回想12

 生きる理由とはなんだろうか。まだ十月だというのに身を切るような冷たい風を肌で受けながら、私は考える。考えるふりをする。そうしている間は、他のなにも考えなくてもいい気がするから。そうしている間は、私は先生の生徒でいられる気がするから。私は見慣れたアスファルトを辿る。意味も価値も意義も、すべてを白紙に戻したい。白紙で始まって、白紙で終わる。そんな小説を、先生は読んでくれるだろうか。わかんない。あの先生、お人好しだから。きっとどんなつまらない小説も、一応は最後まで読んでくれそうだ。ぼーっと歩いていたら、いつのまにか家の前についていた。

「ただいま。」

私が家の扉を開けると、叔母さんが「おかえり。」を言ってくれた。ご飯は、ハンバーガーを買ってきてくれたらしかった。実は私が唯一好きな食べ物だ。叔母さんは先に食べていたらしくて、意図して遅く帰ったわけではないけど、久しぶりに一人で食事を始められた。袋からハンバーガーを取り出し、なるべく豪快にかぶりつく。そういえば、以前先生に私の好きな食べ物を聞いたとき、先生の答えかすりもしなかったな。そんなマイナーな食べ物でもないと思うけど。まあ、少し意地悪な質問をしたかもしれない。だってそんな伏線、張ってないし。またもう一口それをかじる。美味しい。自分でもなんでこれだけ好きなのかわからない。初めてみおちゃんともだちと食べた食べ物だったからかな。わかんない。運命かも。叔母さんは私に話しかけたのか独り言か、テレビで昨日あったらしい交通事故のニュースに「悲しいねえ」とつぶやいている。私は「そうだね」と答えるけど、本当は見ず知らずの誰かのために悲しんであげられないし、泣いてあげられない。ほとんどの人間は結局そうだと思う。叔母さんも、ニュースキャスターも。そういうことをするのは先生で十分だ。だからかわりに、私は先生のために泣きたいと思う。食べ終わるころにはすっかり満腹で、久しぶりの好物に私はご満悦だった。私の生きる理由は、ハンバーガーを食べることなんかでよかったのかもしれない。

 「ゆーりちゃん!数学の宿題やってある?」

学校に来るなり、私はものすごい勢いで友達に詰め寄られる。

「それはもちろん。今日までだからね。もしかして。」

「違うよー。やってはいるって。わかんないところがあって。答え合わせしよう~。」

「私でいいの?あってるかどうかわからないからね。」

私は鞄から数学のプリントを出す。そういえば、いつのまにか数学の問題、最低限はわかるようになってきたな。プリントを眺めながら思う。勉強の成果で、先生の成果だ。これ以上は出きるようにならなくていい。私はいたって普通の、何者でもないつまらない主人公でありたい。数学の問題の答えは一緒だったらしい。果たしてそれが正解なのかは、私は興味ない。

「まあとりあえず平気そうかー。ありがとう。ほんとに数学の宿題多いのだるいよね。」

「そうだね。」

きっとこのこには私なんかと違ってちゃんと生きる理由があって、宿題なんかに割く時間がもったいないのだろう。なら彼女の抗議はもっともで、私がけちをつけていいような代物ではない。そう思うと、私は同意しかできなかった。やがて他にもたくさんのこがやってきて、ここがたくさんの希望に満ちていくのを感じた。私ははぶかれているような感じがして、居心地が悪かった。だから担任が入ってきたことに、救われたとまで感じてしまう。

「はい、お前ら。席につけ―。」

ざわざわとした教室が静かさを取り戻していく。私は最近不安定だと自分でも思う。まるで、自分の生きる理由を失っているかのような。だから私は、みんなが羨ましい。私もいつか、みんなの前で私の小説を自慢できる日が来て、みんなと友達になれるだろうか。さやちゃんとか、さほちゃんとか、あいちゃんとかと、友達に。無理だろうな。私の小説は、とてもだれかに見せられる代物じゃない。やっぱり私は小説を書くのが向いてないと思う。小説なんてものは、読むだけで十分かもしれない。

 二回目だ。先生が日曜日の午後一時にこのカフェにいないのは。私はココアを頼んでから、本を広げる。流行りの恋愛小説の主人公の寿命はどれも短命で、羨ましい。私も残り三ヶ月の命とか宣告されないだろうか。こんな私でも、死ねば売れる小説にならないかな。現実じゃ無理か。同じ学校の生徒の死ですら一ヶ月ともたないんだ。空想の世界の主人公にずるいと文句を言いたくなったが、思いとどまる。そうじゃないか。人生に価値のある主人公だから、短命でも生きる理由が残りの余命に全部詰まってて完成してるんだ。私みたいなのが短命でも、結局はその寿命もだらだら過ごして、つまらない主人公になるんだろうな。本を読み終わって一息つく。やることがなくなる。いつも何してたんだっけ。先生も小説もない私は、なにもできない。やっぱり私は、生きる理由に依存しすぎていたかもしれない。私は空想する。もし私が先生になったら、私はいったい誰にどんなことを教えてあげられるだろうか。目を瞑って、空想する。暗いだけだった。ふと、肩を叩かれた。私は先生かと思って、慌てて振り返る。そこにはクラスメイトの女の子がいた。

「やっぱり結莉ちゃんだ!やっほー。」

「あれ。やっほー。一人?」

「そう。ちょっとね。」

彼女は少し照れくさそうに頬をかく。

「誰にも言わないで欲しいんだけど、実は私、小説を書いてて。アイデアに行き詰まったとき、ここのカフェに一人で来てるんだ。雰囲気が好きで。」

彼女はまるでちょっとだけ悪いことをしちゃったかのように私に耳打ちする。私はどんな顔をしたんだろう。でも、彼女に「どう?びっくりした?」と聞かれるくらいには、驚いた表情をしてしまったかもしれない。もちろん彼女はきっと知らない。私が驚いている本当の理由を。

「それは…。」

それは、生きる理由なんだろうか。とは、さすがに聞けなくて、「それは、素敵だね」とお茶を濁した。そうか。小説を、書いているのか。私は彼女の目を見る。眸を見る。生きる理由に満ちているような、キラキラした目。黒いくせに光を放ってるかのような眸。私とは全然違うはずなのに、その顔は、鏡で見たことある顔に似ている気がした。そんなはずないのに。いつのまにか私は、その黒に心を奪われていたようで、彼女の小説を読みたいと強く思った。読みたい。さほちゃんの小説を読んでみたい。

「完成したら、私にも見せてよ。」

気づいたら私は口に出していた。さほちゃんは小さくうなずいて、はにかんだ。羨ましいと思うのは卑怯だろうか。死にたくなるのは、我儘だろうか。先生。先生はなんで今日、いないのですか。私は先生に会いたかった。

「じゃあね。」

ちょっと話した後、彼女はお店を出て行った。帰る直前に私に気づいて声をかけてくれていたらしい。彼女の生きる理由は何だろうか。小さくなっていく背中をみながら考える。小説を書くことじゃないといいなと思う。私の生きる理由も、小説を書くことじゃなければいいなと思う。執着は、二番煎じの物語にしかならないから。

 生きる理由とはなんだろうか。まだ十月だというのに身を切るような冷たい風を肌で受けながら、私は考える。他は何も考えない。私は見慣れたアスファルトを辿る。意味も価値も意義も、すべてを白紙に戻したい。白紙で始まって、白紙で終わる。そんな小説が私であるべきだった。そう思ったことを、先生には知られたくない。ぼーっと歩いていたら、いつのまにか家の前についていた。

「ただいま。」

私が家の扉を開けると、叔母さんが「おかえり。」を言ってくれた。ご飯は、餃子を作ってくれたらしかった。食べ終わって、ご馳走さまをして、自分の部屋に戻る。そして、寝る。

 生きる理由とはなんだろうか。考える。十月。寒い。私は考える。気づいたら学校に着いている。

 生きる理由とはなんだろうか。考える。授業を受ける。人と話す。授業を受ける。私は考える。いつの間にか学校が終わる。帰る。

 生きる理由とはなんだろうか。考える。ご飯を食べる。叔母さんと話す。テレビを見る。部屋に戻る。寝る。

 生きる理由とはなんだろうか。考える。寒い。私は考える。気づいたら学校に着いている。

 生きる理由とはなんだろうか。考える。授業を受ける。人と話す。授業を受ける。私は考える。いつの間にか学校が終わる。帰る。

 生きる理由とはなんだろうか。考える。ご飯を食べる。叔母さんと話す。テレビを見る。部屋に戻る。自分に飽きて、寝る。繰り返し。

 生きる理由。それを考える。考えてたら、一週間が終わっていた。この一週間、私は白紙だった。無意味で、無価値で、無意義。ね。貴方の手に取った小説はつまらないでしょう?それが私の小説なのかもしれない。私は何者でもない。何者になろうとしても、なれない。本当はそうわかっていた。だからこそ私は、先生の生徒になりたかった。

 生きる理由とはなんだろうか。なんなのだろうか。なんなのだろう。三回目だ。先生がカフェに来ないのは。二週連続ははじめて。私はコーヒーを飲む。先生は何が好きなんだろうか。こんな苦いもの。私はなんで飲んでいるんだろう。こんな苦いもの。私は試しにペンを手に取る。白紙の原稿を広げてみる。けど、やっぱりなにもかけない。私の小説は、先生のものだ。今の私にはなにもない。私の生きる理由とはなんなのだろうか。もしかして、そんなもの、なくてもよかったんじゃないだろうか。私は私と先生の小説を否定して冒涜する。先生は次の日曜日、カフェに来るだろうか。小説の感想を聞かせてくれるだろうか。私はそれまでの間、それ楽しみにすることを、生きる理由と呼ぶことにした。

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