「お前はただの通訳だ」とSランク勇者パーティを追放された俺、実は古代言語でダンジョンを『支配』していたと気付いてももう遅い。魔王と直接交渉して幹部待遇になったので、人類を滅ぼす側に回りますね。

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第一話 管理者権限、剥奪

ダンジョンの深層には、独特の匂いが漂っている。

湿った苔の匂い、乾いた土の匂い、そして濃密すぎる魔素が引き起こす、鼻の奥をツンと刺激するオゾンのような臭気。


俺、アルトは額に滲む汗を手の甲で拭いながら、目の前の巨大な石扉を見上げた。

そこには、赤黒い燐光を放つ幾何学模様――古代の言語体系に基づく『魔言(まげん)』がびっしりと刻まれている。

常人ならば、ただの不気味な模様にしか見えないだろう。あるいは、少し知識がある魔術師なら「封印の術式」だと推測するかもしれない。


だが、俺には読める。

いや、『読める』という表現は正確ではない。俺には、その文字の裏側にある『構造』と『命令系統』が見えているのだ。


『警告:侵入者を確認。防衛システム、レベル9を起動。対象の殲滅を開始しますか? Yes/No』


石扉が発しているのは、殺意に満ちた自動迎撃の起動シークエンスだ。

このまま扉を開ければ、その瞬間に部屋全体が数万度の熱線で焼かれるか、あるいは空間ごと圧縮されてミンチになる。

俺は小さく息を吐き出し、喉の奥で音にならない音を紡いだ。


(……コマンド、介入。防衛システム、強制停止。権限者コード、アルト。セキュリティレベルを一時的にゼロへ書き換え。トラップ、スリープモードへ移行せよ)


俺の思考と連動するように、石扉の上の赤黒い光が、一瞬だけ青白く明滅し、そしてフッと消えた。

システムが俺の命令を受理したのだ。

ズズズ、と重苦しい音を立てて、巨大な石扉がひとりでに開き始める。


「おっしゃあ! 開いたぜ!」


その瞬間、俺の背後から野太い声が上がった。

Sランクパーティ『栄光の剣』のリーダーであり、勇者の称号を持つ男、ガレオスだ。

身の丈ほどもある大剣を軽々と担ぎ、黄金の鎧をガチャガチャと鳴らして俺の横を通り過ぎていく。


「さっすが俺の威圧感だな。扉の魔力がビビって勝手に開きやがった」

「さすがですわ、ガレオス様。ダンジョンの仕掛けさえもひれ伏す覇気、惚れ惚れします」


ガレオスの腕に絡みつきながら、甘ったるい声を出すのは聖女ソフィア。

白磁の肌に豪華な法衣を纏った美女だが、その瞳はガレオス以外を映していない。


「おい、アルト。何ボーッとしてんだ。さっさとついて来いよ、このノロマ」


最後尾から冷ややかな視線を投げてきたのは、魔導師のリリアだ。

彼女は短く切りそろえた杖でコツコツと床を叩き、俺を汚いものでも見るように睨みつけた。


「……ああ、今行く」


俺は乾いた唇を舐め、彼らの背中を追った。

彼らは気づいていない。

ガレオスの威圧感で扉が開いたわけでもなければ、偶然罠が作動しなかったわけでもないことを。

すべて俺が、ダンジョンの管理システムである『魔言』をリアルタイムで解読し、ハッキングして無効化しているからこそ、彼らは無傷でここまで来られているのだということを。


だが、それを説明しても無駄だった。

過去に何度も伝えようとした。「俺が罠を止めている」と。

しかし彼らの反応はいつも同じだ。


『ハァ? お前、剣も振れないし魔法も撃てないだろ? ただ壁の文字読んでブツブツ言ってるだけじゃねえか』

『私の回復魔法があるから罠なんて関係ないし』

『俺の防御力なら即死トラップだって耐えられるぜ!』


彼らは『冒険者』としては超一流だ。戦闘能力はずば抜けている。

だが、それ故に『見えない力』に対する想像力が欠落していた。

目の前の敵を殴って倒すことこそが全てであり、戦闘が始まらない理由を深く考えようとはしない。


(まあいい。報酬さえ貰えれば、それで……)


病気の妹の治療費。

それさえ稼げれば、俺はどんな屈辱にも耐えるつもりだった。

このダンジョンは『奈落の顎(あぎと)』と呼ばれる未踏破領域。最深部のボスを倒せば、国から莫大な報奨金が出る。

それで全てが終わるはずだった。


ボス部屋の前、安全地帯(セーフティエリア)と呼ばれる小部屋に到着した時、ガレオスが足を止めた。


「よし、ここで一旦休憩だ。ボス戦の前にコンディションを整えるぞ」


ガレオスの号令で、全員が荷物を下ろす。

俺も肩に食い込んでいた巨大な荷物袋――パーティ全員分の食料やテントが入ったマジックバッグ――を下ろそうとした、その時だった。


「アルト。お前は座るな」


ガレオスの声は、普段の粗暴な響きとは違い、妙に低く、静かだった。

俺は中腰のまま動きを止める。


「……え?」

「話がある。全員、こっちを見ろ」


ガレオスが岩の上に腰掛け、大剣を地面に突き刺す。

ソフィアとリリアが、あらかじめ打ち合わせていたかのように、ガレオスの両脇に立った。

嫌な予感が背筋を駆け上がる。

この空気。この配置。そして、向けられる視線の冷たさ。

何度も他の冒険者パーティで見てきた、最悪の光景。


「単刀直入に言うぞ、アルト。お前、ここでクビだ」


予想通りの言葉だった。

だが、そのあまりの理不尽なタイミングに、俺の頭は一瞬真っ白になった。


「……クビ、って。ここ、ダンジョンの最深層だぞ? 地上に戻るだけでも三日はかかる。それに、これからボス戦じゃ――」

「だからだよ」


ガレオスが鼻で笑い、俺の言葉を遮った。


「これからボス戦だから、お前がいらねえんだよ」

「どういう、意味だ」

「わかんねえのか? この『役立たず』が」


ガレオスは苛立ったように吐き捨てた。


「いいか? 俺たちはSランクパーティ『栄光の剣』だ。俺の剣撃、ソフィアの回復、リリアの火力魔法。この三つがあれば、どんな敵も粉砕できる。だが、お前はどうだ?」


ガレオスの指が、俺の胸元を無遠慮に突く。


「戦闘中、お前はいつも後ろの方で看板を眺めてるか、壁に向かってブツブツお経を唱えてるだけ。剣も振らなきゃ、攻撃魔法の一つも撃てない。正直言ってな、目障りなんだよ」

「……俺は遊んでるわけじゃない! 戦闘中、敵の増援が来ないように通路を封鎖したり、モンスターのステータスを解析して弱体化(デバフ)をかけたりしている!」


俺は必死に反論した。

実際、戦闘中に俺が『魔言』を使って周囲の環境を書き換えなければ、彼らは無限に湧き出る雑魚モンスターの群れに圧殺されているはずなのだ。


だが、リリアが呆れたようにため息をついた。


「はぁ……またそれ? あのねえ、アルト。貴方の言う『弱体化』って、効果が見えないのよ。ガレオスが強いから敵が弱く見えるだけでしょ? それを自分の手柄みたいに言うの、本当に痛々しいわ」

「そ、そうですよぉ。それに通路の封鎖って……ただ貴方が壁を見てたら、たまたま敵が来なかっただけでしょ? 偶然を実力って言い張るのは詐欺師の手口ですわ」


ソフィアもクスクスと笑いながら同意する。

だめだ。話が通じない。

彼らにとって『魔法』とは、派手な光と爆発を伴う現象のことなのだ。

俺が行っている『概念干渉』や『因果律の書き換え』といった地味で高度な術式は、彼らの目には何もしていないようにしか映らない。


「それにだ」


ガレオスがニヤリと下卑た笑みを浮かべた。


「今回のボス討伐、報酬は金貨一万枚だ。四人で分ければ二千五百枚。だが、三人なら? 三千三百枚以上になる」

「……金のためか」

「当たり前だろ! 何もしてねえ寄生虫に払う金なんかねえんだよ!」


ガレオスが怒鳴り、俺の胸を蹴り飛ばした。

無防備だった俺は無様に地面を転がり、背中を硬い岩壁に打ち付ける。

肺の中の空気が強制的に吐き出され、咳き込んだ。


「げほっ、がはっ……!」

「おいおい、情けねえなぁ。一発蹴られただけでそれかよ? やっぱりお前、冒険者向いてねえわ」


見下ろす三人の目は、完全に俺を『仲間』ではなく『不要な廃棄物』として見ていた。

そこにあるのは悪意ですらない。純粋な選民思想と、無知ゆえの傲慢。

彼らは本気で、俺がいなくても何の問題もないと信じているのだ。


「さて、と。アルト、パーティを抜けるに当たって、装備とアイテムは返してもらうぞ」

「……は?」


耳を疑った。


「そのマジックバッグ、中身のポーションも食料も、俺たちが金を出して買ったもんだ。お前が持ってく権利はねえよな?」

「ま、待てよ! ここから地上まで、食料も水もなしで戻れって言うのか!? それに、この装備だって俺が自分でお金を貯めて――」

「うるせえ!」


ガレオスが大剣の腹で俺の手を打ち据えた。

骨が軋む音がして、激痛が走る。


「『栄光の剣』のメンバーとして稼いだ金で買ったんだろ? なら、それはパーティの所有物だ。身一つで消えろ」


リリアが無詠唱の魔法で、俺の腰からマジックバッグを奪い取る。

ソフィアが俺の着ていた外套(ローブ)を剥ぎ取る。このローブには微弱な魔力耐性があり、深層の瘴気から身を守るために必須なものだった。


「あ、この短剣も貰っておきますね。予備のナイフとして使えそうですし」

「ちょ、それは母さんの形見……!」

「パーティへの違約金代わりですわ。感謝してくださいな」


身ぐるみを剥がされ、残ったのは薄汚れた平服のシャツとズボン、そしてすり減ったブーツだけ。

武器も、食料も、明かりすらない。

この深層で、それは『死』と同義だった。


「じゃあな、アルト。運が良ければ、他の冒険者に拾ってもらえるかもな。ま、こんな深層まで来る奴なんて俺たち以外にいねえけどな! ギャハハハハ!」


ガレオスが高笑いを上げ、踵を返す。

リリアとソフィアも、俺を一瞥もしないまま、ボス部屋の方へと歩き出した。


「さーて、ボスを瞬殺して、街に帰って祝杯といくか!」

「わたくし、高級なワインが飲みたいですわ」

「じゃあ急ごうぜ。この雑魚の顔を見てたら気分が悪くなってきた」


三人の姿が、通路の奥へと消えていく。

俺は冷たい石の床に這いつくばったまま、遠ざかる彼らの足音を聞いていた。


怒り?

いや、違う。

俺の胸の内に湧き上がってきたのは、燃えるような怒りではなかった。

もっと冷たく、静かで、底知れない感情。


「……はは」


乾いた笑いが口から漏れた。

馬鹿だ。本当に、救いようのない馬鹿たちだ。

俺はゆっくりと体を起こし、膝の土を払った。

蹴られた胸が痛む。打たれた手が痺れる。

だが、思考はかつてないほどにクリアだった。


俺は今まで、彼らのために何をしていただろうか。

彼らの実力を過信させないよう、影からサポートし、致命的な罠を解除し、モンスターの殺意を逸らし続けてきた。

彼らが「俺たちは最強だ」と勘違いできるように、お膳立てをしてきた。

それは、妹の治療費のため。パーティという組織を維持するため。


だが、契約は破棄された。

一方的に。理不尽に。


「なら、もう必要ないな」


俺は、今まで意識の奥底で常に維持し続けてきた『接続(コネクト)』を切断した。

頭の中で常に鳴り響いていた、数千行に及ぶ魔術コードの処理音が、プツリと止む。


それは、俺がこのダンジョン『奈落の顎』に対して行っていた、すべての安全装置(セーフティ)の解除を意味していた。


――ゴゴゴゴゴゴ……。


地鳴りが響く。

先ほどまで静まり返っていたダンジョンの空気が、一変する。

壁の松明が、赤黒い炎へと変色した。

天井の岩が脈打つように蠢き、通路の形状が歪み始める。


『システム警告:管理者(アドミニストレーター)による抑制プロセスが終了しました』

『ダンジョン・セーフティモードを解除』

『本来の難易度(ナイトメア)へ復元します』


誰もいない空間に、無機質な『魔言』の声が響く。

それは俺にしか聞こえない声だ。


これまで俺が『通訳』していたからこそ、ダンジョンは彼らを『客』として扱っていた。

だが、今の彼らは違う。

このダンジョンにとって、彼らはただの『不法侵入者』だ。


「……さて」


俺は壁に刻まれた『魔言』に手を触れた。

指先から魔力を流し込み、コードを書き換える。


『対象:アルト。認識:管理者代行。敵対行動:なし』


壁が淡い光を帯び、俺を包み込む。

深層の瘴気が、俺の周囲だけ浄化されていく。

襲い来るはずのモンスターたちの気配が、俺を避けるように遠ざかっていくのがわかった。


彼らは俺を『何もしない無能』と言った。

だから、俺はこれからは本当に『何もしない』ことにする。

彼らが踏む床が崩れ落ちようと、彼らが吸う空気が毒に変わろうと、彼らの背後から音もなく忍び寄る影があろうと。

俺はもう、指一本動かさない。


通路の奥、ガレオスたちが消えた方向から、微かな振動が伝わってきた。

おそらく、ボス部屋の扉を開けたのだろう。

あそこには、俺がずっと『スリープモード』にして封じ込めていたガーディアンがいる。

ガレオスたちは、あれをただの『大きな石像』だと思っていたようだが。


「……ギャアアアアアアアアアッ!?」


遠くから、絹を裂くような悲鳴が聞こえた。

リリアの声か、それともソフィアか。

直後、爆発音と、何かが叩き潰される重い音が響く。


「な、なんだこれ!? 魔法が効かねえ!? いや、そもそも詠唱が間に合わねえ!」

「ガレオス様、助けて! 壁から、壁から手がぁぁっ!」

「くそっ、なんだこの硬さは! 俺の剣が通じねえぞ! おいアルト! アルトぉぉっ! どこだ、回復ポーションを出せぇぇぇ!!」


錯乱した怒号が、微かに反響して届く。

だが、その声もすぐに、ダンジョンの轟音にかき消されていった。


俺は彼らのいる方向へ背を向けた。

助けに行く義理はない。

彼ら自身が望んだことだ。「お前はいらない」と。

だから俺は、彼らの望み通りにいなくなっただけだ。


「……行くか」


俺にはまだ、やるべきことがある。

このダンジョンのさらに奥。

人間が誰も到達したことのない、『管理区画』の最深部。

そこに、俺を呼ぶ『声』がある気がしていた。


ガレオスたちが持ち去った装備など惜しくはない。

俺の最大の武器は、この頭脳と、世界そのものを読み解く『目』なのだから。


一歩踏み出すたびに、ダンジョンの通路がまるで俺を歓迎するように変形し、道を切り開いていく。

薄汚れたシャツ姿のまま、俺は暗闇の奥へと足を進めた。

背後で響く絶望の旋律(メロディ)を、心地よいBGMとして聞きながら。


その時だった。

俺が進む先の暗闇から、一つの影がゆらりと現れたのは。


「――ほう」


その声は、鈴を転がすように美しく、それでいて心臓を鷲掴みにされるような威圧感を含んでいた。


「人間かと思えば……妙な気配を纏っているな」


闇の中から姿を現したのは、一人の女性だった。

夜の闇を凝縮したような漆黒の長髪。

血のように赤い瞳。

そして、その背中には、コウモリのような形状をした巨大な翼が生えている。

身に纏っているのは、露出の多いボンテージ風の鎧だが、そこから放たれる魔力は、先ほどのガレオスなど比較にならないほど桁違いだった。


魔族。

それも、ただの魔族ではない。

その額に刻まれた紋章は、魔王軍における最高幹部、『魔将軍』の証。


本来なら、人間である俺は出会った瞬間に消し炭にされているはずの相手だ。

だが、彼女は俺を攻撃しようとはしなかった。

その赤い瞳で、興味深そうに俺を値踏みしている。


「貴様、何をした?」


彼女が問うた。

その言葉は人間語ではない。

魔族特有の言語。人間にはただの雑音や咆哮にしか聞こえないはずの言葉。


だが、俺には聞こえた。

意味のある言葉として。情報の奔流として。


「……何をした、とは?」


俺は自然に、彼女と同じ『魔族語』で返していた。

それを聞いた瞬間、彼女の瞳が驚愕に見開かれる。


「……なっ!?」


彼女は絶句し、数秒の間、まじまじと俺の顔を見つめた。

そして、艶やかな唇を歪め、獰猛かつ妖艶な笑みを浮かべる。


「貴様……人間でありながら、我らの言葉を解するのか? いや、それだけではないな。今のこのダンジョンの変異……貴様がやったのか?」


俺は肩をすくめた。


「ただの『通訳』だよ。少しばかり、石壁とお喋りが得意なだけのな」


俺の言葉に、魔将軍の女性はケラケラと楽しそうに笑った。


「面白い。実に面白いぞ、人間。いや――同志よ」


彼女が俺に向けて手を差し出す。

それは、敵に対するものではなく、対等な者への誘いだった。


背後では、まだ元仲間たちの断末魔が微かに響いている。

だが、俺の意識はもう彼らには向いていなかった。

目の前の、圧倒的な『力』を持つ存在。

そして、俺の『言葉』を理解してくれる存在。


俺は迷わず、その手を取った。


これが、俺の『逆転』の始まり。

そして、人類にとっては『終わり』の始まりだった。

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2026年1月17日 19:00
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「お前はただの通訳だ」とSランク勇者パーティを追放された俺、実は古代言語でダンジョンを『支配』していたと気付いてももう遅い。魔王と直接交渉して幹部待遇になったので、人類を滅ぼす側に回りますね。 @yuksut

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