第十五章 王国水道局の設立

神殿との和解は失敗に終わった。


 しかし、勝男には他にやるべきことがあった。


 魔王軍は一時撤退したが、いつまた攻めてくるかわからない。


 その前に、全国の都市を水道で守る必要がある。


「今後の計画を説明します」


 王城の会議室で、勝男は大きな地図を広げた。


「魔王軍の主要な進攻ルートは、ここです」


 北方から王都に至る街道沿いに、赤い線を引く。


「この線上にある都市に、優先的に浄水システムを設置します」


「いくつある?」


 王が聞いた。


「十二都市です」


「十二……それをどれくらいで完成させられる」


「本来なら、一都市につき三年。十二都市なら、三十六年」


 会議室がざわめいた。


「そんなに——」


「しかし」


 勝男は続けた。


「応急処置だけなら、一都市一ヶ月で対応できます。十二都市で一年」


「応急処置?」


「本格的な上下水道ではなく、緊急用の浄水プラントと配水システムです。ノルデンブルクでやったのと同じ方式」


 将軍が口を挟んだ。


「一年か……魔王軍がそれまで待ってくれればいいが」


「待たせます」


 勝男は断言した。


「俺が直接、前線の都市を回ります。魔王軍が攻めてきたら、その場で対応する」


「危険すぎる」


「危険でも、やるしかありません」


 王は勝男を見つめた。


「……わかった。やってみろ」


    *


 それから一年。


 勝男は王国中を駆け回った。


 北方の城塞都市。東の港町。西の鉱山町。


 どこへ行っても、同じ作業を繰り返した。


 水源を調査する。浄水プラントを設計する。職人を指揮して建設する。稼働させる。


 次の都市へ移動する。


 繰り返し。繰り返し。


 睡眠時間は一日三時間。


 移動中の馬車の中でも、設計図を描いていた。


「カツオさん、無理しすぎよ」


 リーゼが心配そうに言った。


「倒れたらどうするの」


「倒れる前に終わらせる」


「でも——」


「終わったら休む。それまでは走り続ける」


 勝男の目には、異常な光があった。


 使命感。責任感。


 そして——何か別のもの。


「……何を急いでるの?」


 リーゼが聞いた。


「俺には、時間がないかもしれない」


 勝男は小さく言った。


「え?」


「スキルを使いすぎてる。毎日、何度も浄化を行ってる。体への負担が——」


「どういうこと?」


 勝男は自分の手を見た。


「最近、指先の感覚がない時がある。スキルを使った後、しばらく動けなくなることもある」


「そんな——なんで言わなかったの!」


「言っても意味がない。俺にしかできないことだから」


 リーゼは言葉を失った。


「だから」


 勝男は言った。


「急いでるんだ。俺がダメになる前に、システムを完成させないと。俺がいなくても回るように、後継者を育てないと」


 リーゼの目から、涙がこぼれた。


「馬鹿……馬鹿よ、カツオさん……」


「泣くな」


「泣くわよ! あなたが——あなたが死んでしまったら、私——」


 勝男はリーゼの頭を、そっと撫でた。


「死なないよ。まだ、やることが残ってる」


「嘘つき……」


「嘘じゃない。約束する」


 勝男は前を見た。


 次の都市が、丘の向こうに見えている。


「さあ、行くぞ。仕事だ」


 馬車は走り続けた。

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