第50話 決着の拳と、墜ちゆく空の城

上空二千メートル。  『エンタープライズ・改』は、弾幕の嵐の中を舞っていた。  だが、決定打がない。  どんなにガトリング砲を浴びせても、ナオの誘導ミサイルを撃ち込んでも、ゴライアスを覆う『重力障壁(グラビティ・シールド)』が、空間ごと攻撃を逸らしてしまうのだ。


「くそっ! これじゃジリ貧だ! 弾切れになるぞ!」


 ヴォルグが砲座で叫ぶ。  戦艦の主砲が再び光を帯び始めた。次の一撃が来る。


「……マスター。解析完了しました」


 ナオが冷静な声で告げた。  彼女の瞳に流れる高速のデータストリーム。


「あの障壁は、艦の周囲5メートルに展開される『拒絶空間』です。……ですが、艦の装甲表面には展開されていません」 「つまり?」 「障壁の内側……『ゼロ距離』まで潜り込めば、攻撃は通ります。ただし――」


 ナオが俺を見た。


「失敗すれば、壁に激突して木っ端微塵です」


 俺はニヤリと笑った。  上等だ。  安全圏から石を投げ合うのは性に合わない。


「ドーガン、エンジン出力最大! 全速力で突っ込むぞ!」 「ああん!? 正気か社長!?」 「正気だ! エリス、船首に全防御結界を集中させろ! ナオ、衝突の瞬間に障壁の位相を中和して一点突破口(ホール)を開け!」


 俺はスロットルを限界まで押し込んだ。


「行くぞ!! 『ラム(衝角)・アタック』だ!!」


 キィィィィィィィンッ!!!


 エンジンが悲鳴を上げ、銀色の船が紅蓮の炎を噴いて加速する。  真正面から迫る特攻兵器に、ゴライアスの黒川が狼狽した。


 『ば、馬鹿な! 自爆する気か!? 撃て! 撃ち落とせェェッ!』


 雨あられと降り注ぐ銃弾が船体を叩く。だが、エリスの結界と追加装甲がそれを弾く。  目の前に、黒い巨壁が迫る。


「ナオ、今だッ!」 「了解。……中和コード、打ち込み(インジェクション)!」


 ナオが手をかざすと、船首の前の空間が一瞬だけ歪んだ。  重力の壁に開いた、針の穴のような綻び。  そこへ、エンタープライズ号の鋼鉄の嘴(くちばし)が突き刺さる。


 ズドォォォォォォォォォンッ!!!


 衝撃。火花。  だが、俺たちの船は砕けなかった。  ゴライアスの分厚い装甲を突き破り、船体の内部へと深々と食い込んだのだ。


「と、到達! 侵入成功!」 「ヴォルグ、行くぞ! 殴り込みだ!」


 俺はシートベルトを外し、愛用の「バール(チタン合金製)」を掴んで飛び出した。


 ***


 ゴライアスの艦内はパニックに陥っていた。  俺とヴォルグは、襲いかかる戦闘員や警備ロボットを薙ぎ倒しながら、一直線にブリッジを目指した。


「どけぇッ! 社長の道だ!」


 ヴォルグが戦斧を振るい、道を切り開く。  そして、最上階のブリッジ。  分厚い鉄扉をナオがハッキングで解錠する。


 プシュウゥゥッ!  扉が開いた先。  そこには、腰を抜かして座り込む黒川の姿があった。


「ひぃッ……! く、来るな! 化け物め!」


 黒川は震える手で懐から拳銃(リボルバー)を取り出し、乱射した。  パン! パン!  弾丸が俺の頬をかすめ、後ろの壁に当たる。  だが、俺は歩みを止めない。


「化け物? 違うな。俺はただの『商人』だ。……お前が馬鹿にした、泥臭い仕事をする人間だ」


 俺は黒川の目の前まで歩み寄ると、彼の手から拳銃を叩き落とした。  そして、胸ぐらを掴んで引き起こした。


「須藤……! ま、待て! 話し合おう! 私には知識がある! 金もある! 手を組めば世界を……」 「黙れ」


 ゴッッ!!


 俺の右拳が、黒川の顔面に深々と突き刺さった。  魔法もスキルもない。ただの怒りを乗せた、生身のパンチだ。  黒川が鼻血を噴いて吹き飛ぶ。


「これは、お前が横領した会社の金の分」


 俺はよろめく黒川を追いかけ、もう一発殴った。


「これは、結衣を危険な目に遭わせた分」


 そして、最後に思い切り振りかぶった。


「そしてこれが……この世界を、俺たちの『新しい故郷』を汚した分だ!!」


 ドガァァァンッ!!


 渾身のアッパーカットが決まり、黒川はブリッジの窓ガラスに叩きつけられた。  彼は白目を剥き、そのまま崩れ落ちた。  完全KO。


 その時、艦内に警報音が鳴り響いた。


 『警告。メイン動力炉、臨界点突破。墜落シークエンスへ移行シマス』


 船体が大きく傾く。  制御を失ったゴライアスが、重力に引かれて落ち始めたのだ。


「社長! ずらかるぞ!」 「ああ。……こいつも連れて行く」


 俺は気絶した黒川を米俵のように担ぎ上げた。  ここで死なせては楽すぎる。法の裁きを受けさせ、一生かけて罪を償わせる。


 俺たちは傾く廊下を走り、突き刺さったままのエンタープライズ号へと飛び乗った。


「ドーガン、バックだ! 離脱しろ!」 「あいよ! しっかり捕まってな!」


 エンタープライズ号が後進し、ゴライアスから引っこ抜かれる。  その直後。  黒き巨艦は、煙を上げながら王都の遥か彼方、無人の荒野へと墜落していった。


 ズズズズズ……ドォォォォォォン……!


 地響きと共に上がる巨大な土煙。  空飛ぶ城の最期だった。


 ***


 夕暮れの王都上空。  ボロボロになったエンタープライズ号は、凱旋するようにゆっくりと飛行していた。  地上からは、王都の民衆が手を振り、歓声を上げているのが見える。


「……終わったな」 「はい。マスター」


 隣でナオが微笑んだ。  それはプログラムされた表情ではなく、心からの安らぎに見えた。


 俺は拘束された黒川を見下ろした。  彼はもう、ただの中年男に過ぎない。  現代日本の知識を悪用し、異世界を支配しようとした男の野望は、ここで潰えた。


 だが、俺の戦いはまだ終わらない。  黒川の背後にいた『マザー』。そして、天空島に遺されていた『転移の謎』。  さらに言えば、商売の方も山積みだ。自動車の量産、鉄道網の拡大、銀行経営……。


「忙しくなるぞ、みんな」 「望むところよ、ケンイチ」 「へっ、給料弾んでくれよな!」


 エリスとヴォルグが笑う。  俺は操縦桿を握り直し、夕日に向かって舵を切った。


 異世界転移した元商社マン。  彼の冒険と商売は、まだまだ続く。  次は、世界地図の空白を埋める旅か、それとも――。

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境界の行商人 ~リストラされた42歳元商社マン、実家の蔵から異世界と日本を往復貿易。100均グッズを売って金貨を稼ぎ、奪われた愛娘と人生を取り戻す~ RIU @riu48

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