第八章 配管職人ギルド

王都への旅は、簡単なものではなかった。


 辺境伯は護衛として騎士と兵士を出してくれたが、それでも道中は危険がつきまとった。


 神殿騎士団による妨害。


 山賊に偽装した襲撃者。


 夜営地への放火。


 勝男たちは何度も危機を切り抜けながら、王都を目指した。


「しつこいな」


 ハンスが剣を抜きながら言った。


 彼はエルデ村から勝男についてきていた。井戸番から、今では護衛役兼配管職人見習いだ。


「神殿の連中、本気であんたを消そうとしてやがる」


「俺が邪魔なんだろうね。商売敵だから」


 勝男は淡々と答えた。


「でも殺されるわけにはいかない。まだやることがたくさんある」


 旅の途中、勝男は各地の村や町で水の状態を観察した。


 どこも、ヴェルニアと大差なかった。


 汚れた井戸水。川への汚物投棄。疫病の蔓延。


「この国全体が、同じ問題を抱えてるんだ」


 勝男は呟いた。


「ヴェルニアだけ解決しても、根本的な解決にはならない」


 リーゼが聞いた。


「どうするの?」


「国全体に水道を広げる。それしかない」


「国全体? そんなこと、できるの?」


「一人じゃ無理だ。だから——」


 勝男は言った。


「ギルドを大きくする。王都にも支部を作る。各地に水道技術者を育てて、配置する」


 それは途方もない計画だった。


 日本で言えば、明治時代に上下水道を全国に普及させた——あの大事業に匹敵する。


 しかし、やるしかなかった。


 このままでは、この世界の人々は永遠に汚れた水で苦しみ続ける。


 それを止められるのは、自分だけだ。


 勝男はそう確信していた。


    *


 王都ゼルディアに到着したのは、出発から三週間後だった。


 城下町ヴェルニアの五倍はある巨大都市。


 人口は二十万人を超えるという。


 そして——


 衛生状態は、予想通り最悪だった。


「ひどい……」


 リーゼが顔をしかめた。


「ヴェルニアより、もっとひどい」


「人が多いからね。汚物も多くなる」


 勝男は街を観察しながら歩いた。


 道端には糞尿が散乱している。川は真っ黒に濁っている。悪臭が街全体を覆っている。


 そして、至る所で病人が倒れていた。


「疫病が蔓延してるな」


 勝男は呟いた。


「王都でもか……」


 騎士の一人が言った。


「ここ数ヶ月、特にひどくなっています。神殿が『浄化の祈り』を行っていますが、効果は——」


「効果がないから、俺を呼んだんだろう」


 勝男は街を見渡した。


「ここに水道を引くには、どれくらいかかるかな」


「そんなこと、今考えるの?」


 リーゼが呆れた声を出した。


「これから異端審問があるのに」


「審問で勝つためにも、考えておかないと」


 勝男は言った。


「神殿の水は効かない。俺の水は効く。その差を証明できれば、異端審問なんて怖くない」


 リーゼは黙った。


 勝男の言う通りだった。


 最大の武器は、技術の実績。


 それを示せば、王も民衆も、自分の味方になってくれるはずだ。


 一行は王城に向かった。


 辺境伯の紹介状を見せると、すぐに王への謁見が許可された。


 謁見の間は、荘厳な空間だった。


 高い天井。ステンドグラスの窓。そして、玉座に座る王。


 王・アルベルト三世は、五十代の精悍な男だった。


 しかし、その顔には深い疲労の色があった。


「お主が『水の聖者』か」


 王は勝男を見下ろした。


「聖者ではありません、陛下。俺は——」


「水道屋、だったな」


 王は少し笑った。


「ヴェルナー辺境伯から報告は受けている。興味深い話だ」


「ありがとうございます」


「だが——」


 王の表情が曇った。


「大神殿は、お主を異端と断じている。明日の審問では、お主を火刑に処すべきだと主張するだろう」


「俺は異端ではありません」


「それを証明できるか?」


 勝男は頷いた。


「証明してみせます。ただし——」


 彼は王を真っ直ぐに見つめた。


「条件があります」


「条件だと?」


 王の声には驚きがあった。


 死刑になるかもしれない状況で、条件をつけるとは。


「審問の場で、俺の技術を実演する機会をください。神殿の水と、俺の水を比較する機会を」


 王は考え込んだ。


 そして——


「よかろう」


 彼は言った。


「明日の審問で、お主に機会を与えよう。ただし——」


 王は立ち上がった。


「もし失敗したら、神殿の主張を認めざるを得ない。それでもいいのか」


「構いません」


 勝男は即答した。


「俺の水は、必ず効きます」


 王は微笑んだ。


「面白い男だな、お主は。その自信、見せてもらおう」


 こうして——


 運命の審問の日が、やってきた。

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