。


 他にも【大魔導】、【重騎士】、【縮地】といった、伝説級の職業が次々と告げられる。王女エレーヌの口角が、満足げに吊り上がる。


 そして、最後。俺の番が来た。


(……異世界なら。このスキルという力を手に入れれば、俺も……!)


 一縷の望みをかけて触れた水晶が放ったのは、反吐が出るほど濁った、薄汚い灰色だった。


「…………権能名、【爪の垢】」

 神官の声から、熱が消えた。


「効果は……指先に溜まる不潔なゴミ、すなわち『垢』を自在に収集し、操作する……それだけの生活スキルですな。……王女様、これは『ゴミ』です。救世主の数合わせに紛れ込んだ、何の価値もない欠陥品ですな」


 一瞬の静寂の後、クラスメイトたちの爆笑が神殿を爆発させた。


「ぎゃはははは! ドロカワ、異世界に来ても『ゴミ』担当かよ!」


「マジでキモい! 救世主の中にゴミが混じってるなんて、私たちの格が下がるわ!」


 アイリの言葉に、王女エレーヌが冷酷な視線を俺に向けた。


「……衛兵。この不浄な男を、食堂の隅へ連れて行きなさい。勇者様方と同じ空気を吸わせるのも、我が国の恥となります。……ええ、家畜と同じ扱いで構いません。救世主としての食費を出すのも惜しいくらいですから」




 その日の夜、城の広間で行われた歓迎の晩餐会。

 ゴウたちは王族に囲まれ、湯気を立てるローストビーフや、黄金色に輝く最高級のワインを振る舞われていた。シャンデリアの光が彼らを照らし、賑やかな音楽と称賛の言葉が飛び交う。


 一方、俺が連れて行かれたのは、広間の隅、湿った石畳の上だった。


「そこがお前の席だ。動くなよ、ゴミ」


 騎士に突き飛ばされた俺の前に置かれたのは、銀の皿ではない。

 ひび割れた、犬用の木製の器。

 その中には、クラスメイトたちが食べ残したパンの耳、冷え固まったスープの残りカス、あと……誰かがわざと混ぜたであろう、砂利と埃。


「……いただきます」

 俺は膝をつき、手づかみでその「残飯」を口に運んだ。


 石畳の冷たさが膝から伝わり、惨めさが喉を締め付ける。

 遠くのテーブルで、ゴウがアイリと笑い合いながら、ナイフで柔らかい肉を切り分けているのが見える。


「見てよエレーヌ様、あいつ。床で食べる姿が、びっくりする馴染んでるわ。きっと前世は野良犬だったのね。ねえ、カケル君、美味しい? 私たちが残してあげた恵みの味は」


 アイリが王女に耳打ちし、二人は扇で口元を隠しながら、床を這う俺を見て可笑しそうに肩を揺らした。


 俺の口の中で、砂利が嫌な音を立てて砕ける。


(……殺してやる。いつか必ず、お前ら全員、俺と同じ床を舐めさせてやる……!)




  第三章:地獄のティータイムと『真実』


 異世界での生活は、教室での地獄をさらに煮詰めて凝縮したものだった。

 ゴウたちは騎士団から英才教育を受け、みるみるうちにレベルを上げていく。俺に与えられた役割は、彼らの「掃除係」兼「ストレス解消のサンドバッグ」だった。


 ゴウは【剣聖】の力で俺を木剣で打ち据え、骨を砕く。

 アイリは【聖女】のヒールで俺の傷を「治し」、またゴウが殴れる状態に復元する。

 痛みだけが蓄積される無限地獄、俺の精神はすり減っていく。




 一週間後。俺の腰の袋には、いじめの儀式として集めさせられた、クラス三十人分の「爪の垢」が詰まっていた。


「おい、カケル。一週間かけて集めさせた『俺たちの才能の結晶』、用意できてるぞ?」


 ゴウがニヤニヤと笑いながら、俺の前に立った。


「さあ、ティータイムだ。ことわざを知ってるか? 『優れた人の爪の垢を煎じて飲む』ってやつだ。無能なお前に、俺たちの才能を分けてやるよ」


 ゴウが鉄鍋に泥水を張り、そこに俺が毎日屈辱に耐えて集めさせられた汚物をすべて投げ込んだ。


 グラグラと煮え立つ鍋。立ち込めるのは、汗と泥と、人間の悪意を濃縮したような、鼻を突く異臭。


「……飲めよ」

 ゴウが俺の髪を掴み、無理やりその汚泥を流し込んだ。


「ぐっ、がはっ……!? あ、熱い……っ!」


 喉が焼ける。内臓がひっくり返るような嫌悪感。俺は床に倒れ込み、激しく痙攣した。



 だが、その死を覚悟した激痛の最中。

 俺の脳内に、今まで聞いたこともない「冷徹な声」が鳴り響いた。


『――検体確認。高純度の魔力情報、および経験値ログを検出。』

『固有スキル【爪の垢】の真名を解放します。真名:【極限抽出(ブリュー)】』

『多重抽出(マルチ・ブリュー)を開始。不要なエゴ、不純物、人格ノイズを排除……純粋なる「才能」のみを濃縮し、自身の魂へ統合します。』


 え……?

 脳裏を、膨大な情報の激流が駆け抜ける。


『【剣聖:Lv.10】獲得。――最適化完了。真・剣聖へと昇華。』

『【聖女:Lv.10】獲得。――不純物除去。真・聖女へと昇華。』

『【大魔導】【縮地】【剛力】【鑑定妨害】……合計三十三種のスキルを完全統合。』


 内臓が焼けるような感覚は、いつの間にか、体の芯から溢れ出す圧倒的な「万能感」へと変わっていた。




 翌日。皆の再鑑定を行った神官は吐き捨てた。


「やはりこの男、レベルが一つも上がっておらん。囮にすらならんゴミだ」

 俺のステータスは【鑑定妨害】によって「無能」のままに偽装されていた。


「これ以上、こやつに飯を食わせる余裕はないわ。次のダンジョン攻略の『囮』として使い潰しなさい」


 王女エレーヌの冷酷な宣告と共に、俺は初級ダンジョン『嘆きの迷宮』の最下層へと突き落とされた。


「じゃあな、ドロカワ。お前の垢は、魔物に煎じてもらえよ」



 ゴウの声と共に、俺は暗黒の穴へと消えていった。




  第四章:再会、および異常なる『収穫』



 三週間後。

 エルドラド王国の中級ダンジョン『竜の墓場』。


「う、嘘だろ……なんでこんなところに『魔族』がいるんだよ!」

 ゴウの悲鳴が、湿った通路に響く。


 そこには、当初の予定にはなかったイレギュラー――漆黒の鎧を纏った魔族の騎士が、嘲笑を浮かべて立っていた。魔王軍幹部クラス。


 ゴウの放つ『次元斬』は、魔族の盾に容易く弾かれる。


「ひいっ! アイリ、回復! 早く!」


「もう魔力が……嫌、死にたくない! 誰か、誰か助けて!」


 アイリは恐怖で失禁し、豪華な聖女の衣装を汚しながら後ずさった。

 かつての「クラスの支配者」たちの、あまりにも無様な姿。


 魔族が巨大な剣を振り上げ、トドメを刺そうとした、その時だった。


『――カチッ、カチッ』


 静寂の中に、あまりにも場違いな、規則正しい金属音が響いた。

 通路の奥、暗闇の中から、一人の男がゆっくりと歩いてくる。


 灰色のボロボロのローブを纏い、顔を深く隠した男。だが、その男が放つ異常なまでの威圧感に、魔族すらも動きを止め、本能的な恐怖に身を震わせた。


「……何者だ、貴様は」

 魔族の問いに、男は答えない。


 ただ、その右手には、この世界には存在しないはずの――巨大な「爪切り」が握られていた。


「助けてくれ……! あんた、俺達を助けてくれ!」


 ゴウの叫びを、男――俺は完全に無視した。


 そして、魔族に向かって、まるで散歩のような足取りで歩き出す。




「ナメるな、人間がぁ!」

 魔族の剣が振り下ろされる。だが、俺はそれを「指先」だけで受け止めた。


【真・剣聖】の受け流しと、【真・剛力】の握力。


「グアッ……!?」

 魔族が反応するより速く、俺は魔族の懐に踏み込み、その顎を掌底で打ち抜いた。

 空中に浮いた魔族を、俺は容赦なく壁に叩きつけ、その首を片手で固定した。


「……素材としては、三流だな。だが、無いよりはマシか」


 俺の声が響いた瞬間、ゴウとアイリの体がビクリと跳ねた。聞き覚えのある、だが以前とは比較にならないほど低く、冷徹な声。


 俺は抵抗する魔族の右腕を強引に引き寄せ、その鋭い爪の前に爪切りを当てた。


「……な、何をしている……貴様……離せ……!」


「静かにしろ。この薄汚い爪を切ってやろうというのだ」


『パチンッ』


 乾いた音が響く。魔族の鋭い爪が、一枚切り落とされた。

 俺はそれを拾い上げると、光にかざして検品し、腰の革袋の中へ無造作に放り込んだ。


『パチンッ、パチンッ、パチンッ』


 死を待つ魔族の絶叫。呆然とそれを見つめるクラスメイトたちの前で、俺は淡々と、儀式のように爪を収集していく。


 パチン、という音だけが洞窟内に響き渡る異常な光景。

 魔族の十本の爪をすべてを「収穫」し終えると、俺は興味を失ったように、魔族の頭部を【真・大魔導】の極大火力で、跡形もなく焼き尽くした。


 血の海の中で、俺は革袋の紐を丁寧に締め、ようやく背後の「ゴミ」たちを振り返った。


第五章:爪の垢を煎じて


「……か、カケル……なのか?」

 ゴウが、ガチガチと膝を鳴らしながら、縋るように呟く。


 俺はフードを脱ぎ、冷徹な視線を奴らに向けた。


「よお。掃除しに戻って来たんだよ。……ふん、相変わらず薄汚い奴らだ。……食堂の床の味、今でも鮮明に思い出せるぜ」


「カケル君! 凄いわ! 生きてたのね、信じてたわ! 私たち仲間だもの」


 アイリが、今更ながら媚びるような笑みを作り、俺の腕に縋り付こうとする。

 その瞬間に、俺は彼女の腹部に、手加減なしの拳を叩き込んだ。


「ガハッ……!? あ、ああ……」


 アイリが床に転がり、胃の中の高級食材を吐き戻しながら悶絶する。


「仲間? 勘違いするな。お前らは俺に『爪の垢』をくれただけの、ただの素材だ」


 俺はゴウの前に屈み、その折れた剣を拾い上げた。


「ゴウ。お前の【剣聖】は、ただ力を誇示するための道具だった。だから弱い。本物の剣は、こう使うんだ」


 俺が折れた剣で一閃。

 その風圧だけで、背後の巨大な石柱が十数本、正確に「断裁」され、崩落した。


「あ……ああ……ひいっ!」


 次に、俺はアイリの額に指を触れる。


逆抽出リバース・ブリュー】。


 彼女がこれまで俺や他人に向けてきた「悪意」を、そのまま彼女の精神に流し込む。


「あ、ああああああ! ごめんなさい! やめて、心が痛いのぉぉおお!」


 彼女は自分の頭を抱え、地面を転げ回った。肉体は無傷だが、その精神は自分が他人に与えてきた苦痛で焼き尽くされている。



 そのとき、


「救世主様! ご無事ですか! 待て、その男は何者だ!?」


 王国の騎士たちが駆けつけてきた。


 王女エレーヌが俺に歩み寄る。その瞳には、かつての蔑みはなく、強者への歪んだ敬意と欲望が宿っていた。


「素晴らしい力です……! 泥川様、貴方こそが真の勇者。ぜひ、私の夫として、この国を導いてください」


 俺は、王女の手を冷たく振り払った。


「断る。俺はゴミ拾いには興味があるが、ゴミ溜めの王になるつもりはない。……近いうちに、お前の自慢の指先も、俺の爪切りで整えてやるからな。王族の垢は、さぞかし上質な味がするんだろう?」




 俺は振り返らずに歩き出す。

 この国の王都を、神殿を、この歪んだ世界を、「掃除」する時間はたっぷりある。



 俺はダンジョンを後にした。

 空を見上げれば、雲を割って巨大な影――エンシェントドラゴンが悠然と飛んでいた。

 俺は、右手で爪切りを軽く回し、薄く、歪んだ笑みを浮かべる。


「……次は、あいつの爪を煎じて飲むか。伝説の味、今から楽しみだよ」



 俺の旅は、ここから始まる。

 不味い汚泥を飲み干した、その先に待つ、スキルを求めて。



(完)



――


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