泉の女神は受胎告知がしたい
頼爾
第1話
王都には、とある泉がある。
待ち合わせで有名な広場の噴水から北に歩いて十分のところにある森の泉だ。
その泉は、女神の泉であった。
泉の底にいつも女神はいて、人間の生活を時折覗く。気が向けば、願いを叶えてやる。
恋愛ごとの願いばかり叶えていたせいか、女神の知らない間にこの泉は「恋愛成就の泉」ということにされていた。
コインを投げ入れて願い事をすれば、泉の女神が願い事を叶えてくれるかもしれない。そんな噂がめぐりめぐって、恋愛成就の泉にいつの間にかなってしまっていた。
女神はというと──。
「つまんないのよね~。何が『一生一緒にいられますように』よ。そんなことは二人で頑張りなさいよ。『告白する勇気をください』『求婚がうまくいきますように』って何よ。さっさと告白・求婚しなさいよ。あと、私に願ったなら事後報告に来なさい! その後どうなったのよ! 多すぎるわよ、告白と求婚! 気になるでしょうが!」
そんな状況に飽きていた。
コインを投げ入れられても、女神がそのコインでお買い物をしに行くことはない。だって神様だから。
コインが貯まると女神の居住スペースが減るので、カメたちに命じてせっせと泉の外に運ばせる。
そのコインは鳥が貧しいマッチ売りの少女のところに落としに行ったり、浮浪者が感謝しながら拾ったりするのである。
世界平和に貢献していそうなので女神はよしとしている。
ある日、珍しくコインではないものが泉に投げ込まれた。
家庭ごみではない。さすがに残飯を投げ込まれたら女神もキレる。
その日投げ込まれたのは、いくつかの装飾品だった。どれも小ぶりだがセンスが良く、泉の底に落下してくる過程でキラキラ光って綺麗だった。
女神はそれらを投げ込んだ人物に珍しく興味を持った。
「どうか婚約者と婚約解消できますように。あの人が幸せになれますように」
ん? んん?
女神は願いを聞き間違えたかと思った。
隣で優雅に泳いでいるカメを見ると、カメも首をかしげている。
婚約解消して自分が幸せになりたいのなら分かる。たまに夫に浮気された妻がやってきて「幸せな再婚ができますように」と祈ることがあるからだ。
装飾品は綺麗だったし、女神は投げ込んだ女性に強く興味を持ったので、久しぶりに水面に顔を出した。
そこにいたのは、質素なワンピースの金髪の若い女だった。纏う雰囲気は暗く、突然の女神の出現に驚いてはいるものの、その目は何かを決意しているようだった。
女神はささっと視線を走らせて、おそらくあまり裕福ではない貴族令嬢だろうとあたりをつける。
「あ、私……斧は落としていません」
「それ、違うおとぎ話だから」
金の斧と銀の斧の黒歴史を急に持ち出され、女神の表情が崩れた。
ノリでやった宴会芸がまさかあんなに広まるとは思わなかったのだ。そもそも、空気の読めない人間よ、神の飲み会が行われていた泉にわざわざ斧なんて落とすんじゃない。それも何百年前の話だ。
「大変失礼しました。女神様、そのネックレス、大変よくお似合いです」
先ほど女性が投げ入れたネックレスの一つを女神は気に入ったので、さっそくつけてみたのだ。
褒められて一瞬で女神は機嫌を直した。カメたちも褒めてくれるが、忖度のない褒めは貴重である。
『いや、神様相手だったら誰でも褒めるんじゃね?』
カメのそんなツッコミは聞かなかったことにする。
「それで、婚約解消とは何かしら? 詳しく話せばあなたの願いを叶えるのもやぶさかではないわ」
『うわぁ、女神が神様ぶってる。人間の恋愛沙汰詳しく聞きたいだけじゃん』
カメのツッコミは無視である。
そう、女神は人間の恋愛のあれこれが大好物だった。ドロドロしているのも楽しいし、そのドロドロの中に純愛が垣間見えたらもう最高である。
でも、人間は願いを叶えてもあまり感謝してくれないし、告白と求婚の結果も報告に来ないので大いに拗ねていた。
装飾品を投げ込んだ女性は、アリエル・ケイフォードと名乗った。金髪に、この泉のような水色の目の持ち主である。いい名前だ。
ケイフォード伯爵家の長女らしいが、母は彼女が小さい頃に亡くなっており、後妻がいて、異母妹の方が家では可愛がられている。アリエルの持ち物は大体「ずるい」と奪われるので、母の形見は必死で隠したそうだ。
なるほど、よくある話である。
女神は一瞬、退屈した。
どうせ、自分の婚約者が妹に夢中だから婚約解消したいのだろう。
しかし──予想は裏切られた。
「私は幼馴染の伯爵令息と婚約していましたが、妹に婚約者を譲れと言われました。妹は公爵家の嫡男と婚約していたのですが、公爵夫人となるための教育が厳しくて嫌になったようです。だから、いっそ婚約者を交換しようと。幼馴染にも可愛い妹の方がいいと、言われてしまって。両親は当たり前ですが妹の味方です」
ちょっと面白くなってきた。不憫で香ばしい香りがする。
女神は虹色に輝く自分の長い長い髪をかき上げた。カメが『格好つけてる』と言いたげな視線を向けてくるがスルーする。
そうして、アリエルと異母妹は婚約者を交換。
一見非常識なそれは貴族の政略結婚なので通ったようだ。姉妹ならどっちでもいいというやつだ。
「新しい婚約者であるウォルター・マクニール様はこんな私に大変良くしてくださいます。でも、ウォルター様には愛し合う相手がいると聞いておりますので……」
ほぉほぉ。
女神はまた面白くなってきて、ネックレスを無意味に触った。
側で呆れているカメと、「続き、はよ」と言いたげなカメの二種類のオーディエンスがいる。
まさかの「お姉さまずるい」異母妹と、そんな異母妹にころっといくおバカ幼馴染と「お前を愛することはない」と初夜に言いそうな新婚約者まで揃っている。
設定の大渋滞。どれかダイエットさせた方がいい。
身を乗り出しかけたところで、女神は気づいた。
「このネックレスは? 母親の形見ということ?」
「それはウォルター様が私に贈ってくださった装飾品です。母の形見は家から出るときの資金にしようと隠しています。その、それも家に置いて出ると妹に盗られてしまいますし……」
『売りさばけばいいじゃんね?』
カメがアリエルにも無慈悲なツッコミを入れるが、女神は制した。カメの言葉は女神にしか分からないが、何となくだ。こっちの方が女神っぽいから、ただそれだけ。
「なぜ、これらを売らなかったの?」
女神は自分の口角が上がっていることを分かっていた。
つけているネックレスから感じる、純粋な想いの香り。久方ぶりの純愛の香り。
目の前には、母親が亡くなって以降愛されなかった伯爵令嬢。
異母妹と一歳違いということは、父親は母親が病に伏して亡くなる前から後妻とよろしくやっていたということだ。政略結婚でも妻が病気なのにそういうことができる男のメンタルは、まぁ、残念なことに普通ではない。
甘やかされた異母妹はずるいずるい攻撃でアリエルからさまざまなものを奪い、とうとう気に入らなかった婚約者も交換したというわけだ。
そこから始まる逆転劇がセオリーかと思ったが、まさかの新しい婚約者には想い人が。
しかし、アリエルはおそらく──。
あぁ、なんて香ばしい。これでパン三斤はいける。女神だからパンは食べないけど。
「売れなかったんです、どうしても。でも、私が持っておくのはウォルター様の想い人に失礼ですから……でも、捨てられずに……女神様なら受け取ってくださるかと。申し訳ございません」
いやん、なんて香ばしい。
持っておきたい、売りたくない。妹に盗られるのも嫌、想い人にこれらが渡るのも嫌。でも、持って逃げるのも違う。
「んふふ」
『やばい、女神が気持ち悪い』
思わず笑いが漏れた。
「好きになってしまったんでしょう、ウォルターという新しい婚約者のことが。自分は身を引いて、なんとか婚約解消して、その想い人と幸せになれるように願うほどに」
家族と幼馴染に杜撰に扱われた後に丁寧に扱われてころっといくのは、それはそうだ。当たり前である。むしろ、いけ、いっておけ。そこがいいのだ。人間とはそういうものだ、難しく考えるな。
そこからの溺愛パターンがセオリーだが、どうも彼女は一味違う。
アリエルは頷いた。
うーん、久しぶりに見る犠牲愛である。なかなかにおいしい。犠牲愛はやりすぎるとうざいし、面倒くさいし、おいしい時期は限られている。
これは果実の話ではなく、犠牲愛の話である。腐る前が犠牲愛は一番おいしい。多分アリエルの犠牲愛は今が一番おいしい。女神はわりと犠牲愛が好きであった。
「婚約者本人に確認したの? 想い人の件は」
「確認しましたが否定されました。しかし、普通は、常識を持っているなら誰でも否定するものでしょう。ですから、情報を集めました。ウォルター様は王宮で働いていらっしゃいます。お相手は部下の女性で子爵家のご令嬢。公爵家に嫁ぐには身分が足りない。お茶会で何度も何度も、聞きました。妹もそれで婚約を嫌がっていた節があります。もちろん、私がウォルター様に釣り合っていないことは分かっていますから」
ふむ、と女神は頷いた。
アリエルの行動力はいい。本人に一度聞いているのもいい。
面倒な女は自分の頭の中だけで物語を完結させることもあるからだ。そして「釣り合っていない」という言葉は、アリエルが茶会などで夫人や令嬢から投げられた言葉なのだろう。
「我が家は婚約者の交換だったり、妹が迷惑をかけていたり……我が家から婚約解消などもう願うことはできません。それに、政略上必要な結婚です」
アリエルのこの様子なら、浮気の偽装だのなんだのはもう考えたのだろう。
家はまだしも、領民に迷惑がかかるとか考えそうなタイプの子だ。異母妹のように好き勝手できたらいいだろうに。
「婚約解消したら、あなたはどうするつもり?」
「二度も婚約解消になればもう同年代との婚約はあり得ません。母の形見を持って家を出ます。どうせ、どこかに売り飛ばされるのでしょうから」
鞭とか持ってる老貴族の後妻とかだろう。女神はうんうんと頷いて、一つ提案をした。
「私、一つどうしてもやってみたいことがあったの。それをあなたで試していいかしら。うまくいけば、新しい婚約者の本心も分かるし、ダメでも婚約解消は絶対できるわ」
『人間、聞かない方が……』
「女神様、それは何でしょうか」
「受胎告知よ」
女神は常々、受胎告知をしたあの天使はずるいと思っていた。
私だってああいうの、やりたい。金の斧と銀の斧の絵本じゃなくて。
あんな風に何パターンもいろんな画家によって絵に残してもらえるなんてずるくないだろうか。
なんだ、あのかっこいい絵の数々は。私の絵だっていろんな場所に飾られたい。絵本じゃなくて聖典に載りたい。超有名画家に超美人に描いてほしい。
「結婚前に妊娠したとなれば、貴族の婚約は必ず解消になるわ。でも大丈夫、後で神の子だと言ってあげるから。あなたが襲われたとかアバズレだとか言われないようにしてあげる」
「私が、妊娠偽装をするということでしょうか? つわりの振りだとか」
「いいえ、私がウォルターの前に姿を現して受胎告知をしてあげる。このネックレスを辿れば彼にたどり着くから。想い人と結婚したいなら、ウォルターはあなたの妊娠(大嘘)を理由に婚約破棄を迫るはず。で、そこで私が神の子を妊娠していると現れて告げてあげるから、神のご意志ということで解消に持ち込みなさい。そうしたら、慰謝料だなんだなんて言われないわ」
我ながら名案である。受胎告知もできて、アリエルも困らない。
カメの呆れた視線を受けつつ、女神は髪をかき上げる。間違っても鼻を鳴らすなんて下品な真似はしない。
「それは……教会にバレると、まずくないでしょうか」
「そこは私、神だからちゃんとやるわよ。神の子だと騒ぎになって教会にあなたを監禁、なんてさせないわ」
アリエルはしばらく考え込んでいたが、よほど手がないのか頷いた。カメたちは首を横に振ってやめといた方がいいと示していたが……。
「ふふ、じゃあシークレットなベビー案件ね」
「シークレットベビーですか?」
「えぇ、受胎告知だって十分シークレットベビーよ。人間界では略してシクベというのでしょう?」
女神が胸を張ると、アリエルは微笑んだ。
「女神様は人間のことについて詳しくていらっしゃるのですね」
「えぇ、それではアリエル。あなた、帰ってこの布団で寝なさい。婚約解消の際は、この布団で寝たら神が現れて子供ができたということにするのよ」
女神としては流れは完璧なつもりである。
女神は泉から敷き布団を取り出したが、カメに『いや、持って帰れないだろ』とツッコミを入れられた。それもそうだった。後で神の力で発送するしかない。
アリエルは驚きながらも、虐げられてやや価値観がずれているのか真面目に質問してくる。
「女神様はもしや、願いをしに来た人々に布団を配っていらっしゃるのですか?」
「いいえ、今回だけよ。だって、シクベ案件なのよ。布団も敷かないと」
「シークレットベビーの臨場感というものでしょうか。そうですよね、私もウォルター様に婚約破棄を言われた時にはちゃんと神の子を妊娠している演技をしなければ。そして解消に持ち込みます」
『なんか、話、おかしくなってね?』
カメのツッコミは無視である。
「シクベ案件なんだもの。布団も敷くべ(シクべ)ってやつよ! 神から与えられた布団で寝てシークレットベビーができる流れの方が綺麗でしょ」
女神は実はジョークが好きであった。
カメたちには全くウケないのでここ百年くらい言っていなかったが、香ばしいアリエルが来たので言いたくなったのだ。
カメたちの視線は冷たい。泉が凍らないのが不思議なくらい冷たい。
「ふふっ、驚きました。実は人間界では布団を売りつける詐欺が横行したことがありまして、確か五年ほど前だったでしょうか。女神さまからのそれに対する揶揄なのかと思いました」
「え、五年前?」
アリエルは笑ってくれたが、五年前に同じジョークがあったということ? やだ、私って流行から遅れてるってこと?
「はい。特に年配の方に向けて、同調圧力で高い布団を買わせるのです。最初はパンを無料で配るという宣伝で釣り、パンがもらえる場所に行ったらもらえはするけれど、さまざまな商品が並んでいて、それらも買うのが当たり前というような雰囲気を出して買わせるのです。サクラも交ぜておいてそういう雰囲気を作るのです」
「へぇ……人間はすごいことを考えるのね」
「布団は中に高級な羽毛を使っているという触れ込みで、定番商品だったようです」
「へ、へぇ……」
「私の緊張をほぐそうとしてジョークを言ってくださったのですね、ありがとうございます」
布団詐欺と一緒にされたのはちょっと悲しいが、アリエルが詐欺をやっていたわけではない。まぁ、アリエルが笑ってくれたからいいか。カメたち、全然笑ってもくれないし。笑ってくれたアリエルはいい子である。
「女神様、その布団、なぜ泉の中から出したのに濡れていないのでしょうか。その技術が素晴らしいと思います」
泉から出てきた女神もカメも布団も全く濡れていない。
「私が女神だからよ」
ザ・神のパワーである。
「なるほど、これが……神の力……」
『なんなの、この会話』
『まぁ、いいじゃん。あの子、喜んでるんだから』
『布団濡れてないって話じゃん?』
『どうすんの、これ。女神がまた百年前みたいに寒いおやじギャグ言い出したら』
『泉が凍るだけじゃね?』
バシッと決まらなかったものの、女神はその夜にはネックレスを辿ってウォルター・マクニールの元にたどり着いた。
正直、女神はウォルターの想い人云々は嘘だと思っている。
マクニール公爵家は公爵夫人がかなり前に亡くなっているのだ。女主人がおらず、マクニール公爵家には男児のみ。そして茶会は女性の戦場だと聞いている。
では、茶会で何が起きるのか。誤解でも言いたい放題だろう。「私、ウォルター様と将来を約束したんです」とか「ウォルター様から装飾品をいただいたんです」とかとか。
噂の相手がたかが子爵令嬢なのは意味がよくわからないが、おそらく派閥とか、ばれても子爵令嬢の妄想でしたで終わらせる気なのかもしれない。
公爵家ともあろう高位の家が噂に気づかないのもどうかと思うが、ウォルター本人が対処しなければならない話である。ヘタレはダメだ。
「驚かずにお聞きなさい。あなたの婚約者であるアリエルは、妊娠しています」
公爵邸の自室で本を読んでいたウォルターは、突然現れた神々しい女神に驚いていた。
だが、驚きの中でも女神の告げた内容をすぐに咀嚼したらしい。
「……アリエルは誰かに乱暴されたのですか? まさか、幼馴染の元婚約者に? あの妹には伯爵家を継ぐ能力はないから、まさかそんなことをして彼女を家につなぎとめようとした!? もう少しで彼女を迎えに行けると思ったのに!」
ほぉ。
女神は感心した。
すぐさまこんな考え方をするということは、このウォルターとやらはアリエルのことが好きである。
まぁ、女神は最初から分かっていた。「お前を愛することはない」系男にしては贈り物の装飾品のセンスがいい。良すぎる。
パッと見ても分からないが、小ぶりで高価な装飾品ばかりだった。派手好きな異母妹に横取りされない様な配慮をしつつ、品位は損なっていない。「お前を~」系男ならもっとケチるし、そんな思いやりなどないはず。無論、結婚式後に大豹変パターンもアリエル。なお、これは親父ギャグではない。
「いいえ、彼女は恵みを受けたのです」
厳かな声で告げる。
ウォルターは訳が分からないというように立ち上がりかけた姿勢のままだ。
女神は憧れの受胎告知を続けることにした。実は結構楽しい。
「あなたはアリエルを愛しているのですか? 交換した婚約者なのに。彼女は哀れです。だから私は恵みを授けました。彼女は私(の渡した布団)とともにあります」
これだと誘拐に聞こえるだろうか。言葉って難しい。でも、あの天使に負けるのは癪だ。
「あ、愛しています。まさか、私に関する噂のことで悩ませていた? 否定したし、やっと誰があの噂の元凶か分かったのに」
ほほぅ、純愛の香りがする。
なるほど、一人で解決して巻き込まないようにしていたパターンか。
女神は満足した。憧れの受胎告知もできたし、どうやらこのカップルはうまくいきそうである。
女神というよりもほとんど後方彼氏面だ。
しかし、アリエルは報連相をきちんとするだろうか。
万が一ウォルターが「お前を愛することはない」系男だったら婚約解消して逃げるだろうから、その時に会いに来てくれるだろうか。さすがにこの後無視されたら、女神もいじける。
アリエルがウォルターとともに泉に現れのは、女神がウォルターの前に出現した翌日の夕方だった。
行動が早い。
ウォルターはアリエルの肩を抱き、アリエルは頬を赤らめている。
二人でしっかり話し合った様子である。
「想い人の噂は大嘘だったわけね」
二人の前に姿を現して、報告を聞く。律儀に報告に来る人間は大変可愛い。
マクニール公爵家をよく思わない家が噂を流しており、子爵令嬢はトカゲのしっぽ切り対象だったわけだ。その子爵令嬢は本気でウォルターのことが好きだったようだが。
あの子爵令嬢がこの泉に来て祈ったらどうしていただろうか。女神は考えたが、その時になってみないと分からなかった。
ウォルターはずっとアリエルのことが好きだったが、おかしな噂を立てられるなどマクニール公爵家の敵が常にいる状態だったので、なかなか公にできなかったようだ。
好きだったのは、それこそ婚約者を交換する前から。そんなのバレたら足を引っ張られるどころではない。アリエルは反公爵家の勢力に誘拐されたり、襲われたりしていたかもしれない。
ウォルターは、アリエルの元婚約者に異母妹をけしかけるなんて腹黒執着系なことはしていなかった。
そこは安心した。
ころっといった元婚約者と誘惑する異母妹が悪いとはいえ、陥れ傷つけるようなことを平気でする男はアリエルにどうなのかと女神は思っていたのだ。
心境は女神というよりも近所の親戚のおばちゃんである。ただし、女神はヤンデレは好きである。
「女神様。願いを聞き届けていただき、ありがとうございます」
「婚約解消の願いは叶えなかったけど、婚約者が幸せになる願いは叶えたから」
久しぶりにいい仕事をした。泉の女神らしい仕事を。あと百年くらいはさぼろう。
アリエルが投げ入れた装飾品はもらっておいた。彼女はもっといいものを買ってもらえばいいからだ。
あの後すぐに結婚して毒親と毒異母妹と下半身の緩そうな元婚約者から離れたアリエルは、あの布団を律儀に使い続けたらしい。そしてすぐに妊娠した。
することしたんだからと思う女神だったが、女神が与えた布団ということで(回収し忘れただけ)最近は恋愛よりも子宝に関する願いの方が多くなった。コインが増えてカメの仕事は増えた。
一方の異母妹の方は結婚したがなかなか子宝に恵まれず、泉にも願いに来たらしいが女神は知らない。
なぜなら、受胎告知のカッコいい絵を残してもらえると思ったのに、なんとアリエルに布団を渡す女神の絵が数多く描かれてしまい、頭を抱えていたからだ。
「受胎告知がしたかっただけなのに!」
『布団のジョークを入れるから』
『そもそもシークレットベビーの定義違わない?』
「いいのよ、私(女神)とアリエルとの間のシークレットがあるベビーなんだから!」
泉の女神は受胎告知がしたい 頼爾 @Raiji
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