第4話


 目を覚ましたアンナは床に魔法陣の敷かれた真っ白な部屋にいた。後手に手錠をかけられていて、身動きが取れない。


 そして、なんと、目の前にはマギア・マーテルがいて、アンナを見下ろしていた。このまま踏んだり蹴ったりしてくれるのだろうかと期待していると、しゃがんで優しく声をかけてきた。


「さっきは乱暴にしてごめんなさい。あなたが病院で暴れている悪魔憑きだと勘違いしちゃったの」


 それも仕方ない。アンナの挙動はおかしかったし、病院の人たちは怖がっていたし、イブリースに取り憑かれているし、すぐ近くに死体が転がっていたのだから。


 それにアンナは気にしていないどころか、推しにさわられて嬉しかった。

 

「病院の人たちからあなたの活躍を聞いたわ。みんなを悪魔から守ってくれてありがとう」


 推しにお礼を言われてしまい、幸せで危うく昇天しかけた。殺される前に死ぬところだったではないか。


「そうだ。自己紹介がまだだったわね。知ってくれてるみたいだけど、マギア・マーテルこと『降神おりがみマリア』よ。よろしくね」


 有名すぎるマーテルはその本名も世間にバレていて、わざわざ隠してはいない。しかし、ご本人から直々に本名を教えてもらえたことにアンナは感動していた。それは、魔法少女名ではなく、本名でお呼びしてもいいということだからだ。


「お、大野木アンナです、こちらこそよろしくお願いします!」


 推しに認知された嬉しさを噛み締めていると、マリアが申し訳なさそうに眉を下げた。


「名乗り合った後に悪いんだけど、アンナは悪魔と契約しちゃったから処刑対象なの。何か申し開きでもあったりする?」


「あ、あの、是非マリア様に処刑していただきたいのですが、ご指名ってできますでしょうか!?」


 死ぬこと前提のアンナに、マリアは苦笑いする。


「気が早いわよ。悪魔と契約したとしても、それが人を助けるためだったのなら情状酌量の余地はある」


 アンナは自分が死ぬものだと思い込み、覚悟も決めていたから戸惑ってしまう。


「ねぇアンナ。あなたさえ良ければ、正式に魔法少女をやらない?」


 憧れの人からの思いがけない提案に呆然とした。アンナは今、推しにスカウトされているのだ。


 先程まではマリアに殺してもらうつもりだったが、処刑を免除されて、正式な魔法少女になれるのなら死ぬ意味はない。


「や、やりたいです魔法少女!」


 アンナの返答を聞いて、マリアは慈愛に満ちた優しい顔で微笑んだ。


「ふふ、よかった。改めてよろしくね」


 マリアはアンナの手錠を解くと、握手のために手を差し出した。

 アンナは恐る恐る握り、その感触を堪能した。しなやかで、嫋やか、そして優しい手だった。この握手した自分の手を切ってそのまま保存したくなる。興奮のあまり、つい鼻血が出た。また、マリアに苦笑いをさせてしまう。


「そうだわ。はいこれ、プレゼント」


 そう言ってマリアが取り出したのは黒い首輪チョーカーだった。徐にアンナの首に付けてくる。

 ペットか奴隷にでもしてくれるのだろうかと興奮しているとマリアが悪戯っぽく薄目で微笑んだ。


「あなたが裏切ったり、悪魔になったら、その首輪が締まって動けなくするから」


 蔑むような冷たい声で言われ、ゾクゾクと背筋を寒気が走り抜けた。


 いつもなら喜んでいるはずなのに、あまりの恐怖にアンナは青褪め、震えた。悪魔と戦った時よりも怖い。それも当たり前だ。彼女は数え切れないほどの悪魔を殺してきた最強の魔法少女なのだ。悪魔と悪魔憑きは彼女に対して本能的に恐怖を感じてしまう。やろうと思えば、マリアはいつでもアンナを殺せる。その事実に震えが止まらなかった。


 そして、同時に、安堵した。


「あ、あの、マリア様」


「うん、なあに?」


「……もし、わたしが悪魔になったら、誰かを傷つけてしまう前に、殺して欲しいんです」


 魔法少女として生きることになったが、アンナが最強の悪魔イブリースの悪魔憑きであることは変わらない。誰かに迷惑をかけるくらいなら、死ぬつもりなのも同じだ。


 その願いにマリアは静かに頷いた。


「約束する。その時は私が必ずアンナを殺してあげる」


 言いながら、抱きしめてくれた。柔らかくて、優しくて、温かい抱擁に、震えが止まる。この胸に抱かれて死ねるなら、殺されてもいいと、再び強く思えた。


 ついでに匂いも嗅ぐと、甘いローズの香りがした。


「……ありがとうございます」


 この世界の遍く全てに感謝した。これで何も思い残すことはない。存分に魔法少女ができる。



 マリアの抱擁を堪能していると、背後に気配を感じた。振り向くと、頬を膨らませて不満そうにした霊体のイブリースが浮かんでいた。


「む〜、ちょっとマリア、アンナちゃんに触りすぎ! その子は私のものなんだよ!」


 それを見て、マリアが意地悪そうに黒く微笑んだ。


「残念。アンナは私の管理下にあるの。だから私のものよ」


 マリアに肩を引き寄せられる。なんだかマリアの所有物として扱われているみたいで興奮した。


 アンナの満更でもない顔にショックを受けて、イブは悔しそうにハンカチを噛んだ。


「きぃー! この女狐! 泥棒猫! アラサー魔法少女!」


 アラサーの部分でマリアの顳顬に血管が浮かび上がる。マリアはベテランの魔法少女で、見た目は十代の頃のままだが、実年齢は二十八歳だ。


「もう一度ぶちのめされたいみたいね、この悪魔」


 二人はバチバチと睨み合った。しかし、世界の命運を賭けて殺し合ったにしては、険悪な感じはなく、昔馴染みの軽口のようだった。


 しばらくして口喧嘩は終わり、マリアが切り出した。


「それで、イブはなんでアンナに取り憑いたのよ」


「マリアに酷いことされて弱っていた時にアンナちゃんに助けてもらったんだよ。そのお礼として願いを叶えてあげるために取り憑いたの」


「魔法少女の力を与えたってことは願いを叶えたわけよね。なんでまだ取り憑いているのよ」


「魔法の力は私が取り憑いてないと使えないからだよ」


 つまりアンナは悪魔憑きでないと魔法少女になれないのだ。


「あと、アンナちゃんのことが好きだから離れたくない。ずっと一緒にいたい」


 光の無い目でアンナのことを凝視してくる。非常に身勝手な悪魔だ。アンナの幸せを願っているが、自分の幸福のためにアンナに辛い思いをさせている。

 しかし、アンナはイブを恨んではいなかった。むしろ魔法少女にしてくれて感謝していた。


 やれやれと、マリアが額に手を当てて呆れた。


「アンナと一緒にいたいなら、魔法少女の味方になりなさい。それに、アンナの身体を乗っ取ったり、復活しようだなんて思わないことね」


「わかってます〜」


 信用はできないが、イブがアンナの味方であることは間違いない。アンナが魔法少女をやるのなら、イブは力を貸してくれるだろう。


 イブはドロンと煙を出しながら、赤い眼の黒猫に変身した。


「はい、これでいいでしょ。今から私は魔法少女のマスコット兼神様の伊吹大明神いぶきだいみょうじんだよ」


 太々しい態度のイブに、マリアが呆れた。


「猫に変身しただけじゃない」


 それにイブは口答えする。

 

「神と悪魔の区別なんて人間の好き嫌いで分類してるだけ。神だって、魔法少女に力を与える代わりに代償や誓約を要求するじゃない」


「だったら、人間に好まれるよう行動することね」


 マリアはイブを睨みつけて釘を刺すと白い部屋の扉を開けた。


「アンナ、出ていいわよ」


 外は病院のような清潔感のある白い廊下だった。他にもいくつも扉が等間隔に並んでいた。ここは悪魔憑きを拘束する施設だ。


「これからアンナには『魔法少女学校』に通ってもらうけど、大丈夫かしら?」


 魔法少女学校はその名の通り、魔法少女の訓練のために通う学校だ。

 アンナは人が苦手で、高校に行けなくなってしまった。憧れの魔法少女学校とはいえ、学校に行くのは怖かった。


 しかしこれは再び学校に通える大きな機会だ。新しい環境でやり直せるかもしれない。


「はい、行きたいです!」


 アンナは勇気を振り絞って、学校に行くことにした。


「魔法少女学校は全寮制だから、親御さんにご挨拶させてもらいたいの。お家の住所教えてくれる?」


 言われた通り住所を伝えると、マリアに手を握られた。


「跳ぶわよ、手を離さないでね」


 次の瞬間、アンナはいつもの商店街にいた。目の前には母の店がある。拘束されている間に外は夜になっていた。


「転移魔法よ。酔ってない?」


「は、はい」


 店に入ろうとして一瞬躊躇うと、マリアが先に入ってくれた。

 煙草の匂いが鼻につく。マリアにこの汚れた空気を吸わせたくなかった。


 客たちが修道女の入店に驚き、こっちを見た。当然母も気がつき、アンナに駆け寄った。


「アンナ、大丈夫なの!? 病院が悪魔憑きに襲われたって聞いて、心配したんだから」


「うん、大丈夫。悪魔憑きはわたしが倒したんだ」


 聞いて母は驚き、後退った。娘から得体の知れない力を感じた気がした。それが悪魔のものだと、なんとなくわかっていた。


 母が自分に怯えていることがアンナにはわかった。だから余計に覚悟が強くなった。もう、普通の世界では生きられない。退路が消えた。

 そして、告げる。


「──ママ、あのね。わたし、魔法少女になる」


 あまりに強い意志。否定できない、曲げられない。それは口にした時点でどうしようもなく、認めるしかないことだった。


 しかし、それに関係なく、母は娘の夢を認めた。未来に絶望していた娘がやりたいことを本気で口にしていたことが嬉しかったからだ。


「アンナの好きなようにしな」


「ありがとう、ママ」


 それは短い別れの挨拶だった。寮に入っても、会いたくなれば会えるが、魔法少女になるということは俗世からの隔絶に他ならなかった。正義の味方は家族との時間や関係よりも、優先しないといけないものが沢山ある。


 それからマリアが母に挨拶して、魔法少女学校への転校等の説明もしてくれた。


 待っている間、嫌いだった店がなんだか愛おしく思えた。煙草と酒臭いおじさんたちも、夜のお店で働くお姉さんたちも、懐かしく思えた。既にアンナは日常を俯瞰していた。


「お待たせ。それじゃあ行きましょうか」


 母との話を終えたマリアに声をかけられ、まとめた荷物を持って店を出た。


「いってきます」


 勇気と覚悟を持って、少女が一歩踏み出した。

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魔法少女(推し)に殺されたいオタク、悪魔(ヤンデレ美少女)と契約して魔法少女になってしまう。闇堕ちしたら殺してもらう約束を交わしたので、それまで魔法少女を頑張ります 雲湖淵虚無蔵 @jsnpiy

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