飛び降り
飛び降り自殺。自殺としては一番苦痛がないらしい。ほんとかよ、って思うけど、どうやら落下中の恐怖とか、かかるGとかで、エンドルフィンとかはたくさん出るけど気絶するから、なんだって。詳しくないけど。だから私は飛び降り自殺を選んだ。
24階建てのマンションの屋上から、ぴょんってとんで、私はまるでジェットコースターにのったような気分になる。
ふと、マンションの方を見てみる。へえ。死ぬ直前て時間が何倍にも引き延ばされるっていうけど、今ならいいたいこと、よくわかるかも。だって、窓からマンションの人たちの生活がよく見えるから。
24階。この部屋の住人はカップルだった。え、しかもちょうど修羅場なんだけど。彼女が彼氏に振られてる。かわいそう。話し声も少し聞こえてくる。彼氏は彼女の愛が少し重いんだって。それに自分が答えられる自信がないから、別れようって。彼女、すごい泣いてる。彼氏はもう部屋から出て行っちゃった。彼女、今にも死にそうな顔している。私も彼氏に同じように振られたばっかだからわかる。せっかくなら一緒に死のうって誘えればよかったんだけど。まあ、私の場合、それだけが理由じゃないんだけど。
20階。学生っぽい子がリクルートスーツを着ている。就活か。一体どんな会社に就職するんだろう。あ、待って、今日の面接相手の企業を改めて調べてるっぽいけど、そこの会社、私の就職先だよね?そんな偶然あるんだ。今すぐそこの会社はやめときなって教えてあげたい。超絶ブラックで、パワハラが当たり前のくそ会社だって。くそ、自殺の最中じゃなかったら教えてあげられるのに。あー、でも、遺書に会社のブラックさの告発文書いてるから、私が死んだあとなら少しはましになってるかも。あの学生は私みたいに、死を選ぶほど追い詰められないといいな。
16階。あ、ここに住んでいる子、若い。タンスのハンガーに、高校の制服っぽいのが掛けられている。いわゆるJKか。いいな、羨ましい。このころは私にも夢とかやりたいこととか、色々あったんだけどな。住人はいないけど、今は夏休みシーズンだからな。遊びにでも行ってるのだろう。部活かも。私も高校生の頃は部活に打ち込んでたし。え、この子、もしかしてテニス部!テニスラケットぽいのが置いてある。私もテニス部だったんだよね。世間、せま。いや、テニス部なら世界にたくさんいるか。というか、硬式か軟式かわかんないし、そもそもテニス部じゃないかもしれないしね。バドとか。まあいいか。この子の世界はきっと今、キラキラしているんだろうな。この子がいつか絶望する世界が来ないように、大人たちがいい世界を作っていけたらいいと思う。ま、無理だから私はこうして落ちているわけですが。
え、全然気絶しないけど。なんなら意識明瞭だけど。騙された?痛いの嫌なんだけど。そろそろ気絶できるのかな。
12階。小学生?中学生?くらいの子が家でゲームしている。いいな、私がこれくらいの年齢のときは――いや、これくらいのときもさすがにゲームはあったしやってたな。危うくうちのくそ上司みたいなこと言うところだった。あ、ゲームやめた。マンガ読み始めた。わかる。小学生とか中学生の夏休みって無敵に感じるんだよね。やりたいことなんでもできるっていうか。家にもよるだろうけど、私の家は父親が男手一人で私を育ててくれてて、お父さん、というか社会人に夏休みとかないから、普通に仕事行って。家に親がいないって、最高なんだよな。この子も見た感じ今保護者は出払ってそうだ。遊べ遊べ。無邪気に遊べている瞬間なんて、いっち番楽しいんだから。
8階。子供が泣いている。それを、母親がなだめている。なにかやっちゃんだろうか。それとも、駄々をこねているだけとか。いずれにせよ、やっぱ子供はガキだ。もちろん私にもガキだった瞬間があるわけですけど。みんな、大人になってから親のありがたみがわかるんだ。そして、わかったときには手遅れで、死にたくなったりするんだ。あの母親の顔。若くして亡くなったうちのお母さんの顔に似ている。きっと、優しくて素敵な親なのだろう。
4階。うわ。さっきよりもさらに子供だ。そんな子供が、絵を描いている。何歳くらいだ?あれ。子供は買ってもらったばかりであろう、綺麗めなクレヨンを次々と取り出し、ぐるぐるしたりびゃーってしたりしてる。しばらく落書きに奮闘して、完成した落書きを親に見せる。親はそれを見て、子供を撫でる。うん、尊い。母親と子供はそれから少し会話してどこかに出かけていった。ところで一体、何を書いていたんだろう。目を凝らして、目を凝らして、ようやく、わかったその絵に、私は息を飲む。それは、今もなお私の部屋に飾られている、私が書いた、家族の絵だった。
ああ、そうか。私はとっくに、気を失っていたのか。
これは、走馬灯だ。
1階。私は、私の記憶にない私の記憶を見る。中の住人は、赤ちゃんを大切そうに抱えていた。住人の声が聞こえる。
「元気に育ってね。」
もうずいぶん聞いてない、鈴の音のような優しい声で、女性の住人が赤ちゃんの名前を呼ぶ。
「優しくて明るい元気な子に。」
鈴の音の声を持つ女性は、そういって赤ちゃんの頬を撫でる。いつだって母は、私に甘く、優しかった。
「育つさ。」
頼りがいのある、逞しい声が女性を肯定する。
「育てるのさ。俺たちで。」
逞しい声の持ち主である男性は、同じように赤ちゃんを撫でる。いつも父は私のために奔走し、頼りになった。
「きっといい縁に巡り合うわ。」
いつからだろうか。元気だけが取り柄の私が、笑えなくなっていたのは。10歳で母の声を聞けなくなった。22歳で父の声を聞けなくなった。会社はゴミで、彼氏は逃げた。
「ああ、皆に好かれるような子になる。」
世界はくそだ。お母さんが死んでもお父さんが死んでも、悲しんでくれるのは一瞬だけ。気づいたらみんな、何もなかったかのように振る舞うんだ。誰も誰も誰も誰も誰も誰も私を助けてはくれなかった。辛かった。死にたかった。
「「紬。」」
住人が、赤ちゃんの――私の名前を呼ぶ。
もう大丈夫。きっと私はすぐに、お母さんとお父さんに会えるから。
「「ずっと一緒だy」」
ゴジュ
おおよそ日常生活で聞きなれない音が、住人の声を遮った。私の体が、人肌のような生ぬるい温もりに包まれていくのを感じた。
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