雨中に潜む女 ~僕の読んだホラー小説が現実に~
日高仙平
喫茶店の廃墟の噂
今日も朝がきた。
目覚ましを止めて起き上がるが、目が渋く、身体も重い。
昨日は夜遅くまで小説を読んでいたから、そのせいだと思った。
カーテンを開けると日差しが差し込む。
よく晴れた日だ。
――
趣味はホラー小説を読むこと。
だけど、ノンフィクションはダメだ。
現実に起きたら怖すぎるから。
◇ ◇ ◇
学校に登校していると、後ろから人の走ってくる音がした。
いつものだろう。
「翔太! おっはよう……っとと!」
僕は身体を少し横にズラして、肩を組もうとしてきた親友の腕を回避する。
――
僕とは違い、明るく気さくな性格。
「圭司、おはよう。僕は今とても眠いから暑苦しいのは勘弁してくれ」
「いつもそう言ってるじゃん。また、ホラー小説読んで夜更かしか? 引きこもってないで一緒に外で運動でもしようぜ?」
「しないよ。どうしてわざわざ暑い中で運動しなきゃいけないのか理解に苦しむ。圭司こそ小説読んでみろよ」
「ははっ、いつかな。そういえば、この通りにある喫茶店の廃墟に、女性の幽霊が出るらしいぜ」
「らしい? 誰の情報だよ」
「けんちゃんが言ってた」
「けんちゃんってホラ吹きの?」
「今度は本当らしいぜ」
「お人好しが過ぎるだろ……」
親友はこういう、人を信じすぎる節があるから、いつも心配になる。
――まぁ、だからこそ僕も彼を信用しているんだが。
「あ、ほら、あそこ!」
「……何もいないな」
歩きながら遠目で見るが、特に幽霊は見当たらない。
「今は買い物にでも出かけてるのかな?」
「どんな幽霊だよ。ほっつき歩いてるなんて嫌すぎる」
――そういえば、昨日読んだ小説も廃墟に現れる女の幽霊の話だった。けんちゃんも同じ小説読んだのかな。
僕はふと思い出したが、圭司と話しているうちに、その疑問は頭の中から消え去った。
◇ ◇ ◇
授業が終わり、下校時間になった。
外は雨模様に変わっており、学校の外には薄暗い世界が広がっている。
なんだか嫌な気持ちになってくる……
さっさと帰ろう。
僕は黒い傘をさして帰路に着く。
周囲を走る車や、 色とりどりの傘をさす人々の往来が、うっすらと見える。
ざぁっと降る雨は傘を叩き、その音で僕の周囲が塞がれ、この世界に一人でいるような感覚がする。
そういえば、今朝、圭司が言っていた廃墟はこのあたりか。
「女の幽霊ね」
廃墟を見るが、雨で視界が悪く見えづらい。
二階建ての建物。
……何か動いた?
いや、雨で影が動いたように見えただけか。
怖い話の正体なんてこんなものだよな。
僕は頬を緩めて一階に視線を落とす。
ん? 何だ一階の窓のあの黒いの?
これも雨か?
僕はジッと目を凝らしてその黒いものを見る。
――人だ。
ぞわぞわと鳥肌が立つ。
すぐに目を逸らす。
窓に”べったりと”張り付いていた。
暗いから分かりづらかったが、髪は長かった。
目が合った気がする。
ざぁざぁと降る雨の音の中に自分の呼吸が聞こえる。
じめじめと蒸し暑いが背中を冷たい汗が流れる。
何で僕は見続けてしまったんだ。
い、いや見間違えかもしれない。
そう思い、また廃墟を見る。
――今度は玄関の前に女が立っていた。
心臓が跳ね上がる。
傘もささずにいつの間にかいる。
明らかにおかしい。
ふと、昨日読んだ小説の一説を思い出す。
”雨の日に傘もささずに女がこちらを見ていた。そして、走り出した”
時間がゆっくり流れている気がした。
一歩。
また、一歩。
――そして、走り出した。
「うわあああ!」
低く揺れた声が出る。
手がぶるぶる震える。
僕は傘を放り投げて自宅に走った。
◇ ◇ ◇
「いや、マジかよ」
「あぁ……気がついたら家で鍵をかけてうずくまって震えてた……全身ずぶぬれだったよ……」
僕は鼻をすすりながら圭司と電話をしていた。
「お祓い行った方がいいんじゃ」
「そ、そうだな。神社とかか……?」
”神主の顔は、あの女だった”
――また、小説の一説が頭をよぎる。
「な、なぁ、これ、俺が昨日読んだ小説の内容にそっくりだって言ったら信じるか?」
「小説? どういうこと?」
「こないだ古本屋で見つけて、昨日読んだ。”嘆きの女の執着”ってタイトル」
タンタンとスマホを叩く音が聞こえる。
「……うーん、ネット検索じゃ、そんな小説、見つからないな」
「え、そんなバカな」
僕も耳からスマホを離してネット検索をする。
――見つからない。
「どういうことだ……?」
僕は手元にある小説を見る。
「翔太。もし、その小説の内容通りなら、この後どうなるんだ?」
この後?
僕は小説をめくる。
”絶望した少年は雨の日の廃墟で震えていたが、女は気持ちの悪い声で、まるで呪詛のような言葉を呟いた”
ここで終わり。
「……廃墟に行かなければ大丈夫なんじゃないか?」
「そ、そうだな……」
僕は圭司と話をするうちに、気持ちが和らぐのを感じた。
きっとどうにかなる。
◇ ◇ ◇
時刻は深夜の三時。最悪の寝覚めだ。
夢に女の顔が出てきた。
パジャマがびしょびしょだ。
――とりあえず水を飲もう。
僕は台所に行くと水道の蛇口をひねりコップに水をそそぎ、レンジに入れて少し温める。
その間に、冷蔵庫を開けて明日の朝ごはんを考える。
ピーっと音が鳴り、レンジからコップを取り出し水を飲む。
少し落ち着いたのを感じて寝室に戻る。
早く寝ないと明日も起きれない。
――しかし、寝室のドアは、どれだけ力を入れても閉まらなかった。
何か引っかかってるのか。
目の端でキィと台所のドアが少し動く。
まるで僕のことを呼んでいるようだった。
ジャァァァと水道の音がする。
先ほど蛇口を締め忘れたか?
吸い込まれるように、ゆっくりと台所に戻る。
シンクの前に立つと、ぞわりと鳥肌が立つ。
――蛇口から赤い水が噴き出しシンクに溜まっていた。
ぶるぶると震える手で、キュッと蛇口を締める。
すると、ブゥゥゥンとレンジが動き出す。
驚いて声を上げ、肩が跳ねる。
振り向くと、レンジの中に何かが詰まっていた。
肌色の何か……
生臭いにおいが漂う。
ガチャ。
勝手に冷蔵庫が開いた。
恐怖で目の端がちかちかする。
現実じゃないみたいにふわふわする。
慎重に冷蔵庫の中を覗き込む。
――そこは、黒い髪の毛で埋め尽くされていた。
◇ ◇ ◇
僕はこの小説を買った古本屋に来ていた。
「どうしたんだい?」
端正な顔立ちの店長が優しく微笑む。
「この小説ってどこから出されたものですか?」
「どこから? 覚えてないのかい? これは君が小学生の頃にしてくれた夢の話を、僕がそれらしく冊子にしたものだよ。ふふふ、なかなか興味深いよね」
僕の夢?
「今、この小説の中に書いてあることが現実に起こってて……!」
僕の取り乱す様子を見て、店長は何かを考えるように、手を顎に当てる。
「――予知夢って知ってる? 守護霊が将来の危機を知らせてくれたのかもね」
「どうすれば助かりますか?」
「そうだな……その小説に書かれていないことをしてみたらいいんじゃないかな? 例えば……晴れの日の廃墟に行くとか」
◇ ◇ ◇
「翔太。ここメニュー表充実してるな」
「こんな廃墟でもそういうところを見るなんて。図太いと言えばいいのか、何と言えばいいのか……」
僕は圭司と喫茶店の廃墟に来ていた。
今日は晴れ。
あの小説で女は雨の日にしか出てこなかった。
「さて、行くか二階」
ぎしぎしと軋む狭い階段を二人で登り、廊下に出てすぐの洋室に入る。
乱雑に物が散らかっているが、机の周辺だけ物がなく、上に何かが置かれている。
「遺骨……か……?」
確か、寺などに供養を依頼しなければ、そのまま自宅に置くこともあると聞いたことがある。
この喫茶店の人はそのままここに置いていたのか?
「なぁ、翔太。こっち来てみろよ」
圭司はいつの間にか別な部屋にいたようだった。
――その部屋を見て、僕は気分が悪くなった。
虫や小動物の死骸が大量にあり、本棚には呪いや呪詛といったことが書かれた本がずらりと並んでいた。
「とても正気じゃないよな」
圭司の言葉に同感する。
「もう一つ部屋があるみたいだ」
そこは寝室のようでベッドが二つ置かれていた。
「ベッドの上に何かある」
「手紙?」
僕はそれを手に取り開く。
”お母さんへ。
いつも美味しいご飯を作ってくれてありがとう。
大きくなったら私もお母さんみたいになって
みんなを笑顔にできるように
頑張るからね。
早く元気になってね。
美沙子”
しわだらけで、がさがさになった手紙。
濡れたのか?
涙?
それとも……
「まさか、さっきの骨って……」
――バタン
振り返ると、部屋のドアが閉まっていた。
先ほどまであった親友の気配が感じられない。
「おい、圭司! 冗談はやめろ!」
僕は声を荒げるが、返事はない。
気がつけば、ザァァァと建物の中に音が響いていた。
急いで窓に目をやると、雨粒が窓に打ち付けられている。
まったく気がつかなかった。
突然降り出したのか?
部屋の中は薄暗いが、時折ピカッと光が差し込む。
――雨の日の廃墟の中に、来てしまった。
「圭司! 圭司!!!」
僕はパニックになり、ドアの取っ手をガチャガチャと動かすが開かない。
――ずそ
布が擦れる音がした。
僕はゆっくりとベッドの方を見やる。
先ほどまでは平だったと思う。
だが、今は布団の中に……何かいる……
「圭司!!!」
声が裏返る。
ベッドの布団は静かに上へ、上へと動いていく。
足が見えた。
青白く、ひび割れた足。
ベッドの上に立っている。
ああああああ。
しゃがれた声がする。
気づかれたくなくて、声が出せない。
本能的にだ、冷静じゃない。
こんな状況だ、とっくに気づかれているだろう。
身体が震え、歯がカタカタと鳴る。
ずるずると布団が脇に落ちていく。
”黒くくぼんだ目、真っ黒な口、髪の毛は濡れていて、手には”
「子供用の靴……」
ヒタ、ヒタと近付いてくる。
膝ががくがくと震えて立っていられない。
不気味な女の顔を見ていると、嫌悪感で鳥肌が止まらない。
女の顔が、僕の耳元に近づく。
まつ毛の一本一本まで数えられそうな距離。
頬に触れた息は、氷のように冷たいが、ぬるりとした湿り気を帯びていた。
「うぅ……あぁ……」
呪詛とも嗚咽ともとれるような、女の掠れた声が耳の奥に流し込まれる。
腐った水のような臭いに僕は嘔吐感を堪える。
視線が、喉元から足元までねっとりと這うように動いていくのが分かる。
死ぬのか、ここで。
すると、突然女が呟くのをやめた。
部屋の中はシンっと静まり雨音だけが響く。
「違う」
――冷たい声は雨音の中に消えていった。
◇ ◇ ◇
古本屋の店長は神妙な面持ちで、僕と圭司を順番に見る。
「あの喫茶店には母娘が住んでいたが、娘は雨の日に買い物に出かけ亡くなった。その後、母は取り憑かれたように雨の日の街を徘徊するようになった。そして、母も命を落とした。二人の死因は分かっていない」
「そうだったんですね……」
「なんか……面白半分で噂が流れてるのも悲しい話だな……」
「君たちもその一人だろ? 人の好奇心は浅ましく醜いものだが、危険を避ける礎にもなる。すべてを否定することはない」
あの日、廃墟を見てしまった僕も好奇心に取り憑かれてしまっていたのだろう。
「翔太は店長のアドバイスのおかげで助かったんですよね? ありがとうございました」
「いや、店長に言われたとおりに、晴れの日の廃墟に行ったのに、とんでもなく怖い目にあったんだけど……」
「ふふふ、僕は、君が語った夢の内容を小説にした。そして、君の夢は何編もあるから、どうにかするんじゃないかと思ってたよ。ここで死ぬようなら、そもそも夢は一編だけだろうからね」
「早く言ってくださいよ!」
「いやいや、そもそも、しょせんは夢。現実になるなんて保証はない。今回は、たまたま助かっただけかもしれない」
「そうですが……」
「あ、そうか、何編もあるなら、これからも翔太は怖い目に遭うってことか」
何を悠長なことを!
ホラー小説はいいが、ノンフィクションは勘弁してくれ!!!
……それにしても、あの女の霊は”誰”を探していたんだろうか。
雨中に潜む女 ~僕の読んだホラー小説が現実に~ 日高仙平 @hidasen
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