「お前の悪い予感は縁起が悪い」と追放された軍師、直後に勇者達が全滅危機でも助けない~死の未来が見える俺、カジノで無双し経済を支配する~

@yuksut

第1話 不吉な軍師は荒野へ消える

魔界の夜は、粘りつくような湿気と不快な静寂に包まれていた。空を覆う紫色の厚い雲の隙間から、赤い月が毒々しい光を地上に投げかけている。魔王城まではあと数日の距離。S級勇者パーティ『天雷の剣』は、峡谷の入り口手前にある岩陰で野営を張っていた。


焚き火の爆ぜる音が、張り詰めた静寂を時折破る。俺、ジンは手元の羊皮紙に描かれた地図を睨みつけていた。眉間には深い皺が刻まれている自覚がある。地図上の峡谷ルート――そこには、俺にしか見えないどす黒いモヤが渦巻いていたからだ。


「……最悪だ」


思わず口から漏れた独り言は、あまりに重く響いた。俺のユニークスキル『死線視(デッドライン)』が警告を発している。この黒いモヤは「死」の予兆だ。それも、ただの苦戦や負傷ではない。全滅に直結する、回避不可能な破滅の未来を示している。


俺の視界の中で、地図上の峡谷ルートはまるで墨汁を垂らしたかのように真っ黒に染まっていた。数秒から数時間先に訪れる「死に繋がる選択肢」を視覚化するこの能力が、かつてないほどの警鐘を鳴らしている。この道を進めば、間違いなく俺たちは死ぬ。


「おい、ジン。またブツブツ言ってるのか? 食事が不味くなるんだが」


焚き火の向こう側から、不機嫌そうな声が飛んできた。声の主は、黄金の髪と完璧なプロポーションを持つ青年、勇者アレクだ。聖剣を背負い、輝くような白銀の鎧を纏った彼は、この世界の希望の象徴とされている。だが、今の彼の表情には英雄らしい慈悲も威厳もなく、ただ苛立ちだけが張り付いていた。


「アレク、聞いてくれ。明日の進軍ルートについてだ」


俺は地図を広げたまま、できるだけ冷静なトーンを意識して話しかけた。感情的になれば、彼は聞く耳を持たない。それは長年の付き合いで痛いほど理解していた。


「この峡谷ルート、通称『嘆きの谷』だが、ここを通るのは危険すぎる。俺のスキルが、かつてないほど強い死の予兆を感じ取っているんだ。待ち伏せか、あるいは大規模な魔法トラップか……とにかく、このまま進めば全滅する可能性が高い」


俺の言葉が終わるか終わらないかのうちに、アレクはあからさまに大きなため息をついた。手にしていた干し肉を焚き火に放り投げ、苛立たしげに髪をかき上げる。


「またそれか。お前の『嫌な予感』シリーズには、もううんざりなんだよ」

「予感じゃない、予知に近い警告だ。これまでも俺の指示でいくつもの危機を回避してきただろう? 今回のは特に色が濃い。迂回ルートを取るべきだ。東の山脈越えなら、三日ほど遠回りになるが安全に進める」

「三日だぞ!? たった数キロの谷を抜けるのに、わざわざ山を越えて三日もかけろって言うのか? 魔王は目の前なんだぞ!」


アレクが立ち上がり、大声で怒鳴った。その声に反応して、他のメンバーも視線をこちらに向ける。


「ジン、あなたのそのネガティブな発言……本当にどうにかなりませんの?」


冷ややかな視線を向けてきたのは、聖女のエリスだ。純白の法衣に身を包み、清楚な美貌を持つ彼女だが、俺を見る目はまるで汚物を見るかのように冷え切っている。


「私の神聖術は、清らかな心と希望によって威力を増します。なのに、あなたが常に『死ぬ』だの『危険だ』だのと不吉な言葉を吐くせいで、場の空気が濁ってしまうのです。祈りの妨げになっていると気づいてください」

「事実を伝えているだけだ。全滅してから祈っても遅いだろう」

「その言い方が気に入らねぇんだよ!」


今度は重戦士のガントが、巨大な戦斧を地面に叩きつけて割り込んできた。筋肉の塊のような巨体を揺らし、顔を真っ赤にして俺を睨みつける。


「俺たちはS級パーティだぞ? 多少の罠や魔物なんて、力でねじ伏せればいいじゃねぇか! お前はいっつも『逃げろ』『避けろ』『隠れろ』ばっかりだ! 臆病風に吹かれるのもいい加減にしやがれ!」

「臆病で言ってるんじゃない。勝てない戦いを避けるのが軍師の役割だ。それに、今回の予兆は今までとは桁が違うんだ。頼む、俺を信じてくれ」


俺は必死に食い下がった。彼らが俺を疎ましく思っていることは知っている。俺のスキルは地味で、派手な魔法も剣技もない。ただ「悪い未来」を避けるための地味な指示を出すだけだ。華々しい活躍を求める彼らにとって、俺の存在は水を差すだけの邪魔者に見えるのだろう。


だが、ここで引くわけにはいかない。この黒いモヤの濃さは異常だ。おそらく、魔王軍の幹部クラスか、それに匹敵する何かが待ち構えている。


「信じる? 何をだ?」


アレクが嘲笑を浮かべて俺に近づいてきた。彼の整った顔が、歪んだ笑みで醜く歪んでいる。


「お前のその『死線視』とかいう気味の悪い目か? それとも、俺たちの士気を下げることしか能のないその口か? いいかジン、教えてやる。戦いってのはな、気合と根性と、そして『勝てる』と信じる心で決まるんだよ」


アレクは俺の胸倉を掴み上げ、顔を近づけた。


「お前が『死ぬ』と言えば言うほど、言霊となって不運を引き寄せる。お前がいるせいで、俺たちの運気は下がりっぱなしなんだ。先日のドラゴン戦だってそうだ。お前が『ブレスが来るから散開しろ』なんて叫ぶから、連携が乱れて倒すのに時間がかかった」

「あれは散開しなければガントとエリスが黒焦げになっていた! 俺の指示のおかげで無傷で済んだんだぞ!」

「結果論だろうが! 俺の聖剣でブレスごと切り裂くつもりだったんだ! お前が余計な口出しをしなければ、もっと華麗に勝てていたんだよ!」


理不尽な言い分に、俺は言葉を失った。ブレスを剣で切り裂く? そんな芸当ができるのはおとぎ話の中だけだ。現実には、高密度の炎は鋼鉄すら溶解させる。俺が止めたのは、彼が自殺行為に走るのを防ぐためだったというのに。


「……そうか。お前たちは、そう考えていたのか」


俺の中で、何かが冷めていく音がした。それは怒りというよりも、深い諦めと徒労感だった。

幼馴染だったアレクが勇者に選ばれ、「お前の頭脳が必要だ」と頼まれてついてきた。三年間、俺は必死に彼らを生かすために神経をすり減らしてきた。彼らが無茶をするたびに先回りし、毒を回避し、罠を見抜き、撤退の判断を下してきた。

その結果がこれだ。彼らは自分たちの実力だけで生き残ってきたと信じ込み、俺の警告を「邪魔なノイズ」としか認識していない。


アレクは俺を乱暴に突き放すと、冷酷な目で宣告した。


「ジン、お前はもういらない。ここでパーティから抜けてくれ」


予想していた言葉だったが、実際に聞くと妙に現実感がなかった。


「……本気か? ここは魔界のど真ん中だぞ。一人で帰れというのか?」

「お前のその予知能力とやらがあれば、一人でも安全に帰れるんだろう? それとも、俺たちがいなきゃ何もできない無能だと認めるか?」


アレクの言葉に、エリスやガント、魔法使いのミリアまでがクスクスと笑い声を上げた。仲間だと思っていた連中が、今はただの醜悪な他人にしか見えない。


「分かった。抜けるよ。これ以上、お前たちの命を守る義理もないしな」


俺は荷物をまとめようと背を向けた。だが、アレクの言葉はまだ終わっていなかった。


「待てよ。誰が荷物を持っていっていいと言った?」

「は?」


振り返ると、アレクは下卑た笑みを浮かべていた。


「そのマジックバッグに入っているポーションや食料、予備の武器……それらは全て、俺たち『天雷の剣』の資金で購入した共有財産だ。パーティを抜けるなら、置いていってもらおうか」

「ふざけるな! 俺の私物だって入ってるんだぞ! それに、食料もなしにここからどうやって人里まで戻れって言うんだ!」

「知ったことかよ。今まで俺たちの足を引っ張ってきた慰謝料として没収だ。身一つで消えろ、疫病神」


ガントが俺の前に立ちはだかり、威圧するように斧を構えた。エリスは我関せずといった様子で爪の手入れをしている。ミリアに至っては「あーあ、やっと清々するわ」とあくびをしている始末だ。


抵抗しても無駄だ。腕力で彼らに勝てるはずがない。俺は軍師であり、戦闘職ではないのだから。


俺は深く息を吐き出し、腰につけていたマジックバッグのベルトを解いた。それを地面に投げ捨てると、彼らはハイエナのようにそれに群がった。


「……警告だけは最後にしておく。あの峡谷には行くな。本当に死ぬぞ」

「うるさい! まだ言うかこの負け犬が!」


アレクが怒鳴り散らす声を背に、俺は野営地を後にした。

装備も食料もない。あるのは着の身着のままの服と、隠し持っていたわずかな硬貨だけ。普通なら絶望的な状況だ。


しかし、不思議なことに、俺の足取りは軽かった。

暗い荒野を歩きながら、俺は自分の手が震えていないことに気づく。むしろ、胸の奥から湧き上がってくるのは解放感だった。


もう、彼らの無謀な行動に胃を痛める必要はない。

もう、回避した危機を「無かったこと」にされて罵られることもない。

俺の『死線視』は、彼らを守るために酷使されてきた。だが、これからは自分のためだけ使えるのだ。


俺の視界には、荒野のあちこちに漂う黒いモヤが見えている。魔物が潜んでいる場所、落石が起きそうな場所、毒の沼地……それら全てが「死の予兆」として視覚化されている。

逆に言えば、黒いモヤがない場所を選んで歩けば、絶対に安全だということだ。


「……カジノ都市、ドラド」


ふと、俺の脳裏にある都市の名前が浮かんだ。ここから南へ一週間ほど歩いた場所にある、大陸最大の歓楽街だ。

かつてアレクたちと立ち寄った際、俺はギャンブルを固く禁じられた。「お前の顔を見てるとツキが逃げる」という理由で。


だが、今の俺は自由だ。

そして、俺の能力『死線視』は、ギャンブルにおいて最強の武器になる。

ルーレットで玉が落ちる場所、カードの引き、サイコロの目……それらにおいて「負ける(死ぬ)選択肢」が黒く塗りつぶされて見えるとしたら?

俺にとってギャンブルは、もはや賭け事ではない。ただの作業だ。


「ククッ……あはははは!」


乾いた笑いが口から漏れた。

ざまぁみろ、アレク。お前たちが切り捨てたこの「不吉な目」が、どれほどの価値を持つか、お前たちは一生理解できないだろう。


俺は一度だけ振り返った。

遠くに見える焚き火の光は、楽しげに揺れている。きっと彼らは、俺がいなくなったことで「厄払いができた」と祝杯でもあげているのだろう。

そして明日、彼らは意気揚々と峡谷へ向かう。俺が警告した、真っ黒な死のモヤが充満するあの場所へ。


「……元気でな。自称最強の勇者様たち」


俺は彼らに背を向け、迷いのない足取りで闇の中へと歩き出した。

視界に映る「安全なルート(生)」だけを踏みしめて。



翌朝。


雲一つない快晴の下、勇者アレクは上機嫌で剣を振るっていた。朝露に濡れた草木が、朝日を浴びて輝いている。昨日の重苦しい空気は嘘のように消え失せていた。


「見てみろ、この天気! やはりジンのやつが疫病神だったんだ!」


アレクの声に、エリスもにこやかに同意する。


「ええ、本当に。空気が澄んでいますわ。私の祈りも、今日は天まで届きそうです」

「おうよ! 飯もうめぇし、体が軽いぜ! これなら魔王なんて一発でぶっ飛ばせそうだ!」


ガントが豪快に肉にかぶりつきながら笑う。

彼らの心には、一片の不安もなかった。邪魔な軍師はいなくなった。うるさい小言を言う者もいない。自分たちの実力を疑う者もいない。


「よし、出発するぞ! 目指すは『嘆きの谷』だ! ジンのやつはビビってたが、あんな場所、俺たちなら半日で抜けられる!」

「はい、アレク様!」


一行は意気揚々と荷物をまとめ、峡谷へと続く道を進み始めた。

彼らは知らなかった。

その道の先には、彼らが想像するよりも遥かに残酷で、慈悲のない現実が口を開けて待っていることを。

そして、その窮地を救ってくれるはずだった唯一の男が、もう二度と戻らないことを。


峡谷の入り口に立つ古い石碑には、風化して読みにくくなった文字でこう刻まれていた。

『汝、死を視る目を持たざる者、ここより先に入るべからず』


勇者アレクは、その石碑を一瞥もせずに通り過ぎた。

その背中に、峡谷の奥から吹き抜ける風が、まるで嘲笑うかのように冷たく絡みついた。

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